八方美人
ミルクはココアと星茶屋に来ていた。
イチゴには夕べ詳細を伝えておいた。そろそろ来る頃だ。
さすがに夕飯時なので占いは受け付けしておらず、マスターは厨房で調理をしていた。
「ミルク、本当に素敵なお店だね。それにマスターもいい男だし」
ココアは店に入ってからはしゃぎ通しだった。とにかくマスターを気に入ったようだ。
ミルクはこの店は二回目だが、特にマスターの事を素敵とかは思わなかった。
占いは凄いと思ったけど、顔も体型も普通で、性格はまだよく分からない。きっと町で会っても気付かないだろう。
ココアの好みなのだろうか。
「ミルクには見えないだろうけど、マスターの周りにはオーラがキラキラ輝いていて顔も見えないくらい。なかなかお目にかかれないよ」
「オーラが綺麗だからいい男なの?」
「それだけじゃ無いよ。性格も将来性もバッチリ。結婚相手には最高」
「ココアはいいなあ。その能力があれば変な男に引っ掛からなくて済むね」
ミルクは自分の男を見る目の無さを嘆いた。
「見る目はあるけど、その人が自分と付き合ってくれる保証は無いし、いい男だからって私が好きになるとは限らないし」
そう言われればそうだよね。悪い奴だとわかっていても好きになっちゃう事あるし、とドラマで女性が不幸になるパターンを思い出していた。
「好きな人出来たら私に合わせて。視てあげるよ」
「うわー、是非お願いしたい」
そんな時店のドアが開き、イチゴが入ってきた。
「イチゴちゃん、こっちだよ」
ミルクが席を立ち手を振ってイチゴを呼んだ。
「こんばんは。今日仕事は?」
「臨時休業ー」
「お客さん来るの?」
「少しだけ。商売って難しいね」
「でも本当に素敵なお店だね」
「私と同じ事言ってるー」
ミルクとイチゴの会話にココアが入ってきた。
「あ、ゴメン。こちらココアさん。霊感があるんだよ」
「初めまして。ココアだよ」
「こちらはイチゴちゃん。私の兄弟子」
「初めまして、イチゴです。今日は宜しくお願いします」
「とりあえず皆揃ったからご飯注文しようか」
ずっと水で居座っていたのでミルクは肩身が狭かった。
ミルクはマスターに声を掛け、それぞれ好きな物を注文した。
料理が来るまでの間、イチゴはココアに視てもらいたい事を話始めた。
「実は母親が私が小学生の時にいなくなっちゃったんです。全然連絡も無くて、生きているのかも分からない状態なんです。父もお祖母ちゃんも皆心配してるんだけど……」
「ふーん……」
ココアはイチゴを見詰めた。正確にはイチゴの後ろを視ていた。
「死んでないよ。凄く元気。人生を満喫してるって感じ」
「分かるんですか?」
「イチゴちゃんのご先祖様に聞いたら、まだこっちには来てないよって言ってた。まだ元気いっぱいで当分来そうに無いって教えてくれた」
「そうですか……。良かった。どこにいるか分かりますか?」
「それは分かんない。私死んだ人は分かるけど生きている人の事は目の前にいる人しか分かんないんだ」
「そうですか。でも元気でいる事が分かって良かったです。ありがとうございます」
イチゴはほっとした顔をしていた。
「イチゴちゃんてさ、頭いいからちゃんと嘘か本当か見極められて、自分がどうしたらいいか考えられる人だね」
「頭良くなんかないですよ」
イチゴはそう言って否定はしたが、ミルクはその通りだと思った。イチゴは先生が詐欺師だと分かっていても母親探しのために先生の側に居続けている。それはイチゴが考えて出した答なんだろう。
「ま、早く言えば要領がいいっていうか、自分の利益になるなら悪人でも利用しちゃって、その悪人からも信頼されて。世渡り上手だよねー」
ココア一言多いよー。ミルクは焦ってイチゴを見ると、イチゴはニッコリ笑って言った。
「ココアさんには全部視えちゃうんですね。凄いですね」
イチゴ、肝が座ってるとミルクは感心してしまった。ココアの一言一言に動揺してしまう自分の未熟さが恥ずかしかった。
「イチゴちゃんのお母さんがどこにいるかわかんないけど、そんなに遠くでは無さそう、結構近くにいるよ。イチゴちゃんにお母さんの気が感じられる」
「本当?」
「うん。どこかですれ違ってる」
「近くにいるんだ……」
イチゴは毎日通る道を思い浮かべた。その道のどこかですれ違っているなら、これからもすれ違うかもしれない。
「お待ちどお様でした」
マスターが料理を運んできてくれた。
「また来てくれて有り難うございます。それもお友達も連れてきてくれて」
マスターはにこやかにミルクに言った。
「マスター、素敵なお店ですね。ファンになりました。また来ますね」
ココアはしっかりとアピールをした。
「有り難うございます」
マスターは笑顔でお辞儀をして去って行った。
「マスターが笑うたびに光が飛び散るんだよ。凄く綺麗。あの光で皆を癒すんだよ」
「そうなんだ」
その光が見えないミルクとイチゴは残念がったが、ココアの話を感心して聞いていた。
「イチゴちゃんのお母さんてどんな人だったの?」
「うーん、よく覚えてないんだけど、うち貧乏だったから洋服とかあんまり買ってもらえなかったんだけど、お母さんは自分の服を私のサイズにしてくれて、ついでに余った布でリボンとかバックも作ってくれたの」
「えー、凄い」
「おやつもいつも手作りだった」
「優しいお母さんだったんだね」
「うん。お父さんが安月給の会社で働いてて、苦しかったらしいけど、頑張って私を育ててくれたの。でもお父さんの会社が倒産しちゃって、お母さんが働きに出て、辛かったんだろうね。ある日突然いなくなっちゃったの」
「そうなんだ……」
「お父さんから聞いた話だと、お母さん若い頃占い師だったんだって。だからきっとどこかで占い師やってるんじゃないかと思って」
「それで先生の所に残ってお母さんらしき占い師さんを見付けてるんだ」
「そうなの」
「あのさ、イチゴちゃんの一族に占いの能力なんて無いよ」
「え?」
「イチゴちゃんには占い師の血は一滴も流れてない。まあ手相占いとか姓名判断とか、本に書いてある事そのまま使える占いなら出来るかな」
「そうなんだ……」
イチゴが複雑な表情をしていると、マスターが話し掛けてきた。
「面白そうな話をしてますね」
「あ、マスター」
ミルクは二人の事をざっとマスターに紹介した。お店も一段落して、手も空いたようだ。
「へー、霊感ですか。凄いですね」
「マスターのが凄いよ。綺麗なオーラしてる」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「将来絶対成功するよ」
「嬉しいですね」
そう言ってマスターは奥に引っ込んで行った。
「私、お母さんの顔も忘れちゃってるから、そこら辺で会っても分からないかも知れない。私お母さんに会えるのかなあ」
イチゴがポツリとつぶやいた。
「イチゴちゃん有名になればいいんじゃない? イチゴって名前珍しいし、有名になればお母さんの方から来るんじゃないの?」
ミルクが提案した。
「そうかな。でもそう簡単に有名になんてなれないよ」
「うーん……」
「食後のコーヒーをどうぞ」
マスターがコーヒーをいれてきてくれた。食事も終わったのに話し込んでいた三人だった。
「え、いいんですか?」
「お友達を連れてきてくれたお礼ですよ」
マスターのこういう所が憎いと思った。これが次のリピートにつながるんだろうな。商売上手だな、とミルクは感心した。
食べ終わった食器を片付けながらマスターがイチゴに話し掛けた。
「すれ違っているのなら、お母さんは貴女の事に気付いているんじゃないですか? 本当に貴女だとわからなくても似ているな、とは思っているはずです。親が子供の事を忘れる事はあり得ませんからね。きっといつかお母さんの方から声を掛けて来ますよ」
「そうなんですか?」
「きっとお母さんも今は名乗れない事情があるんですよ。待っててあげて下さい」
「はい」
マスターの話し方は優しいだけじゃ無くて確信を持った話し方なので、妙に納得させられる。だから安心できる。これもキラキラオーラを持つ人だからなのだろうか。
「ねえココアちゃん、私のオーラはどうなの?」
気になったミルクがココアに聞いた。
「ミルクのはね、純粋すぎて、いい人といるといいオーラになるし、悪い人といると悪いオーラになる。どっちつかずの優柔不断オーラだね。早く自己を確立しなきゃただの八方美人て言われて嫌われるね」
傷付く言い方だ。ココアのオーラを見てみたい。
「確かに、今の私は迷ってばかりだよ。どうしていいのか自分でも分からないよ」
「ああ、だからミルクさんは人の相談に乗る仕事が向いているんですね。人の気持ちが分かってあげられる、エンパス体質なのですね」
「エンパス体質?」
「人の感情を受け取りやすい人って事。人がイライラしてると自分もイライラしてきたり、人が嬉しいと自分も嬉しくなったりする事ないですか?」
「あ、何となく。笑顔でいてもこいつ本当は起こってるなって分かる事ある」
「人の感情に左右されて生きずらい人の事をエンパスというそうです」
「どうすれば治せるんですか?」
「そこまでは私も知りません。自分で調べて下さい。でも相談に乗るにはいい能力かもしれませんよ」
「はあ」
そんな体質がある事を初めて知った。マスターからは学ぶ事多いなあ。
占いのお客さんが来たので、三人は店を出る事にした。
イチゴは「今日はありがとうございました」とココアにお礼を言い家に帰って行った。ミルクとココアは駅に向かって歩いていた。
「あの子、素直で大人しそうな顔してるけど、気を付けた方がいいよ」
「イチゴ?」
「うん。ミルクの八方美人は人に気を遣っていい顔をする八方美人だけど、あの子の八方美人は周りを自分に都合のいいようにする策略のある八方美人。私は嫌い。やっぱりミルクがいいや。一緒に商売しようよ」
ミルクはだんだんとだが、ココアの事が分かって来たように思えた。口が悪くて人が気分を悪くしようが構わない。でもそれは本当の事で嘘を言ってる訳では無い。本当の事でも自分に都合の悪い事を言われると人は傷付いたり怒ったりする。
「ココアって、気遣いが足りないんだね」
「そんな事してたら疲れちゃうじゃん。だからその気遣いの部分をミルクが補ってくれるといいんだけどなー」
「甘えん坊だねー」
ミルクはそんなココアが嫌いでは無かった。自分に無いものを持っているココアは凄いと思う。どっちかと言うと気ばっかり遣って言いたい事も言えないでウジウシしている自分が嫌いで、言いたい事を言えるココアが羨ましかった。
「考えとくね」
「えー、早く決めてよ。私絶対役に立つよ」
「分かってる」
「じゃあ決めようよ」
「だって、私だってまだ占いを商売にしようとはハッキリ決めてないし……」
「もう、ミルクは優柔不断なんだから。じゃあ私が決める。明日からやる!」
「え、そんな急に……」
「やってみてダメだったら止めればいいじゃん」
「そうなの?」
「そう。私だって誰でもいい訳じゃ無いし、何の根拠も無くて言ってる訳じゃないよ。ミルクだから言ってるの。ミルクとだったら大丈夫だって視えたから言ってるの」
ミルクは押しに弱かった。おだてられるのにも弱かった。
「そうか……。じゃあやってみるか」
「うん、やろう」
またミルクは後先考えず、進もうとしていた。