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  作者: 紅崎樹
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写真の影

 僕は目を覚ました。時計を見ると、針は六時を指している。台所に顔を出すといい匂いが漂ってきた。

「朝ごはん、準備できてるからね」

 母は流しで洗い物をしていた。僕は違和感を抱いた。しかし、それも直に消えていく。

「父さんは?」

「まだ寝てるわよ。いつものことじゃない」

 ――いつものこと。

 そうだったかな。

「それより一端、早く食べないと。学校遅れるよ?」

 声をかけられ、僕は慌てて席に着いた。今日の朝食はご飯に味噌汁、生野菜のサラダと、朝にしては珍しく品数が多い気がする。……いや、これが普通だったのか?

 どうも記憶が曖昧だ。少し不安になるくらい。


 結局僕は三品とも完食し、身支度を整えて家を出た。家を出る前、ふとあることに気が付いた。

 母の声がとても穏やかだったのだ。

(これが、普通なのか?)

 今の僕にはわからない。


「お兄ちゃん、おはよう」

 不意に声をかけられた。家を出てから間もなくのことだった。振り返ると、見知らぬ女の子が立っていた。緑色の髪をばさばさに二つに縛り、右側の前髪を上げている。瞳は透き通るような銀で、温かさを感じられない。

 その子と目が合い、背筋に寒気を感じた。僕は慌ててその子から目を逸らす。

「お、おはよう。何か用かな」

 早口で聞く。

 この辺の子でないことだけは確かだ。髪や眼の色からして外国人だろうか。

「私は、暫くこの辺りに居るからね。大切なもの、返してほしくなったら、いつでも私を探して」

「――え?」

 気が付くと、辺りには誰もいなくなっていた。

 つい先ほどまで、確かに女の子が目の前に居たのに。

(誰だったんだろう、あの子は)

 その時には、あの女の子に何を言われたのかもう覚えていなかった。

  ***

 教室に入ったところで、僕は昨日聞いた噂を思い出した。『緑色の髪に、銀色の目の女の子』。今朝の子は、噂の女の子と同じだった。

 ――『不思議ちゃん』の噂知ってるか?

 不思議ちゃん。

 確かにあの子は、不思議な子供だった。

「おはよう、一端」

 昨日、噂話をしていた男子の中の一人である百塚君に声をかけられた。

「お、おはよう」

 百塚君から声をかけられたことなど、初めてかも知れない。驚きのあまり、少しだけ声が裏返ってしまった。

 百塚君は、他に用はなかったみたいで、挨拶だけすると別のところへ行こうとした。僕は百塚君に声をかけた。

「あの、百塚君」

「ん、なんだ?」

 百塚君が振り返る。僕は今朝の出来事を教えた。

「え、マジ? お前、不思議ちゃんに会ったの?」

 すると百塚君は興味を持ったらしく、身を乗り出して訊いてきた。僕が頷くと、百塚君は僕の腕をつかんで引っ張った。

「それ、他の奴らにも教えてやれよ。皆と打ち解けるいいチャンスだぜ?」

 言うと、百塚君は爽やかに笑った。


 数日後、不思議ちゃんの噂は途絶えた。皆の興味が別の話へ逸れたようだ。特に進展もなく、結局彼女が何者だったのかわからないままである。彼女になんて言われたかも、思い出せないままだ。

 しかし。

 僕は、その噂をきっかけに、あまり話したことのなかった男子数人と少しだけ仲良くなった。

 世界が、久しぶりに開けた気がした。

  ***

 その日、僕は自分の部屋を片付けていた。

「あんた、部屋が随分散らかってたじゃないの。ちゃんと片づけておいてよ?」

 母が僕の部屋の中を見たそうで、怪訝そうにそう言われたのだ。

「ちょっと前までは、もっときれいだったと思ったんだけどねえ……」

 そんなことを言われても、と僕は少し戸惑った。別に汚くしているつもりはない。

(あのくらい、見慣れたものじゃないか)

 そう思ったが、部屋を片付けているうちに思い直した。

 そういえば最近は、母に起こされることがない。前までは、毎日文句を言いながら、他人の部屋にずかずか入ってきていたのに。決まり文句を言いながら。

 ――早く起きなさい。

 いつから聞いていないのだろう。まあ、おかげで自分のタイミングで起きられているから、別にいいのだけれど。

「ん。なんだ、これ?」

 片づけをしている途中で、見覚えのないものが出て来た。アルバムのようだ。中には、僕の写真が綴られていた。


「――え?」


 アルバムのページをめくると、僕はある写真から目を離せられなくなった。それは、遊園地に出かけた時に記念に撮ったものだった。写っているのは僕と母の二人。それと、もう一人。写真の中の僕よりも少し背の高い人影が、僕の隣に写っていた。輪郭が曖昧で、ぶれてしまったかのようだ。僕と母や背景が綺麗に取れている中で、その人影だけが浮いていた。

(何だよ、この写真……)

 僕は、次のページをめくった。今度は、地区で花見に行った時の写真。其処にもまた、輪郭のぼやけた人影が映っている。

 次のページには。

 次、次――


 結局、アルバムに綴られている写真の半分に、その人影は写っていた。


 ――ねえ一端、お願い。私のことを思い出して。


 夢の中で声を聞いた。それが誰の声だか、僕にはわからない。

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