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辛い未来

 ミルクとココアは月曜日に休みを取って、ちょっと離れたパワースポットといわれている山へ行った。

 途中までは車で行けるが、そこから先は徒歩で二十分程山の中へ行かなければならなかった。

 久しぶりに昼間に行動してる二人には、たったの二十分さえもきつかった。

 「ミルク、疲れた」

 「まだ五分しか歩いてないよ」

 「だって普段は車で移動してるんだもん。徒歩はきついよ」

 「それにしたって疲れるの早すぎ。まだ若いんだから頑張れ」

 「えー、こんな砂利道歩いた事なーい。アスファルトの道歩きたい」

 「何言ってんの。こういう山道を歩く事で浄化されるのよ。あ、ほら見て、可愛い花が咲いてるよ。癒されるー」

 「花なんか見ても疲れ取れないよ」

 ココアはぶつぶつ文句を言いながら歩いていた。ミルクも疲れてきてはいるけれど、道端の花や木を見たり、鳥のさえずりを聞き、楽しんでいた。


 「あれ、ミルク……」

 ずっとしかめっ面で歩いていたココアが、急に顔を上げて穏やかな顔になった。

 「ここ、いいよ。落ち着く」

 ココアの顔色がほんのり桃色に変わっていた。

 「パワー感じるの?」

 「パワーっていうのかな、なんか空気があったかいっていうか……とにかく気持ちがいい」

 「本当にパワースポットなんだね」

 ミルクには全然分からなかったけれど、ココアの表情を見るとここが特別な場所だという事は解った。

 二人はそこでしばらく瞑想らしき事をしてから山を下りた。

 ミルクは自然と触れ合えておいしい空気を吸えて良かったと思った。

 ココアは不思議な感覚を体験した。地球からのパワーが自分の体を通り抜け、その時自分の中の悪いものが綺麗になっていく感じがした。

 今まで以上に力がみなぎっているのが解った。


 帰りの車の中でココアはその感覚に浸り、無言でいた。ミルクはココアは疲れたんだろうと思い、話し掛けなかった。


 その日は疲れと早起きのお陰で、久しぶりにゆっくり眠れた。


 「夕べは良く眠れたから今日はバッチリだよ!」

 ミルクは元気いっぱいだった。

 「うん、ミルクもパワーもらえたみたいだね」

 「そうだね。全然自覚無いけど今日は凄くやる気満々だよ」

 「頑張ろうね」

 

 張り切って店の準備をしていると、見た目にも超ラブラブなカップルが腕を組ながら歩いてきた。

 「あー、占いだよ。占ってもらおうよ」

 「占いなんて当たんねーよ」

 「いいじゃん。お願いしまーす」

 彼女の方が椅子に座った。彼氏は嫌そうな顔をして後ろでウロウロしていた。

 「私達凄く愛し合ってるんだけど、ずっと幸せでいられますかー?」

 「当たりめーだろ」

 彼氏が後ろでブツブツ言っていた。

 ミルクは水晶玉をのぞきながらココアからの言葉を待った。

 『うーん、明日にも終わりそう。彼氏には他に女いるよ。彼女はただの金づる』

 「えーっと……、何と言いましょうか……あまり相性は良くないみたいです」

 「ウソー、私達凄く愛し合ってるよ、ね」

 「あ、ああ」

 彼女が振り向いて彼氏を見た。彼氏は適当に返事をしていた。

 「当たんないじゃん。帰ろー。当たってないからお金払わないよ」

 そう言って二人は仲良さそうに寄り添いながら去って行った。


 「な、何だったんだ……」

 せっかくやる気満々でいたミルクは出鼻を挫かれた。

 「ま、次は頑張ろう」 


 しばらくすると三十前後と見られる女性が「お願いします」と現れた。

 「お見合いをして来月結婚する事になったんですが、幸せになれますか?」

 ココアの霊視によると、姑に苛められ、旦那も助けてくれず辛い生活を送るとの事だった。

 「旦那さんは親思いのようですね」

 「はい、家族仲はとても良いです」

 「貴女も仲良くする自信がありますか?」

 「頑張るつもりです」

 「だったら言う事はありません。頑張って下さい」

 「あの……」

 「ごめんなさい。貴女には頑張ってとしか言えません。頑張って幸せになれるならそれで良いと思います」

 「それって、頑張っても幸せになれないかも、って事ですか?」

 「頑張って幸せになれるのなら殆どの人が幸せになれますよね……。あの、私、幸せって個人の価値観の違いと言うか……人によって幸せと感じるポイントが違うと言うか……」

 『ミルク、はっきり言っちゃいなさいよ!』

 あまりにミルクがはっきりしないのでココアはイライラしてきた。

 「私、結婚しても幸せになれないんですね」

 「あの、結婚だけが幸せじゃ無いと思います……」

 「じゃあ私はいつ幸せになれるんですか? ブスだし学歴も無いし暗いし、今まで彼氏出来た事無いし、やっと幸せになれると思ったのに……」

 女性は泣き出してしまった。

 「あの……」

 女性はその後二十分くらい「私なんか」とか「生まれてこなければ良かった」とか言いながら涙を流し続けた。

 そして急に立ち上がり帰ってしまった。


 後味が悪かった。もっと希望を持てるような言葉を掛けてあげられたんじゃないのか。もっと気が楽になるような話が出来なかったのだろうか。


 何故か今日は悪い結果の出る相談ばかりだった。振られるとかクビになるとか、そんな相談ばかりだった。

 ミルクはなんとか言葉を選んで答えはしたが、なんとも歯切れが悪かった。


 そして最後に若い男性が相談に来た。

 「何度投稿してもずっと落選し続けていましたが……、やっと賞を取って漫画家としてデビュー出来るようになりました! 厳しい世界だという事はわかっていますが、俺、漫画家としてやっていけますか? そのためだったらどんな苦労をしたっていいと思っています」

 キラキラした瞳で将来を語る若者を応援したいとミルクは思った。

 「凄いですね。何て雑誌? 読ませてもらうね」

 「ありがとうございます!」

 夢と希望に満ちた若者に明るい未来がある事を祈りながら水晶玉に手をかざした。

 『ミルク……。もう今日はその子で終わりにしよう……』

 ココアが悔しそうに言った。

 『その子、年末に事故に遭う。そして右手を怪我して動かなくなる。もう漫画描けなくなる……』

 ミルクは何て言っていいのかわからなくなってしまった。

 ずっと頑張ってきて、やっとこれからと希望に満ち溢れているこの若者に、この結果をどう伝えたらいいのだろうか。

 「貴方は漫画が大好きなんですね」

 「はい、大好きです! 読むのも描くのも。いつかは自分の作品がアニメになれば、なんて」

 満面の笑みで若者は言った。

 「そのためには体に気を付けなくちゃダメよ。あんまり無理しないで」

 「体にだけは自信ありますから。それに今は頑張らないといけない時だと思ってます。……なんか病気になりそうなんですか?」

 「病気というよりも、怪我……。年末頃に事故に遭う恐れがあるので気を付けて下さい」

 「事故ですか。じゃあ年末は家から出ないで家で漫画描いてます」

 「家の中でだって転んだりするかもしれないから気を付けてね」

 「はい、気を付けます。それで将来的にはどうですか? 売れますか?」

 ミルクは言葉に詰まった。何て言おうか考えるために水晶玉に手をかざした。

 ココアからの言葉は無かった。漫画は無理だという事なんだろう。

 「漫画が好きなのよね」

 「はい!」

 「一生漫画と付き合うのよね」

 「はい!」

 「漫画もずっと貴方の側にいます。一生貴方の隣にいます。貴方が離さない限りは」

 「絶対離しません」

 「貴方の人生から漫画を切り離す事は誰にも出来ません。貴方は人生を漫画と共に歩むでしょう。辛くて漫画を投げてしまう事もあると思いますが、その辛さを癒してくれるのもきっと漫画です。だから……辛い時が来ても頑張って下さい」

 ミルクは精一杯頑張ってこう言った。若者はもうすぐ辛い思いをする。夢も希望も打ち砕かれる時がもうすぐ来る。でも立ち直って欲しい。大好きな漫画を嫌いになって欲しくない。そう願いながら。

 「なんか、あんまり売れそうにはなさそうですね……。でも、一人でも読んでくれる人がいたら、その人のために全力で描きます。一人でも面白いと思ってくれる人がいるんなら、その人のために寝ないでも描きます!」

 「今のキミ、凄くカッコいいよ」

 「え」

 「凄く輝いてるよ。ねえ、サインちょうだい」

 ミルクは荷物の袋からノートとペンを取り出して若者に押し付けた。

 「サインなんて初めてだ」

 慣れないながらもサインを考えてあったようで、若者は照れ臭そうにサインを書いてくれた。

 「大事にするね。頑張ってね」

 「ありがとうございます。頑張ります!」

 若者は明るい声でそう言うと元気に帰って行った。

 ミルクはその後ろ姿を眺めながら、「ココアの霊視がはずれますように」と祈っていた。


 ミルクはさっさと荷物をまとめ、帰り支度を始めた。ここにいてお客が来たら嫌なので、少し離れた所でココアを待つ事にした。


 「ミルク」

 ミルクは迎えに来てくれたココアの車に逃げ込むように乗り込んだ。

 「なんか、嫌な日だった」

 「うん、こんな日もあるんだね」

 「あんな答え方しか出来なかったけど、良かったのかな……」

 ミルクは若者に書いてもらったサインを見詰めながら呟いた。

 「仕方ないよ」

 「……ココアもココアのお母さんも、いつもこんな辛い思いしてたんだね」

 「え?」

 「だって私には人の気持ちや未来なんてわからないから、今までは無責任に大丈夫だよとか頑張れとか言って来た。でもそれが分かっちゃったら……」

 「うん。分かってるから何も言えない時もある。だから冷たいヤツとか、つまんないヤツとか思われてきたんだろうな」

 「ココア辛かったんだね」

 「……でも私にはお母さんがいたし、同じ能力持ってるから分かってもらえたし、だいぶ助けられたよ」

 「そっか」

 「私もお母さんも、家族の未来わかってるんだ。どんな問題が起こるとか、誰がいつ死ぬとか」

 「え……」

 「たまに二人で答え合わせみたいに確認しあって、二人の霊視同じだから本当だねーとかってね」

 「凄い親子の会話だね……」

 「私にとって人生は答え合わせの確認作業だと思ってた。でもね、最近はそうじゃないって事に気が付いた」

 「え?」

 「今年死ぬって視えてた親戚の叔母さんがまだ生きてるんだよ」

 「なにそれ?」

 「小さい頃に会ったっきりで、それから会ってもいない叔母さんなんだけどね。おかしいなあと思って最近遠隔で霊視したら寿命が延びてた」

 「よ、良かったじゃん」

 「うん。良く視てみたら、やっぱり癌になってたんだけど、手術して治ってた」

 「それって、ココアが小さい頃には治せない病気だったけど、最近の医学の進歩で治せる病気になってたって事?」

 「多分そうだと思う。それか奇跡みたいな不思議な力が働いたのか……。本当の所は分からないけど、運命って変わるのかもしれない」

 「じゃあもしかしたらあの漫画家の子も、いつか凄く高性能の義手が開発されて、また漫画描けるようになるかもしれないって事?」

 「分かんないけど、可能性はゼロでは無いって事だね」

 「そうなんだ……。そうなればいいね」

 「そうだね」


 ココアの霊視は絶対だと思っていたミルクには驚きだったが、少し気が楽になった気がした。

 悪い結果が出ても、もしかしたらはずれたり、解決策が出てくるかもしれない。

 奇跡が起きるかもしれない。

 お客さんは辛い未来を知りたくて相談に来るんじゃない。今より良くなっている未来を期待して来るんだ。

 私が未来は悪いと決め付けてはダメなんだ。良くなる可能性を否定してはいけないんだ。


 「ココア、私頑張る。どんなに辛い未来が待っていようと、希望はある、必ずある!」

 「ミルク……」

 

 ミルクって単純でいいなあ、とココアは苦笑した。人の気持ちを分かろうと努力する優しいミルクが大好きだ。

 でも、実際はかなり辛いんだよ。他人には絶対に理解出来ないくらい辛いんだよ。

 誰にもこの辛さは分からない……。


 自分の周りに思いきり壁を作っているココアだった。

 

 


 

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