映画
のぞみが観たいという映画は、直球の恋愛譚、ラヴ・ストーリーの映画版だった。いかにもな感じの、まあケータイ小説と言えばいいだろう。
「やれやれ」
と僕は言った。
「藤原さん、何か言いましたか」
のぞみが怪訝な顔つきで僕を見る。
「なんでもない。悪くない映画だ」
と、僕は誤魔化しておいた。
映画のチャージは、年上の僕が二人分払っておいた。
僕らがスクリーンに入ると、果たしてそこには、JKの集団、もしくは高校生カップルばかりだった。大学生もいるにはいるが、ごく少数だった。席は半分くらいが埋まっていた。見れば、大半の男女が、手をつないでいるように思えた。JKと二十歳の男の組み合わせ(そして手をつないでいない)は浮いてしまっているような感覚にさえ、僕は襲われた。
映画が始まると、のぞみは、熱心に見ているようだった。僕は映画の内容に興味が持てなかったため、彼女の横顔をよく見るようにしていた。時折彼女と目が合うと、彼女は微笑んだ。
やがて映画は中盤、何か主人公に事件が起きて、最初の泣かせどころのようだった。僕は相変わらずのぞみの横顔を観察した。やはり時折彼女と目が合うと、彼女は照れ臭そうな顔をした。
僕はのぞみを観察するのが、まんざらでもないことに気がついた。僕が元々ポニーテールが好きだというのもあるが、彼女は歳の割には大人っぽく、整った顔立ちをしていると思い始めていた。そう思いながら、周りを何気なく見渡すと、高校生カップルも、JK集団も皆、泣いていて、手を握り合ってみたいるように僕には思えた。まさか僕ものぞみの手を握らないといけないとまでは思わないが、と考えていたら、彼女の方から恐る恐るな感じで僕の手に触れてきた。僕はなんとなく拒否する気にもなれなくて、彼女の手をそっと握り返してみた。そうすると彼女の方からもまた強く握り返してきた。こうして僕らはベタな感じで初デートにて手をつないだのだ。
そしてその状態のまま映画はクライマックスを迎えた(ようだった)。のぞみは手を離そうとせずに、映画に見入っていた。僕は彼女の横顔を見過ぎていたので、映画の内容もなんとかついていこうと見ていたのだが、泣き所が一向につかめなかった。
そのまま映画は終わった。僕らは手をつないでいた事実などなかったかのように(そう思っていたのは実は僕だけだった)、ごく自然な感じで外へ出た。
「やれやれ」
と僕はまたも呟いた。
「藤原さん、映画、つまんなかったですよね」
とのぞみが訊いてきた。
僕は否定する気になれず、
「実はそうなんだ。音楽は悪くない感じだったけど」
と打ち明けると、
「そうですよねー。この映画、ちょっと子供っぽいかも」
「でも、君は真剣に映画を見ていたじゃないか」
「待って、あれは、せっかく藤原さんと一緒に見てるんだし、お金も払ってもらったし。そうしないと悪いかと思って。でも、全部つまんなかったわけじゃないんです。ちゃんと泣けるところもあったし」
どうやら彼女は、無条件でこの映画に見入っていたわけじゃなかったのだ。思ったより、子供っぽくないな。僕はそう思って、彼女を見直した。
「ところで藤原さん」
「ん。何?」
「これから、透さんって呼んでいいですか?」
唐突な提案に僕はいささか驚いた。
「え…いいけど」
「じゃあ、私のことはのぞみってちゃんと呼んでくださいね♪」
彼女は楽しそうだった。僕は、そこで、さっきの手を握り合った感触を思い出していた。
「のぞみ…ちゃん、時間ある?どっかでお茶してこうか」
僕は彼女を何気なく誘ってみた。
「行きます、行きます」
とはしゃいだ制服のスカートが揺れるのを見て、僕はまんざらでもないと思うようになっていた。