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路上デビュー

 それからしばらくの間、ミルクはイチゴと共に先生の元で見習いをした。

 先生の占う様子を間近で見学をしたり、メールでの占いの返事の書き方、そして心理学、ソーシャルワーク的な面接技法についても学んだ。

 イチゴからは紅茶の入れ方から接客等教わった。

 まあそれ以外に掃除、洗濯、買い出し、先生の肩もみも弟子の主な仕事としてやらされた。


 でも食事にお洒落なレストランへ連れていって貰ったり、依頼人様やお客様からお土産に貰う有名パティシエの作ったスイーツをお茶の時間に食べさせて貰ったりと、美味しい思いもさせてもらっていた。


 「先生、紅茶が入りました」

 ミルクも紅茶が入れられるようになった。

 「ありがとう。じゃあ出版社の方が下さったケーキ頂きましょう」

 見てるだけで幸せになれそうなケーキを、イチゴがお皿に盛り付けテーブルに運んだ。

 「美味しそう、と言うより綺麗ですね。これは芸術作品ですよ。食べるのが勿体ない……」

 ミルクは目を輝かせてケーキの鑑賞をしていた。

 「じゃあ私が食べる」

 イチゴがミルクのケーキにフォークを刺そうとした。

 「ダメー! 私の!」

 ミルクはお皿ごと抱え込んだ。

 「二人とも、姉妹みたいに仲良くなったわね」

 先生が面白そうに笑った。

 まだ知り合って間が無いが、何故か二人は気が合って、よくお喋りをした。帰りに一緒にファミレスで食事をする事もあった。

 「あそこの出版社はいつも美味しい物を持ってきてくれるのよ。グルメ雑誌も出してる位だから不味い物は持ってこられないのよ」

 「出版社って、先生本出されるんですか?」

 「いいえ、違うの。あの出版社が出してる月刊誌や週刊誌の占いコーナーを書かせて頂いてるの」

 あの、よくある「今週の星占い」や「今月の運勢」みたいなのを先生が書いているんだ。

 「そういうお仕事もされてるんですね」

 「そうだ、ミルクちゃんも書いてみてよ」

 「え? 私がですか?」

 「イチゴちゃんにも一つ任せてあるのよ。貴方もやってみたらいいわ。勉強になるわよ」

 

 勉強になるって、何を書けば良いんだろう。って言うか、私占い出来ないし。ん? 先生も出来ないじゃない。

 ミルクは困惑した。

 

 「深く考えなくていいのよ。読者様への応援メッセージを書けば良いのよ」

 先生は先月の雑誌を持ってきて見せてくれた。


 「一月生まれ……体調に気を付けて。冷えに注意。

 二月生まれ……自然と触れあうとパワーをもらえます。

 三月生まれ……家族とゆっくり過ごせる時間を作りましょう。……」


 「誰にでも当てはまるでしょ。誰が読んでも為になる事を書けば良いのよ」

 

 そんなもんなんだ……。

 ミルクは現実を知ってちょっとショックを受けた。


 「その原稿料は貴女にあげるわ」

 その言葉は嬉しかった。

 会社を辞め、収入の無いミルクは、貯金と退職金を切り崩して生活していた。このままだと終わるだけなので、早く独り立ちしなきゃと思っていたが、こんな形のアルバイトが貰えるなんてラッキーだ。

 「あの、いくら位貰えるんですか?」

 この質問は大事だ。

 「三万位かしら。私の名前でやってるから。知名度の低い人なら五千円位らしいわよ」

 ミルクは先生のゴーストライターになる事を喜んで承諾した。


 「イチゴちゃんは文章が上手なのよ。だからこういうのを書いてもらってるの」

 先生が見せてくれたのは、生まれ月ごとに細かく占いが書かれた、まるまる一ページにわたる記事だった。

 「こういうのだと、二十万位もらえるのよ」

 イチゴ先輩、稼いでますね。

 イチゴを見る目がちょっと変わった。

 「勿論私の名前だからだけど」

 ページの一番上には、先生の微笑む写真が印刷されていた。


 「有名なのは知っていましたが、改めて先生のネームバリューの凄さを思い知りました」

 「あらミルクちゃん、あなたも頑張ればそうなれるのよ。先輩のお弟子さん達も、皆稼いでいるわよ。例えば……」


 先生が何人かの名前を挙げた。雑誌や占いサイト、時にはテレビでも聞いた事のある人達だった。

 「え、皆先生のお弟子さんなんですか?」

 「そうよ。そのうち私より有名になるわ」

 本心では無いにしろ、確かに皆名前は売れて来ている。

 私もそうなれるのかなあ、いや、なってやる。私も絶対有名占い師になってやるとミルクは固く心に決めた。


 それにしても、先生の弟子と言うことは皆占いはしてないって事だよね。やっぱり占い師なんていないんだ、とミルクはガッカリした。



 そんな生活を送る事三ヶ月、突然先生はミルクに言った。

 「そろそろ路上デビューしなさい」


 路上デビュー?何ですか、それは。


 「路上で机を置いて、道行く人を占うのよ。いくら勉強しても、やっぱり実践して経験を積まなきゃ一人前にはなれないわ。そうね、今夜からやってみなさい」

 

 先生の指示はいつも突然だ。

 まだ人を占った事も無いのに、いきなり一人で放り出されるなんて。

 でも、いつかはやらなければいけない事だった。心の準備はまるっきり出来ていないけれど、先生の指示なら仕方が無い。ミルクは諦めの境地に入った。


 「じゃあ早速衣装と小道具の用意しなくちゃね」

 先生がウキウキと納戸へ行った。

 「ねえ、こっちへ来てみて」


 納戸の中には色々な物が入っていた。壁一面にはズラリとドレスが架けられていた。収納棚には小さな机や椅子、机に掛けるクロス、水晶玉を置くクッション等、色とりどりに揃えられていた。


 「ミルクちゃんにはどれが似合うかしら。これなんかどう? こっちの方が良いかしら。ねえ、イチゴちゃんも一緒に選んで」

 先生は楽しそうにドレスを何着もハンガーから外し、ミルクに当ててみた。

 「これはどうかしら?」

 「ちょっと派手すぎです……」

 「これは?」

 「色が無理です……」


 先生のオススメはミルクの好みとは合わなかった。見かねたイチゴが、

 「これはどうですか?」

 と、白い清楚なワンピースを選んでくれた。

 「地味じゃない?」

 先生はちょっと不満なようだ。

 「これにこっちのオーガンジーのショールを羽織れば素敵ですよ」

 「あら、なんか花嫁さんみたいね。そうそう、このレースの手袋をすれば良いんじゃないかしら」

 「先生、それ素敵です!」


 そうしてミルクの衣装が決定した。

 「そうよね、ミルクちゃんなんだから白がいいわよね。イチゴちゃん、センスあるわね」

 「いえ、マダムにはかないません」

 イチゴが本気で言っているのか、おだてているだけなのか分からなかったが、ミルクはイチゴのセンスの良さに感謝していた。

 ちょっと可愛らしくて清楚で、ミルクはとても気に入った。さっきまでの不安も大分薄れ、ちょっとワクワクした気持ちになってきた。


 メイクとヘアーアレンジもイチゴにやってもらい、初々しい新人占い師ミルクが出来上がった。


 「じゃあ、いってらっしゃい」

 荷物一式を持たされ、ミルクはタクシーに押し込まれた。

 とうとう一人になっちゃった。

 また不安が押し寄せてくる。


 「お客さん、どちらまで?」

 「えっと、占いをしたいんですが、何処か良い場所ありますか?」

 「それなら飲み屋街みたいな所が良いですかねえ」

 「お任せします」

 ミルクは行き先をタクシーの運転手に任せ、ひたすら不安と戦うのだった。


 繁華街の中の空き店舗の前にミルクは机を置いた。

 机の上に水晶玉を置き、「占」と書かれた布を対面の椅子の背中に掛けた。

 あとはお客さんが来るのを待つだけだ。


 「お姉ちゃん何やってるの?」

 「一緒に飲みに行こうよ」

 

 酔っ払った中年オヤジ達がからかって声を掛けてくる。

 最初は戸惑って「仕事中なので……」と真面目に受け答えをしていたが、だんだん面倒になってきて今は完全無視だ。


 「お客さん来ないなあ。今日はそろそろ帰ろうかな」

 せっかく綺麗に着飾って、気合いを入れてやってきたのに、拍子抜けだった。


 ミルクが帰ろうか迷っていると、突然若い男性が声を掛けてきた。

 「この人見なかった?」

 男性はミルクに女性の写真を見せた。

 ミルクは男性が振られた女性を追いかけてるストーカーか何かだろうと思った。

 「見ていませんけど、この女性をお探しですか?」

 「はい、早く捕まえたいんです」

 やっぱりこいつストーカーだ、と思い、ミルクは男性に言った。

 「私占い師なので占いましょうか」

 「占い? 金取るんでしょ?」

 「いえ、まだ新人なので今日はお代はいりません」

 「うーん。行き詰まってるし、タダならちょっと聞いてみるのもいいか。じゃ、お願いします」

 男性は椅子に腰を下ろした。


 ミルクは目をつむり、水晶玉に手をかざした。勿論占い師らしく見えるための演技だ。


 「もう追い掛けるのは止めた方が良いです。彼女も困っています。追い込まれています。彼女は今隠れているけれど、そんな生活はもう止めたいと思っています」

 「そうなんですか?」

 男性は意外そうに言った。


 当たり前じゃん、あんたはストーカーだから彼女は自分の物だと思っているだろうけど、彼女はあんたから逃げたがってるんだよ。あんたに付きまとわれる生活から抜け出したいんだよ、とミルクは心の中で説教をした。


 「貴方は大人しくしていて下さい。彼女は出て来たくなったら出てきます。だからそれまでは何もしなくてもいいです」

 出てきっこないけどね。

 「でもすぐにでも居場所が知りたいんですが」

 「焦っても仕方ありません。貴方が追っても彼女は捕まりません。彼女から来るのを待つ方が良いです」

 出てきっこないけどね。

 「うーん、まあいいや。参考にさせてもらうね」

 そう言って男性は去って行った。


 絶対信じて無いな、あれは。また女を追いかけるんだろうな。あんな男には関わりたくないから帰ろう。


 ミルクは荷物をまとめ、帰り支度を始めた。


 路上デビューの夜は、ストーカー男一人に説教をして終わった。


 日数を重ねる度にミルクも度胸が付き、冷静に相手を観察出来るようになってきた。

 ふくよかな女性には「自制心が弱い」と言い、ジャケットの裾を直してばかりいる男性には「神経質」と言い、「良くわかりますね。当たってます」と驚かれた。 

 

 そんな少しばかり余裕が出てきたミルクの前に、あのストーカー男が再び現れた。文句を良いに来たのかと身構えるミルクに、男性は満面の笑みを浮かべ話し掛けてきた。

 「君、凄いよ。俺占いなんて気休め程度にしか思って無かったけど、当たる占いもあるんだね」

 

 さて、何を言ってるのやら、とミルクは呆気に取られた。


 「実はこの間俺が追ってた女性は結婚詐欺の容疑者だったんだよ。だから金をいっぱい持って逃げたから遠くへ逃げられる可能性があって、早く身柄を抑えたかったんだ。でも君は女性は困ってるとか、彼女の方から出て来るとか言ってて、俺はそんな事まるっきり信じられなかったんだ。

 それが昨日、彼女が自首して来たんだ。金は一銭も持って無かった。彼女も結婚詐欺に遭っていて、相手は金だけ受け取ったら逃げたそうだ。相手を捕まえてくれとか言ってたけど、自分も同じ事しておいてよく言うよな。

 それにしても、君は本当に凄いよ。占いも当たるんだって良く分かったよ」

 

 ハイテンションで話す男性の言葉の意味が良く分からなかった。

 じゃあ何ですか。貴方はストーカーでは無くて警察の方って言う事ですか。

 彼女は被害者じゃなくて犯人だったんですか。


 茫然としているミルクに男性は尚も話し掛ける。


 「また困った事があったら相談に来るね。また事件を解決して下さい。頼りにしてます」


 ヤバイ展開になってしまったとミルクはアタフタした。


 かなりの思い違いだったし、警察に協力なんてした覚え無いし、いや実は私、占い師なんて嘘で、私こそ詐欺師です、と頭の中はかなり混乱していた。


 「お礼といっては何ですが、今から食事でもいかがですか?」


 何も言えずに刑事に連行されるミルクだった。

 

 

 



 

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