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葛ヶ郷


 私が社会科の教員として母校へ赴任したのは、教職について4年目の春でした。

大阪から車でなら1時間足らずで帰る事が出来る、中途半端な田舎が私の故郷です。

学年3クラス、全校で400人足らずの村内唯一の中学が私の母校です。


 私は教育大学ではなく、総合大学の文学部、地理学専攻を卒業しています。

教員免許は「中学社会」です。

社会科教員の中でも数の少ない地理専攻であったため、

母校でも地理を学習する1年生の担任を受け持つことになりました。


「次、なんだっけ」

「地理、加奈子先生の~」

「アタシ、地理~キライ~」


廊下に担任するクラスの数人の女子の声が聞こえている。

確かに中学高校で学ぶ地理は人気が無い。

それは分かっているんだが、ハッキリと言われると胸に刺さる。

チョット、ドアの前で止まってしまう。


「でもでも、加奈子先生はスキだよ」

「だね~カワイイし」

「だねぇ~」


自身回復!我ながら現金だと思うがいいじゃない。


「は~い、座って座って、授業始めるよ」


ドアを開けて私は教室に入って教壇に立つ。

いつもの授業スタイル。

このまま普通に進むはずだった、ほんの十数分後までは。


「今日はフィールドワークの準備をします」


「やった~!」


生徒達も現金なもので教室での「講義」より屋外や図書館での調べ物に興味を示す。

むかし……と言うか以前の地理の授業は、ひたすら教科書や地図帳を「憶える」事に費やされていた。

「憶える」事自体は否定しないけど、生徒全員が必死に覚える分けじゃない。


だから……「地理」を嫌う生徒が多いのは事実。

社会科を選択にしたら、地理を選択する生徒がいないと言う事もある。

大学もまた同じ。難易度は、日本史 ⇒ 世界史 ⇒ 地理になっている。


 私も実は……ケフン、ケフン。

別に入試で、一番下の希望で通ったからじゃない。

まあ……地理が面白くなったのは大学に入ってからだけど。


閑話休題。


「今日は図書室でフィールドワークの準備をします」


という事で、生徒達を連れて図書室へ移動。

うちの中学の図書室はちょっとした蔵書量だったりする。


生徒数が減ってはいるけど、村内唯一の中学でオマケに高校は分校しかない。

故に村の予算は中学に多い目に配分される。

配分された予算は「教育を具現化」した形で分かりやすいもの。

そう、「本」に使われる。


だから、ここの図書館には普通は1組しか蔵書されない百科事典が5組も蔵書されている。

私も高校に行って、世間の常識を知るまでは百科事典は複数組そなえられるものだと思っていた。


「いや、普通ありえないよ。1組でいくらすると思ってるの?」


高校の司書教諭の先生の言葉、確かの有り得ない。

大学の図書館にも県立図書館にも百科辞典は1組が普通だった。


理由は簡単、高いから。百科辞典は1組で数十万はする。

ネット社会になった今では殆ど役目を終えちゃったけどね。

wi○iとか……まあ、無料と言うのは信用性も低いという意味だけど。


しかし、ある物は有効に活用させてもらう。

クラスを5班に分けて、1冊づつ百科辞典の「地理」を準備させる。


「せんせ~、辞典で一々調べなくてもwik○かググればいいじゃん」

「だ~め。調べる事も勉強だよ」


例の女子だった。クラス女子のリーダー格の子。


「え~~」

「いいから、調べた調べた。」


私は手を叩いて、授業を進める。

この子……坂井亜矢には授業を何回か潰された。

本人には悪気が無いのが、逆に難しい。

坂井亜矢は何か話し出すと脱線して元に戻れない。


クラス女子の中心と言うもの良くない。

授業を潰しても誰も攻めないし、逆に見方をする始末でもある。


何回かやられたら、私も少しは学習する。

悪気が無い分、脱線を力技で戻せば何とかなる。

ようは亜矢のペースに乗らなければいいのだ。


「~センセ~、めんどぃ~」


坂井亜矢が少し、不貞腐れているが無視無視。

カン無視すると逆ギレするからその辺のサジ加減が難しいけどね。

何とか、坂井亜矢を黙らす事に成功して授業を進める。


しばらくは何か言いたげにしていた坂井亜矢も諦めたのか、

班のメンバーと共に調べ物に集中しだしている。


地理を暗記科目だと言うのは理解出来なくはない。


確かに覚える事項は多い。

でも、それは歴史も同じだと思う。

年号や事件、人物名を覚えなくてはいけない。


では何で地理が嫌いなのか……と言うより、地理好きがいないのか。

答えは簡単、「マイナー」だからだと思う。

日本史にしたって、世界史にしたってメジャー何処が多い。


日本史だったら、「歴女」なんか。

世界史だって、東洋史だったら「三国志」とか、


西洋史だったらそれこそキリが無い。


誰か「地理」をテーマにノベル書いてお願いだから。

ゲームにだって地理は関係してるのにね、マッピングとか。

でも、地図は「地理」の道具であっても成果じゃないけどね。


やめよ、哀しくなる。

今日は次回に計画しているフィールドワークの為の準備。

私の方針は「外に出る地理」地理嫌いな生徒たちのために……ほぼ全員かな。


百科辞典の「地理」を出して、この地域の欄を調べる。

それが今日の課題。


この地域は古の都があった県だから、百科事典にも収録されている。

私の住むこの村も、平城宮に都があった頃から人が住んでいた記録が残っている。

山の頂上付近にある集落で「氷室」古代の氷貯蔵施設だったらしい。

しかし、平城貴族はお洒落なのか贅沢なのか。

あんな昔に夏場に氷を浮かべたオンザ ロックを呑んでいたなんて。


そんな事を話しながら、フィールドワークの内容を話して行く。

目的は氷室跡や近世の生活の痕跡。

そんな時、また坂井亜矢が声を上げた。


「センセ〜この辞典、中身が無いよう、不良品だよ」


坂井亜矢は立ち上がって隣の班の辞典と自分の班の辞典を指差す。

私は一瞬意味がわからなかった。


(落丁?)


私は坂井亜矢の座席に近付き、彼女の言い分に耳を傾ける。


「ワタシの班の本には書いてあるのに、頼子の班のには書いてないの」


坂井亜矢は問題の箇所を順番に指差して説明してくれる。

それは、『葛ヶ郷』と言う集落についての記述だった。

坂井亜矢達の班が使っている辞典には『葛ヶ郷』の記述があり、

頼子、羽間頼子達の班の辞典には『葛ヶ郷』の記述が無かった。


「落丁かな」


私は二冊の辞典を取って確認してみる。

坂井亜矢の班の辞典の203頁から206頁が『葛ヶ郷』の記載だった。

しかし、羽間頼子が使っていた辞典の203頁には異なる記載があった。

そう、落丁では無かったのだ。


同じ203頁は存在し、異なる内容が記載されている。

次に考えられるのは、版が異なるという事か。

私は、それぞれの辞典の奥付けを開いてみる。


「え?」


私は思わず、声を漏らしてしまった。これは仕方無いと思う。

だって、「第35版」と言う。同じ奥付けが付いているのだから。

私の頭は混乱していた。

私の持っている常識が当てはまらない。


「……先生」


遠慮がちな声に私は少し冷静さを取り戻せた。


「ああ、ゴメンゴメン」


私は勤めて明るく、その声に応えた。

羽間頼子は真面目な性格の生徒で坂井とは対極にいる。

かと言って仲が悪い訳じゃ無く、良い方だと思う。


「ちょっと、この辞典は先生が確認するからね。坂井さんの班は羽間さんの班と一緒に見てくれる」


私はそう言って、坂井亜矢の班が使っていた辞典を回収した。

この時は、この辞典があの大きな出来事につながるとは思いもしなかった。


 週末の土曜日、閑散とした職員室で例の辞典について調べている。

出版社は既に無くなっていて、継続会社も無い。


編集者の方に聞こうと調べたが、全員が亡くなっていた。

正直、全然分からない。

第一、この辞典だけに記載されている、

『葛ヶ郷』と言う地名が何処を調べても分からない。


私の知識では『葛』と言う地名は『九頭』から来ている。

九頭は九頭竜の九頭で水に関係する地名の事だ。

平野部では大きな河川などだし、この辺りの様に

山間部では分水嶺や水源地など全て水に関わる場所である。


この辺りには『葛』と言う地名や場所は無い。

僅かに神社の名前が『葛神社』と言うだけである。

それも私が生まれ育ち、今も生活をしている集落にある。


当然、私の集落は『葛』とは縁の無い「伊草」と言う名前だ。

伊草も元々は『藺』であり、今では「井草」と書く事の多い、

畳やゴザに使う植物の事だ。

地理的には、この名前は湖沼の周辺に多い地名だ。


思考の海に沈みかけていた私はサイレンの音に思考を止める。

サイレンの音は校門の前で止まった。


校門の前にある防火水槽を消防団が掃除していたはずだ。

消防団もサイレン付きの消防車を持っている。

その消防車がサイレンを鳴らして走って来たのかな?


私は何となく校門へ歩いていった。

そこに来ていたのは、消防車だけでは無く救急車とパトカーだった。

嫌な予感がした私は、封鎖を始めている警察官に声をかけた。


「何があったんですか」


「あなたは?」


怪訝そうな警察官に、私はこの中学の教員だと告げる。


「……防火水槽で人が亡くなっていたんですよ」


私は血の気が引くと言う事を始めて体感した。

パニックになってもおかしくないのに、変に冷静な自分がいる事に気づく。


 遺体はまだ防火水槽から引き上げられていないのか、

警察官や消防団員が防火水槽を覗き込んでいた。

防火水槽の水を抜いていたのか、ポンプが設置されていて周りに水が撒かれている。


「……誰が亡くなったのですか」


私の態度が冷静だからだろうか、件の警察官は怪訝そうな表情を一瞬浮かべつつ答えてくれた。


「身元までは分からないのですが中学生のようですね、女性徒ですよ」


今度こそ、私はパニックになった。

何を言っているのか自分でも分からない奇声をあげ、

その警察官を押しのけ現場へ飛び込んだ。


防火水槽へ顔を向けた私はその情景に言葉を無くした。

防火水槽の底に、マネキンが転がっていた。

異様に腹部が膨れ上がり顔も腫れて顔の区別が付かない。

ただ、中学女子の夏服を着ている事から女性徒だと分かる。


そこから後の記憶が私には無い。気を失って倒れたそうだ。

保健室のベッドの上で目を覚ました時にはすでに周りは薄暗くなっていた。


「先生、気が付きましたか」


 ベッドの側に座っていたのは養護教諭の滝本涼子先生だった。

彼女も今日は休日出勤していたのだった。


「……あの」


やっと搾り出した私の声に、彼女は居た堪れないと言う風に少し目を逸らした。

そして、視線を戻すと私の聞きたい事に答えてくれる。

それは私が一番聞きたくない答えでもあった。


「亡くなっていたのは……先生のクラスの」


彼女は一端言葉を途切れさせてしまう。

刹那の間に覚悟を決めた彼女は、不幸な生徒の名を告げてくれた。


「亡くなっていたのは、先生のクラスの坂井亜矢でした」


 その後、私はどの様なやり取りをしたのか覚えていない。

気がつけば教頭の車に送られて自宅に帰り着いていた。

マスコミや父兄への対応は校長と学年主任がしてくれている。


教え子の亡骸を目撃し動揺したと言うことで私は自宅待機となった。

今回の騒動で1学期の期末試験は中止となり、そのまま夏休みになった。

長期休みとなっても、休みは生徒だけで教員は通常勤務。

自宅待機から復帰した私も通常通り出勤している。

ただ、周りの教員の気遣いが逆に煩わしく感じるくらいだった。


 私は幽霊とか超常現象は信じる方だと自覚している。

私の手元に未だにある、「あの」百科辞典。

別にこれが呪の辞典だとか言いたいわけでは無い。


ただ、余りにタイミングが良すぎるし異様なのは事実でもある。

私はクラスの生徒に口止めしたわけでは無いが誰も話題にしていないようだ。


余りにもう一つの事件がが大きいからうわさにすらならない。

警察の捜査が終わっても後始末は大いに残っている。


クラスメイトが事故死したと言う事実は最後まで残る。

夏休み明け以後、どのように学級運営をするべきかが課題となる。

気の重い話しだ

私にとっては件の百科事典の問題も残っている。


一瞬しか見なかったが瞼に焼き付いている、水死体となった坂井亜矢。

クラスの中で女子のリーダーとして過ごしていた坂井亜矢。

その二つの姿がダブって私の心を痛めつける。


悶々とした日々を過ごすうちに全校登校日がやって来た。

事故の後、クラスの生徒達と顔を合わせるのは初めてだ。

何とも言えない気の重さで私は教室のドアを開けた。


何となくよそよそしい空気の中、私は日程を淡々とすごして行く。

花の飾られた坂井亜矢の机が否応も無く目に入ってくる。

クラスの生徒たちも、私語の一つも無く静かに座っている。


放送を通じて校長から事故のあらましと哀悼の辞が送られた時には

生徒たちの間からすすり泣く声が聞こえた。

日程を終えて三々五々に下校して行く生徒たちを見送った後、

職員室の戻ろうとした私は校庭の片隅にまどろむ小さな影を見つけた。


羽間頼子


私のクラスの生徒でありなくなった坂井亜矢とも親しかった生徒である。

羽間頼子は校庭の片隅、校門より少し入った所にある工事現場の側に立っている。

そこは旧校舎のころからあった、目的の分からない施設を取り壊している現場だった。


戦時中に作られた施設のようで何に使われたいたのか記録に無く、村の長老も知らない施設だった。

分厚いコンクリートで作られた半地下のような施設で、防空壕か?と言われたが記録が無い。

また防空壕にしては肝心の出入り口が無かったのである。

全く出入り口の無い、コンクリートの箱である。


そんな不可思議な遺物が取り壊された跡に羽間頼子は一人佇んでいる。

私は声をかけようかと思い、なぜか思いとどまってしまった。

羽間頼子の醸しだす雰囲気が何か近寄り難いものに感じられたから。


その私の思いは程なく覆ることとなる。

羽間頼子が私の元にやって来て驚く事を口にしたのだ。


「先生、葛ヶ郷の事を知ってる人を見つけました」

「え……それ、本当!」


私は羽間頼子の台詞に食いついてしまった。それ程に彼女の報告は魅力があった。

「葛ヶ郷」

不思議な地域の事が分かれば、心に巣食うわだかまりが一掃されるように感じたからだった。


「羽間さん、その方はどちらの方なの」


勢い込んで尋ねる私に臆する事無く羽間頼子は答えてくれた。


「私の祖母です。先生もご存知かもですが」

「羽間さんのおばあさん……龍神社の」

「はい。その祖母です」


彼女……羽間頼子の祖母は「龍神社」と言う宗教施設の代表だ。

代表と言っても村に一つだけ本部と言うか「教会」がある。

羽間頼子もそこに同居している。


「お話しを聞かせて貰う事は出来る?」

「はい。祖母に聞いてみます」


羽間頼子は携帯を取り出して、電話をかける。

さすがに彼女のおばあさんはLINEとかでは繋がっていないようだ。


「……はい、……はい、分かった」


彼女は電話を終えると私に向き直っておばあさんの提案を伝えてくれる。


「先生が良かったら、今からでも来て下さいと言ってます」

「え、いいの」

「はい。おばあち……祖母が言うには、早いほうがいいだろうって」


私にとっては渡りに船だった。

二つ返事で了解を伝えると後片付けを終えて直ぐに伺うと答えた。

羽間頼子は先に帰宅すると言って自転車で走り去って行った。


私は急いで後片付けを終えると職員室を飛び出した。

日に焼けて蒸し風呂のようになった車のエアコンをフルにして車を出す。


先に帰った羽間頼子に直ぐに追い付くかと思ったがそうは行かなかった。

自転車なら走れる道でも車では遠回り。

羽間頼子の家、「龍神社」はそんな道の向こうにあったのだった。


私が到着して玄関の呼び鈴を鳴らすとすでに私服に着替えた頼子が迎えてくれた。

和風の玄関を抜けて座敷へと誘われる。

最近では田舎でも応接室は洋室が多いが、龍神社本殿の隣に建つ羽間家は純和風。

座敷で頼子の入れてくれた麦茶に口をつけると程なく、頼子の祖母がやって来た。


「突然お邪魔して申し訳ありません」


私は廊下に姿を見せた頼子の祖母……羽間有紀子に頭を下げる。


「いえ、お呼立てする事になってしまって」


静かに座敷の手前で頭を下げ、入って来た由紀子は静かに私の対面に腰を下ろした。

龍神社は神社としての格もあるため、由紀子は女性の神職、巫女のなりをしている。

巫女のなりは由紀子の凛とした雰囲気を際立たせてもいる。


「押しかけて何ですが、葛ヶ郷の事をご存知だとか」


私は挨拶もそこそこに本題を切り出す。

由紀子の方も分かっているとばかりに机の上に一枚のいくつかに折られた紙を広げる。

それは古い地図だった。


「羽間さん、これは」


その地図は私が知っている物とは違っているが近代の手法で描かれた、この村の地図のようだった。

ただ、通常の地図記号とは異なる記号が使われており、文字も旧漢字が使われている。

かなり精密な地図ではあるが正直かなり読み辛い地図だった。


「これは戦時中に作られた、日本軍の作戦用地図です」


地理学は他の科学技術と同じく「戦争」のために発展した側面をもつ。

ゆえに軍用の地図は最新の情報と正確さを持っている。

その地図の中ほどの部分を指差して、由紀子が言い放った。


「ここが葛ヶ郷と呼ばれたところです」


その部分は私の知らない記号が書き込まれた等高線の密集地、山であった。

私は由紀子の指先を見ながら地図を読み取って行く。

そして一つの事に気づいた。


「ここはもしかしたら、中学の?」


そして、それは正解だったらしい。


「中学の裏山がかつては葛ヶ郷と呼ばれたところです。そして日本軍の機密施設が設置された場所です」


由紀子の口から語られたのは戦時中に起こった痛ましい、そして軍の機密事項だった。


 戦争末期のころ、軍は本土決戦を睨んで大本営をこの県に移す準備をしていた。

大本営は山麓に掘り進められた、長大なトンネルの中に準備された。

その大本営の空の守りのために当時研究中だった電探施設が作られることとなった。


その電探施設の候補地がこの村であり最適地が葛ヶ郷だったのである。

電探施設は隠密性が重要であり、計画は最機密事項とされていた。

葛ヶ郷は本村からはかなり離れており、ある理由から本村との交流も殆ど無かった。

当初、軍は3軒あった葛ヶ郷の住民を移転させ、しかる後に施設の建設をする計画だった。


しかし、計画に大きな障害が発生したのだった。

3軒の住民全てが移転を頑なに受け入れなかったのだった。

何度かの交渉と軍の立場を強調した脅迫。

その全てを拒否されて、軍の担当者は大いに慌てたのだった。


その担当者はこの村出身の人物だった。

村の有力者の次男坊で能力の割りに軍での地位は高かった。

ようはコネと金の力で地位を「買って」いたのだ。


その男は葛ヶ郷の住民の態度に焦りの色を濃くした。

自身の出身地と言う事から親族の力で交渉が楽だと思い、

申し出て担当を引き受けたからだった。


このまま失敗すれば立場が悪くなる。

男がそう考えたのは仕方が無いことだった。

しかし、男の取った手段は最悪だった。


自身の小隊を率いた男は深夜、葛ヶ郷を囲んだ。

そして自ら引き金を引いて「事」を成し遂げたのだ。


数日後、軍へは住民全員の移転の報告が届いただけであった。

男の上司も薄々事情は分かっていたが口にしなかった。


しかし、用地が確保できたにも関らず施設が建設される事は無かった。

終戦を迎えたのである。


結果、無人となった葛ヶ郷は元々、交流が薄かった事もあり人々の記憶から消えていく。

数十年後、中学の移転先として葛ヶ郷の麓が村の有力者から提供される。

あわせて、その人物の所有となっていた葛ヶ郷一体も中学に寄付されたのだった。

その人物は坂井と言う、戦時中は軍の施設担当をしていた人物だった。


そう、あの坂井亜矢の曽祖父に当たる男だった。


 由紀子はそれ以上は話してくれはしなかった。

私は背筋に冷たいものが走るのを覚えた。


程なく羽間家を辞した私は知らなかった。私が帰った後で祖母と孫娘の間で交わされた会話を。


「で、どうだった?あの魂縛匣は」

「中はからっぽだった」

「そう……」


「おばあちゃん……」

「だれにも止められないよ、あの霊の恨みは強すぎる。坂井の家を全て飲み込むまで止まらない」


 私はひとけの無い県道をしばらく走り、自宅に着いた。

車を止めて玄関に向かうと、隣から微かに線香の香りがする。

我が家と同じ「坂井」の表札がかかる家から母が顔を出す。


「早くして、お参りが始まるから」


田舎は四十九日までの間、毎日夕刻にお参りする風習が残っている。

私と同じ坂井一族の親戚、坂井亜矢が死んでまだ四十九日にはなっていなかった。


稚拙な初投稿です。お読みいただけて感謝です。

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