清水亮太はモヤモヤしている
佳子に彼氏ができた。そんな話を聞いて早くも一週間が過ぎた。俺の心境は相変わらずなんとも言えない。モヤモヤしてる。
今まで当たり前のように一緒にいて、当たり前のように家に遊びに来て、当たり前のように遊びに行って、家族と同じように過ごしてきた幼なじみに彼氏が出来るのは、なんというか嬉しいような寂しいようなよくわからない気持ちだ。まるで嫁入りする娘を見送る親父のような気分。いやわかんねえけど。
姉貴に言わせると、佳子に彼氏ができたと聞いた時から俺の態度は悪くなってるらしい。なに意識してんだろう。それを聞いた時はなんか死にたくなった。
そして今日も朝から早速態度が悪いと姉貴に怒られた。朝ごはん食べたのにごちそうさまでした言うの忘れてた。成程、確かに態度が悪いかもしれない。挨拶は大事だ。
「ほら、さっさと学校行け。弁当そこな!」
父が早くに死んで、母は朝早くから夜遅くまで仕事。そんな我が家の家事は姉貴の仕事だ。はっきり言って姉貴がいないと俺は餓死する。だから姉貴には頭が上がらない。
「サンキュ。行ってきます」
さっき挨拶を忘れてて怒られたからしっかり挨拶をして家を出る。扉を開けた瞬間、笑えない程の陽射しのお出迎え。暑い。まだ5月だろうになんだこれは。
俺、清水亮太の通う高校は特に頭のいい高校って訳でもなく、特に部活の強い高校って訳でもない。ただ家の最寄りの駅から三駅、そこから歩いて五分という立地で選んだ学校。それでも一年と少し通ってると愛校心というものは芽生えるものらしい。割とあの何も無い学校も好きだ。
家から駅までの十分。暑さに耐えながらイヤホンをスマホに付けて、適当な音楽を流す。涼しげな音楽を聞きたいところだが、俺の音楽プレーヤーにそんな曲は入ってなかった。帰ったらなんか入れておこう。
駅の月極駐輪場に自転車を止める。鍵はめんどくさいからかけない。前に一度それで駐輪場のおっさんに小言を言われたが、こんなボロっちい自転車、誰が盗るんだ。
電車が来るまであと二分。スマホのゲームを立ち上げ、ゲームのログインボーナスを貰う。ゲームを閉じる。やる気分になれない。
電車がきた。この駅ではあまり人は降りない。電車に乗り、座席を見渡す。座れない。仕方が無いのでドア付近に陣取る。
ここからまた十分。俺は佳子の事を考えていた。
女子にしては高めの身長。そこそこイケてるルックス。黒髪ロングヘアで軽音楽部、趣味はギター。誰とでも話せる元気系女子という「なんだそのモテ属性は」と云わんばかりのポテンシャルを持った幼なじみ、中野佳子は、その外見やイメージを持ちながら今まで彼氏を作ったことは無かった。
俺の母親と佳子の母親の仲が良く、家も近所だった為小さい頃から家族同然に遊んできた分、今まで色んな人に「付き合ってるの?」と聞かれたもんだ。その度に佳子は顔を紅くして「そんなんじゃないよ」なんて言ってたが、あいつに彼氏ができて俺達が本当に「そんなんじゃない」ことが解り、俺は何故か最近周りから可哀想な目で見られる。理不尽じゃねえか?それ。
とは言え、実際「そんなんじゃない」上に、俺も佳子もライクの意味では互いに好きだが、ラブではない。だから別に佳子から彼氏ができた、と聞かされた時は、普通に祝福をしたもんだ。良かったじゃん、どんなやつ?どっちから告白したの、みたいな、普通な感じ。
だけど、なんでだろうか、聞かされた翌日、すごく寂しい気分になった。別に佳子は俺のものでもないし、彼女でもない。なのになんなんだろう、やっぱり娘を嫁に行かせるお父さんの気持ち。
電車が俺の目的駅に着き、ドアが開く。ドア付近に陣取っていた俺は一番最初に電車を降り、真っ直ぐ改札口へ行く。磁気定期券をかざし、改札口を抜けると、またムカつく位の陽射し。今日の最高気温幾つだろう、これ。
最早見慣れたを通り越してゲシュタルト崩壊しそうな通学路をタラタラと歩く。別に面白いものもない。強いて言うなら今、暑さに顔をしかめているおっさんの顔が面白かった。
佳子が俺に彼氏ができたことを言ってきたのは、告白されて付き合ってから一週間位経った後だったらしい。ちなみにその期間、俺は全く気が付かなかった。鈍感なんじゃねえの、とか自分で自分に突っ込んだ。
佳子が彼氏の話をするのを、俺はあの時よく聞いてあげていたと思う。他人の惚気なんぞ聞いても楽しくなかろうに、あの時の俺は結構楽しんで聞いてた気がする。部活の先輩なんだけどね、急に呼び出されて、怒られるのかなとか思ってたら告白されてね、なんて言ってるの、普通に聞いてたら喧嘩売ってんのかコラァって感じだが、本当に素直に聞いてた。
その時に何の気なしに、
「付き合って、彼氏がいるって、どんな感じ?」
って聞いてみた。まあ俺は彼女いた事ないし、興味本位です。その時に返ってきた答えはこうだった。
「亮太も彼女作ったら解ると思うよ!」
今思うとそれこそマジで喧嘩売ってんのかコラァな訳だが、その時の俺はどうかしてたのでしょう、やっぱそんなもんか、みたいな答えを返した記憶がある。
俺のこのモヤモヤした、なんとなく嫌な感じ。実はこれがなんなのか、俺の頭の中では一つの仮説を立てることに成功していた。
俺は佳子に彼氏ができたことに対してモヤモヤしているのではなく、佳子に彼氏がいて、俺に彼女がいない状況にモヤモヤしているのではなかろうか。佳子に先を越された。そんなことを考えているのではなかろうか。
俺は今まで彼女がいた事はなく、欲しいと思った事もほとんど無い。そりゃ男子高校生ですから、いやらしい事に興味はあるし、やってみたいとは思う。だが、別に女子といちゃつきたいとか、そういうことを思ったことはない。更に言うなら好きな女子、というものが存在しない。だが、本当は。もしかしたら俺は、
彼女が欲しいのかもしれない。
我が校の門をくぐり、いつもの学校生活が始まる。いずれにせよ、目先のことを始めなければなにも出来ないのだ。俺の頭の中の思考は考えることをストップした。




