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1・魔法をかけてあげる

「ひゃく、ろく、じゅう、きゅう……」

 のびてる。昨日より二ミリものびてる。あたしはがっくりと肩を落とした。

 休み時間の保健室。ここで、こっそりと身長をはかるのが、あたしの日課。

「誤差の範囲内じゃないの?」

 養護の千草先生がおっとりとほほえんだ。

「先生……。あたし、五年生になってから、一か月で一センチのペースで背がのびてるんです……」

 あたしは、四月から毎日はかっている身長を、ノートにメモしている。わかりやすいように、表にもまとめているんだ。

「ひゃー。つむぎ、きちょうめんだねー。その情熱を勉強にも向けられないもんかねー」

 幼なじみのみさきが、あたしのノートをひったくってぱらぱらめくった。表紙に、マル秘、って赤ペンでおっきく書いてるのに、ぜんぜんえんりょがない。

 みさきからノートをとりかえすパワーもわかない。あたし、あたし。どうなるんだろう。一か月で一センチのびるってことは、来月には、一七〇センチになるってこと?

 じょうだんじゃないよ!

 ぶんぶんと首をふる。だけど、考えたくないのに考えちゃう。一か月に一センチということは、一年で十二センチだから、来年には一八一センチになって、さ来年には、ひゃ、一九三?

「成長期なのよ」

 千草先生が言う。

「先生もね、小学校高学年のときに、ぐーんって背がのびたの。すぐ止まっちゃったけどね」

 バラの花みたいに優雅に笑う先生を、あたしはつめたく見下ろした。先生はあたしより背が低い。つむじだって見えちゃうくらい。先生には、あたしの気持ちなんて、わかんないもん。

「まあまあっ! いいじゃん! 背が高いってことはさー。スポーツ有利だよ。バレーとかバスケとか。 それに、ほら、モデルとかも! つむぎってばスカウトされちゃったりして!」

 みさきが、がははって笑いながら、バンバンとあたしの背中をたたいた。

 出た。バレーボール。バスケ。モデル。

 背が高いのがイヤって言ったら、みんなこう言うの。バレーやったら? バスケ選手になれば? モデルになればいいじゃない、って。

 むりだし。あたし、どんくさくてスポーツ苦手だし。モデルなんて、かわいくてセンスのある人しかなれないし。

「いいよなあ……。みさきは、かわいくって」

 小さいころからずっと一緒のみさきは、ちっちゃくって、目もぱっちりしてて、肌も白くてつるんってしてる。髪だって天然パーマでふわふわ。

 お姫さまみたいって言われるのは、いつもみさき。

 あたしは……。色黒で、髪も太くでごわごわで、目は小さくて細いのにまゆ毛はりっぱ。ムダにきりっとした顔なんだ。おまけに背もどんどん高くなってるし。なのに、足とか腕とかはごつごつして、なんだか……がさつなの。見た目が。

 チャイムがなった。

 みさきとふたりで、教室にもどる。


 よもぎ市立よもぎ第二小学校五年一組。あたしたちのクラス。

 みんな、もう席についてつぎの授業の準備をしてる。

 うちの学校は公立だけど制服がある。白いポロシャツに紺色のプリーツの吊りスカート、それにベスト。冬は紺色のセーターを重ねる。地味でださいってみんな言ってるけど、あたしはひそかに、制服でよかったって思ってる。だって、こんなあたしに似合う服なんてないから。

 先生がはいってくる。日直が号令をかける。きりつ、きをつけ、礼、着席。

 と、同時にため息。

 ほおづえをついて、クラスのみんなをぼうっとながめる。あたし以外の女子が、みんな、きらきらまぶしく見える。

 先生に怒られない程度に、スカートの丈を短くしたり、かわいいヘア・アクセつけたり。髪を毎日巻いてくる子もいる。たとえば、奥園あいりちゃん、とか……。

 廊下側から二番目の列の、前から三番目。そこが、あいりちゃんの席。

 うちのクラスの女子は、いくつかのグループにわかれている。

 派手目なコ、地味なコ、運動が得意なコ、アニメやゲームが好きなコ。それぞれ似たような雰囲気のコたちがよりかたまって、グループをつくるの。なかでもいちばん目立つのが、奥園あいりちゃんのグループ。

 あいりちゃんは女子のリーダー的存在で、顔もかわいいし、へアアクセも、ペンポーチも、持ってるものぜんぶかわいい。あいりちゃんがつけてるもの、あっという間に女子のあいだで流行るんだ。

 今日のあいりちゃんはゆるふわのおだんごヘア。レモン色の、ひらひのシュシュを巻きつけてる。毎日、毎日、ちがう髪型なんだ。すごいな……。いろんな意味で、あたしにはむり。

 ほんと、うちの学校が制服でよかった。私服だったら、ますます差がついちゃう。

 せめて、ちっちゃかったらよかったのにな。背が高いと目立っちゃうもん。

 あたし、ずっと、すみっこで丸くなっていたいよ。ちっちゃいちっちゃい虫になって、机のかげにかくれていたいよ。

 

 給食と昼休みをはさんで、五時間目は体育。着がえて校庭に出る。半そでの体育服にハーフ・パンツすがただと、ごぼうみたいな細長い手足が目立っていやになる。背ばっかりのびて、胸なんてまだぺらっぺらだし。ほんと、あたし、なんなの?

 ピッ、とホイッスルが鳴った。今日はライン・サッカーをする。

 男子たちがおたけびをあげながらボールを追っている。あたしはのろのろとみんなの後からなんとなく走ってついていくだけ。

「野田、いけっ!」

 声がして顔をあげると、とたんに、ばちんと衝撃がはしった。

 痛い……。顔面にボールが直撃して、あたし、そのままひっくり返ってしまったんだ。

「つむぎちゃん、だいじょうぶー?」

「だっせー」

「デカいくせにどんくさいのな」

「デクノボーっていうんだぜ、そういうの」

「巨人のくせに、せめて跳ね返せよ、ボールくらい」

 男子がこれ見よがしに悪口を言ってる。起きあがれない。なさけなくって……。涙が出る。

「先生、あたし、野田さんを保健室に連れて行きます!」

 はきはきと澄んだ声で手を挙げたのは、あいりちゃんだった。そうだ、あいりちゃんは保健委員だった。

「だいじょうぶ?」

 そっと、あたしを抱きおこしてくれる。天使のようなきれいな顔が、心配げにくもってる。そのままグラウンドから連れ出してくれた。のは、ありがたかったんだけど……。

「まったく。このくらいで泣くんじゃないわよ」

 ふたりきりになったとたん、あいりちゃんの態度が変わった。

「野田さんみたいなひとって、まじでイライラする」

 そう言うと、保健室のドアをあけて、ぽんっとあたしの背中を押した。

「じゃね。あたし、もう行くから」

 置き去りにされたあたしは、千草先生にお願いして、のこりの体育の時間をベッドで寝てやりすごした。

 あたし、シーツをかぶって、泣いていた。先生は、何も聞かずにそっとしておいてくれた。

 

 さんざんな気分で家に帰る。帰り道、ずっと心配してくれていたみさきが、うちに来てよって誘ってくれた。元気になる魔法をかけてあげる、って。

 何だろう。ジーンズとTシャツに着がえて部屋を出る。ひとりでうじうじしてるのもいやだし、はやくみさきの家に行きたい。

 でも、その前に。お父さんとお母さんのいるお店に寄ってあいさつしていこう。

 うちは肉屋をしている。家を出て、せまい庭を通り抜けたらすぐにお店の裏口に出る。

 三角巾とエプロン、マスクすがたのお母さんは、あたしを見て、にっと笑った。

「みさきちゃんとこ行くんでしょ? これ、持っていきな」

 わたされたのは、あつあつのメンチカツだった。うちでは、メンチカツや焼き鳥、コロッケも売ってる。全部手づくりで、店頭のフライヤーで揚げてるんだ。部活帰りの男子中学生とか、男子高校生とか、よく買いに来る。あたしも、小さいころから、おやつといえばこのメンチカツだ。ころもはサクサク、中はジューシー。ほおばると、うまみたっぷりの肉汁が、口の中にじゅわーってひろがるんだ。

 ありがと、って言ってお母さんに手をふる。

 がまんできなくて、メンチカツをひとつだけ食べながら歩いた。

 ここはよもぎ中央通り商店街。シャッター通りだとかカゲグチ言われてるけど、うちの野田精肉店はまだまだ元気。

「おっす、つむぎ。何食ってんだよ」

 キッ、とブレーキのきしむ音と、ばかでかい声が飛んできて、ふりむいた。あたしはため息をついた。心平だ。ごじまんのマウンテンバイクに乗ってる。商店街の、「八百しん」のひとりむすこ。あたしとみさきと、同じクラス。

「メンチカツ? おまえ、そんなもんばっかり食べてっから、バカでかくなんだよ!」

 ふふん、と鼻をならして笑う。

 む、む、むかつく!

 何なのよ! 自分はクラス一のチビのくせに。その自転車だって、足つかないんじゃないの?

 って言おうとして、でもうまく言えなくてもごもごしてたら、心平はあっという間にどこかに行ってしまった。

 また、五時間目のラインサッカー事件のことを思い出しちゃった。

 デクノボー。巨人。イライラする……。

 目の前がどんより暗い。ため息をつきながら、とぼとぼ歩く。するとすぐに「まきはら洋品店」に着いた。みさきの家だ。

 うちの肉屋も、心平のとこの「八百しん」も、まだまだ元気だけど、みさきの家のお店はかなりやばい。お客さんが来てるの、あんまり見たことない。近くに大型のショッピング・センターができて、それからお客さんが減ったんだって。常連さんもいないことはないけど、洋服なんて、毎日買うものじゃないしね。みさきのお母さんは、とっくに店に出るのをやめて、ほかの仕事に出てる。

「ショッピングセンターのせいじゃないよ。ださいからだよ」

 今月号の「JSスマイル」を見ながら、みさきが言った。

「メンチカツ、いっただっきまーす」

「あっ、雑誌にアブラがつくよっ」

「いーのいーの。つむぎって、ときどきママみたいなこと言うよねー」

 みさきはからからと笑った。みさきは、大人になったらファッションの勉強をして、まきはら洋品店をおしゃれなセレクトショップにしたいんだって。それで、しょっちゅうファッション誌を見てる。小学生向けのものだけじゃなくって、高校生むけとか、大人のとか、ギャル系とかゴスロリ系とかも、図書館で借りてきてチェックしてる。まさに、全方向にアンテナ張ってるかんじ。

 みさきだってガンガンお肉食べてるのに、あたしみたいにでかくならない。

 なんで? 体質? 遺伝子?

「どしたの、つむぎ。まだ落ちこんでる?」

 みさきが小首をかしげた。あたしは、さっきの心平とのやりとりを報告した。

「なんだ、心平か。気にすんなって! あいつ、いっつもああじゃん。つむぎにばっかり、やなこと言うんだよねー。ガキだからー」

 むふふ、と笑うみさき。

「でも……」

 みさきは、あたしの頭を、ぽんぽんっとなでた。

 いつもみさきはあたしの味方でいてくれる。……あのときも。

 一学期の終わりころのこと。

 あいりちゃんグループのコたちが、あたしの悪口言ってたんだ。男子みたいに聞えよがしに言うんじゃなくて、トイレで、こそこそ。あたし、たまたま個室にはいってて、聞いちゃったんだ。

「野田さんって、かわいそうだよねー。こういう、ガーリーなへアアクセとか、ぜったい似合わないじゃん?」

 あいりちゃんの声。ひどーい、ってほかのコたちが高い声で言って、そのあと、くすくす笑う声がした。

 今思い出しても、涙が出る。みさきはその話をあたしから聞いて、怒ってあいりちゃんに文句つけに行こうとした。あたしは必死にとめた。あいりちゃんを敵にまわしたら、へたしたら卒業まで、みんなにハブらることになっちゃう。だけど、みさきの気持ちはうれしかった。そのおかげで、あたし、いったんは立ち直ったんだ。

 それにしても。今日のことといい、あいりちゃんって、あたしの何が気に入らないんだろ。

 あたし、無視とかのターゲットにされなきゃいいんだけど……。

「ひとそれぞれなんだよ、セイチョーキなんて」

 だまりこんでしまったあたしの目を見て、みさきが言った。

「いつ来るかも、どんだけ大きくなるかも。つむぎはほかのみんなより大きくなる時期が早いだけでさ。あたしや心平は今は小さいけど、高校生になるころには、おんなじくらいになってるかもだよ?」

 舌をぺろっと出すみさき。

「って、千草先生のうけうりだけどね!」

 そうかもだけど……。できれば、みんなと同じ時期に、同じくらい大きくなりたい。

 目立ちたくないもん。

「それよりさあ、これ、見て」

 みさきは、読んでいた雑誌をあたしに差し出して、ふせんの貼ってあるページをひらいた。

 街角スナップ、というコーナーみたい。街で見つけたおしゃれ小学生の写真と、簡単なインタビューがのってる。

「この人たち、見て」

「なに? 知り合い? かわいいね。カップルなの? すごいね。もう彼氏とかいるんだ……」

 モデルさんみたいにかわいい女の子と、となりにはイケメン男子。手をつないでにっこり笑ってる。みさきは、ふふん、と意味深に笑った。

「彼氏、じゃないみたいなんだな。よーく読んでみ」

 そう言われて、写真の横の記事に目を通してみる。

――ちひろC(小5)、ももこC(小5)、きょうはいっしょにショッピング。ももこCは、今、男装にはまってるんだって!

 って、書いてある。えっと、Cっていうのはたしか「ちゃん」の略。まって。ということは、ふたりとも女の子? 男装にはまってるって……。ええっ?

「今、流行ってんだってー、男装女子! ここらへんはイナカだからあんまり見かけないけど。ちょっと都会に出たら、ごろごろいるのかもねー」

 みさきは、あやしい笑みをうかべながら、あたしの顔をのぞきこんだ。

「つむぎ、きっと、ハマると思うんだよな……」

 はまるって、あたしが、何に? みさき、何をたくらんでるの?

 いやな予感。みさき、たしか、魔法をかけてあげるとかって言ってたよね。

「みさき、ま、まさか……」

「その、ま、さ、か。だよ」


いまもJS5とか、そういう言い方をするのかはわかりませんが、二年前はそうでした!

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