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2・あたしが、男装?

 よもぎ中央通り商店街 秋祭り  イケメン☆コンテスト 参加者絶賛募集中!


「って、何これ」

 みさきがあたしに手渡したいちまいのポスター。それには、きらっきらのハデな飾り文字で、こう書いてあったんだ。

「パパが持ってたの、一枚だけもらってきた。明日から町中に貼りだすみたい」

「で?」

「で」

 みさきはあたしに、びしっ、と人差し指をつきたてた。

「つむぎに出てもらいます!」

「で、出るって、だって、イケメンコンテストでしょ?」

「だ・か・ら、イケメンになるの! つむぎが!」

「はあー? むりだって! それに、だめだよ、女子が出たら。ずるだよ!」

「だめじゃない。参加資格のとこ、読んでみ。どこにも、女子はだめなんて書いてないよ」

 あたしはポスターをもう一度ガン見した。

 参加資格・よもぎ市民であること、それだけです☆

 って、書いてある。超テキトー。たしかに、市民なら老若男女だれでも出ていいよ、って言ってるようなもんだ。

「えええ……。でも……。はずかしいよ、男装だなんて。それに」

 あたしは去年の秋祭りのことを思い出した。

 去年の企画は「歌うまコンテスト」とかいうカラオケ大会で、あんまり参加者もあつまらず、おまけに機器が途中で故障してグダグダ。しかも優勝したのは酒屋のおっちゃんで、いわば身内。いろんな意味でショボすぎる残念な大会だった。

 想像するだけで背すじがふるえる。男装したあたしが、ちゃっちいステージのうえでさらし者になっているすがた。商店街のおじさんおばさんたちが面白がってヤジとばしたりするんだろうな。

「その不安はよくわかる」

 あたしの心を読んだかのように、みさきがうんうんと腕組みしてうなずいた。

「だけど今年はちがうのだよ。何がって、景品が!」

 ばばん、とポスターのはじっこを指差す。優勝者には豪華景品! とある。

「パパに、こっそり中身を聞いたの。そしたら、なんと!」

 ふん、と鼻息あらくもったいぶるみさき。

「よもぎ市公式キャラクター・ポテ吉くんグッズ詰め合わせ(非売品)だって!」

 え。えええー……?

 がっくりと肩の力が抜けた。豪華っていったらふつう、旅行とか金一封とか商品券とか、そういうのじゃない? よりにもよって、ポテ吉くんだなんて。

 ポテ吉くんっていうのは、よもぎ市特産・じゃがいもにちなんだご当地キャラなんだけど……。かわいくないし、インパクトもうすいし、あんまり人気ないんだよね。だけど、なにがツボなのか、みさきだけはポテ吉くんに夢中。市役所に行ってポテ吉くんの載ってるパンフ集めたり、ポテ吉くんの出るイベントに出かけたりするくらいには夢中。

 みさきは、きらきらかがやく目で、あたしの肩にぽんと両手をおいた。

「と、いうわけだから。よろしく!」

「え。あ。……う、うん……」

 どうしよう。勢いでうなずいてしまった。

 なんであたし、こうなんだろう。押しに弱いんだ。

 じゃあここでちょっと待ってて、と、みさきはルンルンで部屋を出て行き、とりのこされたあたしは、ひたすら後悔していた。

 イヤだ。考えれば考えるほど、イヤって気持ちはふくらんでくる。ご近所の、ううん、市内のみなさんの前でさらしものになるんだよ? クラスのみんなも来るかもしれないし。あいりちゃんグループとか……。男子とか……。

「おい見ろよ、あれ野田だぜ」「やっぱ男だったんだ」「巨人パネエ」

そんなひそひそ声が今にも聞こえてきそう。

 ばたん、とドアのあく大きな音がして、あたしの妄想はストップした。

「お・ま・た・せ~」

 みさきの手には、たくさんの服と、大きなバニティケース。

「お兄ちゃんの部屋と、お姉ちゃんの部屋から借りてきちゃった」

 借りてきたって、勝手に?

「兄ちゃんの身長、つむぎよりちょっと低いくらいだから、服とかちょうどいいサイズだと思ってさ。あ、安心して。洗濯はちゃんとしてあるから!」

「って……。いいの……?」

「いいのいいの。で、これは姉ちゃんのメイク・グッズ。あの人コスプレにはまってるから、すごいいろんなの持ってんだよー」

 うきうきと浮かれまくるみさき。

「んじゃ、さっそく着がえて。兄ちゃんの服じゃ、いまいちなコーデしかできないけど、ま、いっか!」

 しぶしぶ、わたされたシャツとズボンを着てみる。ああ、なにが楽しくてあたし、友達のお兄ちゃんの服なんて着なきゃいけないんだろう……。イヤといえない自分の性格がうらめしい。

「このズボン、ちょっと丈がみじかいよ」

「あ、ホントだ。ってかつむぎ、ズボン、て。パンツっていいなよ」

「パ、パンツって言い方だと下着みたいで、イヤなのっ」

「なに赤くなってんの。つむぎってほんと、ママみたいなこと言うよね。ってか、むーん。これじゃ男装っていうよりたんなる普段着ってカンジ」

 ボーダーのTシャツにカーキのズボ、じゃなかった、パンツ。たしかに普通すぎる。あたし、制服以外ではズボンに長Tシャツばっかりだし、自分の服とあんまり変わらない。

「それじゃ、あたしがコーデしてあげよっか?」

 いきなり背後から声が飛んできて、みさきとふたりしてびくっと跳ねた。たぶん、五センチくらい、浮いた。

「お、お姉ちゃん……」

 みさきの顔がみるみる青ざめていく。声の主はみさきのお姉ちゃん、ちえみ姉ちゃんだった。ちえみ姉ちゃんはにっこり笑った。

「みさき。勝手に人のもの持ちだすんじゃないよ?」

 笑顔のまんま、指の関節をぽきぽき鳴らしている。こ、こわ。

「ま、それは置いといて。面白そうなコトしてんじゃん?」

 ちえみ姉ちゃんが、あたしに、ちらっと視線を投げた。その目が、獲物をみつけたハンターのように、きらんとあやしく光る。

 あ、あたし……。もしかして、ロックオンされちゃった……の、かな?


「きゃーんっ。かっこいいーっ」

 ちえみ姉ちゃんとみさきが、黄色い声をあげた。

 姿見の中にいるのは、あたしの知らないあたし。……ううん、「オレ」。

 ぱりっとした白いシャツに、黒いパンツ。グレーのベストに、黒いハット。ショート・カットの髪を、さらにワックスで無造作にくしゃっと撫でつけてる。

 メイクまでされちゃった。すっと切れ長になるようにアイラインいれて、眉は太目に、きりりとりりしく。もともと男の子っぽい顔立ちだから、みょうにハマってる。

 あたしはちえみ姉ちゃんの手によって、あっという間に「変身」させられた。ちえみ姉ちゃんは満足げにうなずきながら、さらなる注文を出してきた。

「つむぎちゃん。もっとなりきってよ、イケメンに」

「なりきる、って?」

「たとえば、立ち方。足はひらいて。そうねえ、肩幅くらい」

「こう?」

 やすめ、の号令がかかったときみたいに、あたしは足をひらいて立った。

「そうそう。それから、腰をちょっと前に突き出して……うん、いいね。そんで、パンツのポケットに両手突っ込んでみて?」

「いいーっ」

 みさきが叫びながらぴょんぴょん跳ねた。

「超カッコいいっ。ねえねえつむぎ、『ったく、心配させんなよな』って言ってみて?」

「は? なんで?」

「いいからっ」

「……ったく、心配させんなよな」

「きゃーっ」

 みさきはさらにヒート・アップ。

「じゃあさ、つぎは、『おまえ以外の女には興味ねーよ』って言ってみて」

 ちえみ姉ちゃんまで悪ノリし出した。

「お……お前以外の女には、興味ねーよ」

「やばい! やばすぎる!」

「惚れてまう!」

 みさきとちえみ姉ちゃんがきゃんきゃん騒いでるのを、あたしは不思議な気持ちで見ていた。

「ねえ……。あたし、そんなにカッコいいの……?」

「もちろんっ」

 いきおいよくうなずくふたり。

「絶対優勝! 優勝に決まってる!」

 そっか。そんなに……イケメンなんだ、あたし。

 鏡の中の自分の顔をまじまじと見てみる。カッコいいんだ……。あたし、が……。


 それから。あたしは毎日のように、放課後、みさきの部屋で、着せ替え人形みたいに、いろんなかっこうをさせられた。

 スーツにネクタイの、インテリ・リーマン風。執事風。深夜アニメに出てくる高校の制服。異世界の勇者っぽいのとか、陰陽師とか。サッカーやバスケのユニフォームまで。

 ちえみ姉ちゃん、おそるべし。コスプレが趣味だけあって、つぎつぎにいろんな衣装が出てくる。

「ふふん。ほとんど自分で縫ってるんだよー。ねえねえ、こんど一緒にコスプレのイベントに出ない?」

「ちょっとおねーちゃん。そっちの道に誘わないでよ。つむぎは、あたしが先に目をつけたんだからね!」

 みさきがそう言って、あたしの腕にじぶんの腕をからめてきた。ふわっと、みさきのやわらかな髪から、シャンプーのあまいかおりがした。あたし、そのとき、なんでだか、ちょっとだけ、みょうな気分になったんだ。それで……。

「みさき、可愛いな」

 なんて、低い声でつぶやいて、みさきのあたまを、犬にするみたいに、くしゃっとなでた。

「つ、つむぎ……」

 みさきが顔を真っ赤にして、ぽわーんと放心してる。

 や、やばいっ。あたしはわれにかえった。これじゃ、まじで男子みたいじゃん! 自分!

 つんつんって、みさきがあたしのシャツの袖をつまむ。

「ねえねえつむぎ。ちょっと、外出てみない?」

「そ、外って、男装したまま?」

 みさきは、こくん、とうなずいた。まだ顔が赤い。

「歩き方とか、しぐさとか、そういうのも練習したほうがいいと思って。外歩いて、女のコだってばれなかったら、合格だよ」

 でも、としぶるあたしの手を、みさきは強引にひっぱった。

 いってらっしゃーい、と、ちえみ姉ちゃんは満面の笑みで手をふった。ひ、ひとごとだと思って。


「ねえねえ、あたし、ほんとにへんじゃない?」

 小さいころから庭みたいに遊んでいる、なじみの商店街。こんなにどきどきびくびくしながら歩く日が来るなんて。

「『あたし』じゃないでしょ、『オレ』でしょ。安心して。へんじゃない。まじ、イケメン」

 今のあたし、ううん、「オレ」は、チェックのシャツにジーンズ、カーディガンに黒ぶちのだてメガネの、カジュアル風。

「このかっこだったら、『オレ』じゃなくて『ぼく』でもいいかもね。ま、好きなほうでいいんじゃない?」

「じゃ、じゃあ『オレ』で」

 だてメガネがずりおちてきて、オレは何気なくひとさし指でおしあげた。

「いいっ。つむぎ、そのしぐさ、いいっ。メガネ男子、イケるかもね」

「そ、そうかな?」

 なんか、みさきに「イケメン」って言われたり、なんでもないしぐさをほめられたりしてると、だんだんその気になってくる。「オレ」、いいんじゃない? 

 猫背がちだった背すじを、しゃんとのばす。

 歩幅は大きく、すこし、がにまた気味に。だけど、となりの女の子を気づかって、ゆっくり歩くのをわすれない。中身もイケメンじゃないと。

 よし。

「みさき。手、つなごうぜ」

「え? どうしたの急に? なんかスイッチはいった?」

 いいから、と、ぎゅっとみさきの手をにぎる。やさしいだけじゃだめ。たまには強引さも見せてかないと。

 呉服屋のおばちゃんとすれ違う。こんにちは、とみさきがあいさつする。オレは、「……っす」と、なんとなくことばをにごして、会釈するだけ。声出したらぜったいばれる。

 おばちゃんは、オレたちふたりをながめて、にやにやしていた。

「気づかれなかったね」

 みさきがこっそりささやく。おばちゃんの、あの顔。ぜったい、オレ、みさきの彼氏だと思われた。

 メイクと髪型だけじゃない。「イケメンになりきる」っていう気持ちひとつで、なじみのおばちゃんにも気づかれないぐらい、変われた。

 いける。男装、いける。


 つぎの日。朝からみさきはずっとテンション高かった。

「昨日、パパに『小学生で彼氏はまだ早い』って、お説教されちゃった。ぷぷっ、つむぎなのに! お姉ちゃんとふたり、大爆笑だったよ」

 呉服屋のおばちゃんがいいふらしたのか、それとも、みんなどこかで見ていたのか。

 ふたりで歩く朝の通学路。一年生のときからずっと一緒に登校してる。信号が赤に変わって、あたしたちは立ち止まった。

「はよっす」

「おはよ心平」

 二メートルくらい後ろを歩いていた心平が追いついて、あたしのとなりに来た。

 去年までは心平も一緒に登校してたのに、今年からは、どういうわけか、わざと離れて歩くようになった。

 心平は、あたしの全身を、つま先から頭のてっぺんまで、じろりと見つめた。

「な、なに? 気持ち悪い」

「気持ち悪いのはつむぎだろ? オレ、見てたぞ。何なんだ、きのうのあれ。オトコみたいなカッコしてさ。おまえらふたりで恋人ごっこ? バカじゃねえの」

 見てたんだ! しかも、気持ち悪いだなんて! かあっと顔が熱くなる。

「ば、ばっ、ばっ、ばっ」

 ばかじゃないもん、と言おうとして、でも、どもっちゃってうまく言えない。そんなあたしを横に、みさきがするっと会話に入ってきた。

「恋人ごっこじゃないよー。イケメンコンテストに出るの! 商品めあてでさ。つむぎの男装、イケてるっしょ? うちのクラスのだれよりカッコいい」

 にやりと笑う。

「それにしても、心平。よく、あれがつむぎだって見破れたね。すごいわー」

「あ、あたりまえだろっ。すぐわかるわ。そもそもふだんから女子っぽいカッコしないじゃん、つむぎって」

 心平は、足もとの小石を蹴った。

「ってか、イケメンコンテストって。やっぱバカだわ、おまえら。むりだろ、つむぎには」

「む、むりって、どうして?」

 あたしはスカートの生地をぎゅっとつかんだ。信号が青にかわったけど、足が前に出ない。

「コンテストだろ? たくさんの人の見てる前で自分をアピールすんだろ? ちゃちいかもしんないけど、いちおう、ステージにあがるんだろ? ぜったいむりだね」

 心平は、いどむような目であたしを見上げた。

「いっつもおどおどして、目立たないように、目立たないようにって背中丸めてるダンゴ虫には、むりだっつってんの!」

 がん、と頭をなぐられたような気がした。

 ダンゴ虫。目立たないように、おどおどして背中を丸めているダンゴ虫。それが、あたし。

 だけど。

 じゃな、とあたしたちの横をすりぬけて、横断歩道を歩き出した心平のランドセルを、思い切りひっぱった。

「いてっ! なんだよ急に!」

「あたし、ダンゴ虫なんかじゃないから」

 きのうのあたしは、ちゃんと背すじをのばしてた。あたし、いけるって思ったんだ。

「やるから。あたし、だれよりもカッコいい男の子に、なってみせるから!」

 思いっきり叫んで、駆けた。

 からだじゅうの血が、ふっとうしているみたいに、熱い。

 あたし、変わりたい。


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