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11・あたしは、王子様。

 広い体育館が、ファッションショーの会場だ。ステージの裏にちょっとしたスペースがあって、そこであたしたちは出番を待っている。

 いまは、二年生の生徒たちがステージに立ってるとこ。かろやかな音楽と、元気なナレーションが聞こえてくる。

「つむぎはリハなしだから不安かもしれないけど……、あたしがうまく誘導するから。背すじをのばして、堂々と歩いてればいいからね」

 ちえみ姉ちゃんが笑う。ラベンダー色のドレスはちえみ姉ちゃんの色白の肌によく似合う。ふんわりとやわらかく髪をカールして、明るくはなやかなメイクをして……。

 とっても、きれい。それに、このドレスも。一生懸命、自分でつくったんだよね。

 もう、ここまで来たら後にひけない。

 あたし、今から、ちえみ姉ちゃんの、王子様になる。

 出番が近づいてきて、あたしたちはステージに登場する順番に並んだ。きらびやかな女子たちのとなりには、エスコートの男子がいる。すでに出番を終えた三年生男子も混じってるみたい。みんな、つき合ってるのかな。そうじゃない人たちだっているよね。

「しおり。須賀先生、まだ来ないの……?」

 ちえみ姉ちゃんが、真ん前にいるしおりさんの背中をつついた。ふり返ったしおりさんは、不安げな顔だ。

「そうなの。まだ……。先生、忘れてるのかな。どうしよう、もうすぐ出番なのに。もう、エスコートなしで出るしかないかな……」

 音楽がやんだ。「服飾デザイン科二年生のみなさんでした!」というアナウンス。終わったんだ。いよいよだ。

 しおりさん、本当に、ひとりで歩くのかな……。

「みなさん、もうすぐ幕があがります。どうぞー」

 裾にいる、実行委員の高校生が告げる。

 緊張して、どきどきしてきた。すうっと息を吸い込んで呼吸をととのえる。

 と、その時。

「すいません! 遅くなりました!」

 男の人の声。ばたばたと駆け寄ってくる足音。なんか、前にもこういうことがあったような……。そうだ。あれはたしか、イケメンコンテストの時。

 ふり返ると、声の主は、やっぱり玲斗さんだった。

 玲斗さんはグレーのスーツを着ている。白いネクタイ、胸ポケットにはネッカチーフと花のコサージュ。あたしの真横をすり抜けて、まっすぐにしおりさんのもとへ。ちえみ姉ちゃんが、ちいさく口笛を吹いた。

「ごめん、しおり。タキシード、合うサイズのがなくってさ。わがまま言って、急に出させてもらうことにしたから」

「なんで……。どうして……。……ばか」

「ばかで、悪かったよ」

 玲斗さんはほおを赤くそめて、ほら、としおりさんに手をさしのべた。しおりさんは、じっと玲斗さんの目を見つめている。玲斗さんもまっすぐに見つめ返す。やがてしおりさんは、そっと、玲斗さんの手のひらに自分の手をかさねた。

 あたしはその一部始終を、ずっと、見ていた。

「……つむぎ。だいじょうぶ……?」

 ちえみ姉ちゃんが、そっとあたしにささやいた。

 足も手もふるえてる。緊張のせいじゃない。鼻の奥がつんとして、目にうつるものがぼんやりとにじんでいく。

 そのとき。

 しおりさんのドレスのビーズが、きらりとかがやいて。はっとして、涙をこらえた。

 ぐっと、おなかにちからをこめる。

 背すじを、ぴっと伸ばす。

「だいじょうぶ。行こう」

 ちえみ姉ちゃんに手を差し出す。ちえみ姉ちゃんは、こくん、とうなずいた。

 だいじょうぶ。あたし、ううん、オレは、今、王子様なんだから。

 王子様は、お姫様をちゃんとエスコートしないと。ちえみ姉ちゃんが、みんなが、いっしょうけんめい縫ったドレスを、晴れ姿を、自分のなみだで濡らしちゃだめだ。

 ライトがまぶしい。みんな、順番に、ゆっくりとステージの前へ歩いていく。一番前で一礼して、ターンし、そのままステージ後方で待機する。

 しおりさんと玲斗さんが歩いていく。あたしはその後ろすがたを見ている。すっと背の高い玲斗さんは堂々としおりさんをエスコートしている。ターンして、ゆっくりと戻ってくる。

 しおりさんは、恥ずかしそうにほおをそめて、だけどときどき幸せそうな笑みをうかべて。すごく、きれい。

 ステージ後方まで戻ってくると、ふたりはちょっとだけ見つめ合って、照れくさそうに笑った。

「つむぎ」

 ちえみ姉ちゃんが小さく合図した。ちえみ姉ちゃんの手をひいて、ゆっくりと前へ歩き出す。

 歓声がわきおこる。胸をはって、「オレのお姫様を見て」って、そんな気持ち。だって、ちえみ姉ちゃん、すごくきれいだから。

 ちえみ姉ちゃんも、しおりさんも、ほかのみんなも……。これだけのドレスを縫うのに、どんなに苦労したことだろう。目の下にクマをつくりながらも真剣に刺繍をしていたしおりさんのすがたを思い出す。きっとみんな、こだわって、何度もほどいて、やり直したりしたんだろうな。

 だから、オレ。

 胸が痛いけど。ずきずき、ずきずき、ナイフで刺されたみたいに痛いけど。

 ステージ前方で、歩をとめる。スポットライトに照らされて、ゆっくりと、礼をする。

 今は。お姫様たちに恥じないように、堂々と、歩くんだ。


 三年生全員が登場したところで、音楽がかわり、みんなが、順番に、ふたたび歩き出した。ステージの真ん中に、客席――体育館――に降りる小さな階段が掛けられていて、そのままその階段を降りていく。

 客席の間、体育館の真ん中に、赤いカーペットが敷かれていて、そこがランウェイみたいになっているんだ。みんな、つぎつぎに、ゆっくりと手をふりながらレッド・カーペットを歩き、そのまま体育館の外へはけるのだ。

 しおりさんと玲斗さんの後ろを歩く。ちえみ姉ちゃんの、レースの手袋につつまれた指先は細くて、熱い。レッドカーペットをゆっくりと歩く。観客席から、拍手と歓声が起こり、紙ふぶきが舞った。ぱちぱちとはじけるカメラのフラッシュが、まぶしい。

「ちえみ、こっち向いて!」

 ちえみ姉ちゃんの友達かな。声が飛んできて、ちえみ姉ちゃんは笑顔で手をふった。

「お姉ちゃん、きれい!」

 みさきの声。まるでほんとの結婚式みたい。

「野田くーん! サイコ―よっ」

 この叫びは、あいりちゃん。思わず、苦笑いした。心平は、また、むすっとむくれているのかな。

 まぶしくて、はなやかで、熱いステージは、あっという間に終わった。

「ありがとうね」

 ちえみ姉ちゃんが、そっと、つぶやいた。


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