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人生の転機は突然に

 ミルクはフラフラと夜の街を歩いていた。


 「お姉さん、どうしたの? 少し休んでいきなさい」

 突然声を掛けられ振り向いた。

 そこには中年の女性が、ベールを被り、妙なドレスを着て机を前に座っていた。机の上には大きな水晶玉が乗っていた。


 『水晶占い』と書かれたチラシが机前面に貼ってあった。


 「占いですか?」

 ミルクが訝しそうに尋ねると、

 「商売抜きで声を掛けたのよ。悩んでいるように見えたから」

 ミルクは驚いた。

 そう、ミルクは悩んでいた。悩んで悩んで、どうしようもなくて、夕方から歩き回っていた。

 「辛そうね……」

 女性の優しい声に、ミルクは目頭が熱くなった。

 「こちらへいらっしゃい、話くらいは聞いてあげるから」

 ミルクは吸い寄せられるように女性の向かいの椅子に座った。

 暗闇の中、やっと見つけた明かりのように嬉しかった。


 ミルクは今日、仕事でミスをした。上司からかなり怒られ、帰り際に始末書を書いて来るように言われた。書くといっても今の時代、パソコンで作成するのだが、最近プリンターが壊れて印刷が出来ない。すぐに修理に出せば良かった、と後悔したが、こう言う時こそ、と彼氏に電話をした。彼はアパートで一人暮らしだから気楽に行ける。ついでに慰めてもらおうかな、と甘い考えでいた。

 もう泊まるつもりで彼のアパートの前まで来ていた。

 「今から行くね」と電話をすると、

 「まだ会社なんだ。今日は遅くなりそうだから」

 と断られてしまった。困ったな、ネットカフェにでも行くしかないかな、と思いながらふと見ると、彼の部屋に電気が点いている。

 朝電気点けっぱなしで出掛けちゃったのかな、と思ったが、窓に映るカーテン越しの影が動いた。


 嫌な予感がした。

 確かめたいような、確かめたらダメなような。頭では止めた方が良いと思っているのに足は勝手に動いていた。

 部屋の前で立っていると、話し声が聞こえて来た。彼と、女の声だった。


 「私……どうしていいのか。何にも考えられないんです」

 ミルクは半泣きで今日の出来事を語った。女性は頷きながら、「そうなの」「まあ……」と相槌を打ちながら、ミルクの話を聞いてくれた。

 「私、どうしたらいいんでしょうか? あ、代金は払いますから占って下さい」

 自分で考える事も出来なくなっていたミルクは、占いにすがろうと思った。

 「いらないわよ。今日は私が引き留めてしまったんだから。お金貰ったら押し売りになっちゃうでしょ」

 女性は優しく微笑みながら水晶玉の上に手をかざした。

 「貴女は……優柔不断な所があるわね」

 「はい! 分かるんですか?」

 「水晶を通してインスピレーションが伝わってくるのよ。……自分では中々結論を出せないのね」

 「そうなんです! 凄い、当たってる」

 ミルクは自分の性格を言い当てられ、驚いた。

 「自分を引っ張って行ってくれる人が欲しいのね」

 「はい。彼は……まさにそんな人でした。いつも私を引っ張ってくれました」  「でも貴女は自分で決めなきゃいけないと分かっているわね」

 「……はい、その通りです。いつまでもウジウジしてる訳にはいかないですよね」

 「大丈夫よ。貴女はちゃんと自分の行くべき道を決められる。それも近いうちにね」

 「本当ですか?」

 「ええ、本当よ」

 「私、今の仕事向いて無いと思うんです。それから彼も……引っ張ってくれるんだけど、何か自分勝手と言うか、私の意見なんか聞いてくれなくて、どっちかと言うと引き摺り回されている感じです……。

 私、全てを捨てて新しく出直そうと思うんですが、どうでしょうか?」

 ミルクは意を決して質問した。

 「それは貴女が決める事よ。私が言ってしまうと、もしまたつまずいたら貴女は占いのせいにしてしまうでしょう。上手く行ったとしても、また占いに頼って自分で判断する事を止めてしまう。

 最後に決めるのは自分ですよ。そして自分で決めた事には自分で責任を持って頑張るから成功するの。

 貴女には決める力もあるし努力する力もあります。大丈夫、自分を信じて進みなさい。道は開けますよ」


 女性の力強い言葉にミルクは希望が見えてきた。さっきまでの絶望にうちひしがれ彷徨っていた自分とは別人になった気がした。

 

 「ありがとうございました。凄く楽になりました。あの、こんなに良くしてもらってタダなんていけません。少ないですが……」

 ミルクがバッグから財布を取り出そうとした。

 「今日は結構ですよ」

 女性はミルクの手を抑えた。

 「でも、お礼がしたいんです。私の気が済みません」

 「お礼なんていいのよ。貴女の助けになれたのなら嬉しいわ」

 女性は微笑んでいた。

 「助けなんてもんじゃありません。今日で人生終ったと思ってたのに、凄く明るい未来がある事に気付かせてもらいました。私もなれたらなりたい位です」

 「なれたら、なりたい?」

 女性の目が輝いた。

 「はい。でも私には占いの能力なんて無いし、先生を尊敬します」

 ミルクは女性を『先生』と呼び始めた。

 「貴女には能力があります」

 「え?」

 「貴女には占いの能力があります」

 「嘘……」

 「痛みを知っている人は他人の痛みも分かってあげられる。貴女は心のこもった占い師になれるでしょう」

 「……本当に?」

 「はい」

 「でも私、占いなんてした事無いです」

 「誰でも最初はそうですよ。私もそうでした」

 「先生も?」

 「ええ。でも偶然、いえ運命的に、素晴らしい師匠に拾って頂き、教えを乞う事が出来ました」

 「運命的に……」

 「ええ、運命的に!」

 女性は妙に『運命的』を強調した。

 「運命……。先生、これは運命ですか?」

 「それは貴女が決める事です」

 「そう、最後に決めるのは自分。自分で決めるんだ。先生、私を弟子にして下さい!」

 ミルクはこの出会いは偶然では無く運命だと感じた。そして自分で自分の未来を決めるんだと固く誓った。


 「厳しいわよ」

 「頑張ります」

 「いつから来られる?」

 「明日退職届出してから来ます」

 「そう、じゃあこれ、私の電話番号。待っているわね」

 「はい、宜しくお願いします!」


 ミルクはここへ来た時とは別人のような、軽快な足取りで、時々スキップをしながら、満面の笑みで帰って行った。

 始末書が退職届になっちゃった、と可笑しそうに独り言を言っていた。

 でもこんなに当たる占い師さんがいるなんて驚きだった。占いなんて皆インチキだと思っていた。高い料金を取って騙すだけだと思っていた。

 占いも占う人によっては凄く助けになるものだと初めて知った。

 私もそんな人になりたい。いえ、努力してなるんだ!

 ミルクは明日が楽しみだった。


 女性占い師はミルクが帰ると早々に店仕舞いをしてタクシーを呼んだ。

 机や椅子をタクシーのトランクに入れてもらい、後部座席に乗り込んだ。

 「先生、今日は儲かりましたか?」

 運転手が聞いて来た。

 「客が来ないから早じまいよ」

 「えー、儲かったから早じまいなんじゃ無いですか?」

 運転手の問いに何も答えなかったが、占い師の口元は笑っていた。


 「着きました」

 タクシーは豪華マンションの前に停まった。

 「お釣りはいいわ」

 占い師はトランクから荷物を下ろしている運転手に一万円札を渡す。

 「ありがとうございます。また宜しくお願いします」

 運転手は嬉しそうにお金を受け取ると、客の気が変わる前にと、さっさと出発して行った。


 占い師は嬉しそうに部屋へ帰って行った。


 「弟子なんて久し振り。楽しみだわ。

 ……退職金、幾ら位貰えるのかしら」


 占い師はミルク以上に明日を楽しみにしていた。

 


 


 


 

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