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飲みたい日もある

 「何でも好きなの頼んで」

 刑事はそう言ったが、連れて来られたのは牛丼屋。刑事というのは給料安いのだろうか。


 「じゃあ、チーズのトッピングで」

 ミルクがそう言うと刑事は呼び出しボタンを押し、自分は牛丼大盛りと豚汁を注文した。


 「いやあ、凄い能力ですね。驚きました」

 「私だって驚きました」

 「え?」

 「あ、刑事さんが初めてのお客さんだったんです。自分でもまさか当たるとは思ってませんでした」

 「そうなんですか。初めてのお客ですか。光栄だなあ」

 刑事は嬉しそうに笑った。無邪気で爽やかな笑顔だった。

 「あ、そうだ。俺は芥川松太郎。まっちゃんて呼ばれてるんだ」

 「私はミルク、牛若ミルクです」

 「本名? それとも芸名?」

 「本名です。まだ芸名は考えて無いです」 

 思わず本名を名乗ってしまって、もし当たらなかったと訴えられたらまずいなあと後悔した。

 「ミルクさんか。可愛い名前だね」

 松太郎はニコニコしていた。


 「お待たせしました」

 牛丼が来た。

 白い服だから汚さないようにしないと、とミルクは少しずつ口へ運んだ。

 「やっぱり占い師さんは上品なんだね」

 別に上品な訳じゃ無くて、借り物の服を汚さないようにしてるだけだが、男性にそう言われると結構嬉しかった。


 「占いの勉強とかするの? それとも霊感みたいなのがあるの?」

 松太郎が興味有りげに聞いてきた。

 「勉強はしてるけど、私は水晶玉占いだから、どっちかと言うとインスピレーションが大事かな」

 勉強している事は確かだった。心理学とかだけど。

 「へー、そうなんだ。俺なんか勘が悪いから怒られてばっかりだよ」

 「例えば?」

 「仕事しててもよく騙されるんだよ。この前も事故があって、運転手が具合悪いって言うから救急車呼ぼうとしたら、先輩に止められて。検査したら薬物使用者だったんだ。でも具合悪いのは本当だから可哀想になっちゃってさ」

 こいつ一人だったら取り逃がしてたな……とミルクは思ったが、刑事のわりに優しいんだな、と好感を持った。

 「本当はもっとしっかりしなきゃいけないんだけどね。“人を見たら泥棒と思え”的に」

 「ダメよそんなの。なんとか刑事みたいに人情派がいいよ」

 「人情派刑事か。俺には合ってるかもな」

 うん、その方が良いよ。ミルクは松太郎に怖い刑事になって欲しく無かった。


 「ごめんね、仕事なのに誘っちゃって」

 「いいえ、私こそご馳走さまでした」

 牛丼屋から出て、二人は夜道を並んで歩いていた。身長差ちょうどいいじゃんと、ついミルクは思ってしまった。

 刑事だから歩き回っているらしく、体力ありそうな体型だ。固い職業だけあって、髪も黒いままで短くしていて爽やかな印象だ。顔は可もなく不可もなくだが、穏やかで優しそうな目をしている……。

 松太郎に興味を示している自分に、「違う、これは占い師としての観察の一環だ」と自分で自分に言い訳をしていた。

 何が「違う」んだか……。


 「じゃあ、またね。帰り気を付けてね。危険を感じたらすぐに110番だよ」

 「タクシーで帰るから大丈夫です」

 「そうか。まあ気を付けてね」

 松太郎は手を振りながら去って行った。


 110番じゃなくて電話番号教えてくれれば良いのに、と思った。

 いや、夜繁華街で仕事するのに安心だからね、でもいきなり電話したら迷惑かな、と自問自答していた。

 何か今夜は松太郎の事が頭から離れなくて仕事になりそうにないので、店仕舞いして帰った。



 「どう? そろそろ独立する?」

 次の日先生の所へ行くと、いきなり先生にそう言われた。

 「独立ですか?」

 「もう慣れてきたみたいだし、そろそろお金もらって商売しても良い頃よ」

 「でもまだイチゴさんが……」

 先輩を追い越して先に独立するなんていけないと思った。

 「この子はいいのよ。独立したがらないから」

 「そうなんですか……」

 チラッとイチゴを見るが、別に羨ましがってる様子も無く、いつも通り先生の側にくっついている。

 別に人見知りな訳じゃ無いし、言葉も上手いし、どうして独立しないんだろう。先生の側が良いのかなと不思議に思った。


 「じゃあ、そうと決まったらこれからの事を決めましょう」

 そう言って先生は書類を持ってきた。

 「借用書?」

 ミルクは驚いた。

 「仕事で使うドレスや小道具はそのまま使っていいわよ。新しく揃えるの大変でしょう」

 優しくて気の効いた好い人を装っているけれど、それって押し売りじゃないの?

 「一括でもいいけど大変でしょ。分割でいいわよ。毎月いくらずつ入れてもらえるかしら」

 先生はいつもの優しい笑顔で聞いてくる。

 額面は……二百万!?押し売りな上にボッタクリだ。

 でも確かにこんな占い師らしい怪しい道具類を揃えるとなると大変そうだ。どこで売っているのかも知らない。

 それにしたって高過ぎじゃないの? 

 「何かあったら何時でも相談にいらっしゃいね。独立しても弟子には変わり無いから、何時でも大歓迎よ。軌道に乗るまでは私の名前も出していいのよ、マダムバタフライの弟子だってね」

 この金額には相談料と名前使用料も含まれているのだと理解した。


 毎月二万円ずつ返済するという契約の借用書にサインをし、ミルクは先生のマンションを後にした。

 呆気ない別れだった。


 その夜ミルクは仕事はせずにイチゴと居酒屋に行った。

 「なんか、幻滅したっていうか、ガッカリしたっていうか……」

 ミルクはチューハイのカルピス割りを飲みながら、イチゴに絡んでいた。

 「そうか……そうだよね」 

 イチゴはチューハイのブルーベリー味を飲んでいた。

 「他のお弟子さんもそうやって独立していったんだね」

 「うん。そうみたい。独立してからマダムのマンションに来るお弟子さん、一人もいないし」

 「そうなんだ。そう言えば私も会った事無かった。皆もう先生には会いたくないんだね」

 「そうみたいだね」

 「先生は借金させるために弟子をスカウトするのかな。私も何か乗せられて弟子にして下さいなんて言っちゃったし。あれは一種の洗脳だったのかも」

 「マダムは時々お忍びで夜の街に出て店を出すの。あれは商売じゃ無くて弟子を探しに行ってるんだと思う」

 「やっぱりー。だってあんなにいい生活していたら、わざわざ夜仕事なんかしなくたっていいはずだもんね。怪しい変装までしてね」

 「うん」

 「イチゴちゃんは何で独立しないの? 借金するの嫌だから?」

 「そうじゃ無いけど……」

 「先生の側にいたいの?」

 「うん……実はね、私、本物の占い師に会いたいの」

 「本物の占い師?」

 「うん。マダムはあんな事言ってるけど、どこかに本当の実力を持った占い師はいるんじゃないかと思ってるの」

 「本物の占い師に会うために先生の側にいるの?」

 「うん。マダム有名だから、占い師の知り合いもたくさんいるし、情報も入ってくるから」

 「本物の占い師に会ったらどうするの? 弟子入りするの?」

 「まさか、私は占い師になりたい訳じゃ無いの。占って欲しいだけなの」

 「何を占って欲しいの?」

 「うん、家族の事とか……」

 イチゴが言いづらそうにしていたのでミルクもそれ以上は聞かなかった。

 訳有り家族ってたまにあるし、他人が踏み込んじゃいけない事もある。


 「あー、でも私稼げるのかなあ。借金返済のためにバイトしなきゃいけなくなったりして」

 「やってみなきゃ分からないよ」

 「まあね。占いなんて料金決まって無いし、自分が社長みたいなもんだから自由はきくよね」

 「占いの才能より商売の才能が必要だね」

 「先生は商才ありすぎだよね」

 「本当にね」

 「決めた。私も頑張ってマンションに住む。先生よりいいマンションに住む!」

 「頑張ってね」

 「うん。見ててね」

 「ミルクちゃんならいい占い師になるよ、きっと」

 「イチゴちゃんも早く本物の占い師に会えるといいね。情報あったら知らせるからね」

 「ありがとう。お願いね」


 女二人の飲み会は深夜まで続いた。



 

 

  

 

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