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  作者: 紅崎樹
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不確かな記憶

「なあ、『不思議ちゃん』の噂知ってるか?」

 朝、部活を終えて教室に入ると、そんな会話が聞こえて来た。

 何人かの男子が集まって、騒いでいる。丁度、僕の席がある辺りだ。

「ああ、なんか、最近変な女の子がふらついてるってやつだよな」

「そうそう。M地区のあたりでさ。なんでも、緑色の髪に、銀色の目の女の子みたいで」

「外国から来てるのかな」

「そういえばM地区って、一端、確かそうだよな」

 ふと、話を振られて、僕は思わず振り向いた。吃驚した。僕はあまり、こういう話に加わったことがないのに。

「な」

「そう、だけど。でもそんな話、今日初めて聞いたな」

 僕としては、何故みんなの方が、そのような噂を知っているのか不思議だった。……僕なんかよりも皆の方が、情報網が広いのは当たり前なのだが。しかし、それにしたって、自分の住んでいる地区で起きていることなのだとすれば、話は別である。

「ん、なんだ。つまんねえの。でもま、一端も直にその子と会うかもよ?」

「そうなったら、また教えてや。どんな子だったとか」

 ははは、とみんなが笑う。

「うん。まあ、その噂が本当だったらね」

 普段話さないような人たちと話をして随分緊張したはずだったのに、なぜか悪い気はしなかった。

(たまにはこういうのも、いいかな)

   ***

「行ってきました」

「お帰りなさい」

 まだだれも帰ってきていないだろうと思っていたため、その声を聞いて僕は驚いた。

「か、母さん? あれ、今日仕事は?」

 母はいつも、こんな時間には帰ってこないのに。

「仕事? 何言ってるの一端。母さん、仕事なんて随分前に辞めたじゃない」

 母が、そんなことをさらっと言ったので、僕は自分の耳を疑った。

 やめた、だって?

 家は父が早くに亡くなったので、母が女手一つで今まで僕たちのことを育ててくれた。唯一社会人である母が仕事を辞めたら、生活費はどうするのだ。

 その時、ふとある記憶が頭をよぎった。

 食卓で楽しそうに夕食を食べる、僕と母と、もう一人、知らない男性。

 ん、いや、僕はその男性を……、知っているのか?

 そういえば、母さんは、三年前に再婚したのだったっけ。

 ……ところで、『僕たち』って、誰のことを指して言ったんだ?

「一端、大丈夫? 今日は早めに休んだ方がいいんじゃない?」

「うん、そうするよ」

 僕は、曖昧な記憶を不思議に思いつつも、自分の部屋へ戻った。


 食卓で楽しそうに夕食を食べる僕たちの記憶。

 そこに足りないものを、僕はまだ気づいていない。

   ***

「人間の記憶なんて、曖昧なもの。ねえ、君の『今日』は楽しかった?」

 どこかから声がした。

 辺りはぼんやりとしていて、此処がどこなのか認識できない。とても曖昧な空間。

 僕は、いつの間にかそこに居た。

(〝僕〟って……?)

 自分が誰なのかすら、曖昧である。そして。

(〝今日〟って、いつのこと?)

 わからない。記憶すら、意識すら曖昧だ。

「クラスメートとの会話は楽しかった? お母さんとお父さんとの食事はどうだった? 明日の朝を、楽しみにしていて――」

 その声に、聞き覚えがある気がした。しかし、それが誰の声なのか、何処で聞いたのかは思い出せなかった。

 ――人間の記憶なんて、曖昧なもの。

 ああ、間違いない。

 曖昧な意識の中で、そう思った。


「――君の日常が、変わっているから」


 その後、声は聞こえなかった。

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