僕の日常
僕の姉の話をしよう。
僕には二つ上の姉がいる。とても社交的な人で、父や母の自慢の娘。僕も姉もまだ小さかった頃にはよく四人で出かけたものだ。そんな時、姉は決まって、新しい誰かと少しだけ親しくなった。病院での待ち時間、遊園地、映画館……。それは、姉が気さくなためだったのかもしれない。周りの人が気さくなためだったのかもしれない。どちらにしても、僕にはそれができなかっただろう。そんなことができる姉は、僕の誇りだった。そんな姉を持てたことが、僕にとっての幸福だった。
僕の友達の話をしよう。
僕が小学五年生の時だった。初めて「友達」と呼べる存在ができた。ある共通の話題を持って親しくなり、すぐに打ち解けた。その子を通して他の人とも話をするようになり――少しだけ、世界が開けた。そのことが、僕は純粋に嬉しかった。僕にとって、その友達はとても輝いて見えた。
***
「……は、一端!」
母の怒鳴り声に、僕は目を覚ました。
「早く起きなさい。もうお姉ちゃん起きてるよ」
母の声で起き、起きて早々母に文句を言われる。
僕が中学に上がってから、そんな日が多くなった。
――もう、中学生なんだから。
お姉ちゃんが中学一年生の時はもっとああだったのに。
お姉ちゃんは。
お姉ちゃんは……
いつも母は、僕と姉を比べる。そして、「あんたも少しはお姉ちゃんを見習いなさい」と。それが母の決まり文句だ。
「……わかったよ」
遅蒔きながら僕はぼそりと返事をし、のそのそと動き出した。
母の出て行った部屋で一人。
「僕は僕なんだから」
誰に言うでもなく。
僕は呟くのだ。
「他人と比べたりするなよな」
これが、僕の日常だ。
***
気が付いたら、僕は其処に居た。
何もなく、其処がどこなのかもわからなくて。下手をすれば自分が誰なのかもわからなくなってしまいそうな、曖昧な空間。
今までも、こうして此処にいたような気もするし、初めて此処に来たような気もする。
「そう、曖昧」
ふと声のした方を振り向くと、一人の少女が立っていた。緑色の髪をばさばさに二つに縛り、右側の前髪を上げている。瞳は透き通るような銀で、温かさを感じられない。
少女は言う。
「世界はこんなにも曖昧なんだよ。大体、真実だとか現実だとか、その言葉自体がもう既に曖昧じゃない。本当かどうかなんて、誰にも分らない。自分の目で見たものが全て、なんて限らない。脳が、自分の都合のいいように色々を解釈してくれるしね」
「……」
僕は何も言わない。
「世界に対して、人間一人一人の存在ははるかに小さい。自分の認識できる世界なんて、たかが知れている、でしょう?」
彼女は誰だ。此処は何処なんだ。何故そんなことを僕に言う?
訊きたいことはたくさんあるが、言葉にできなかった。声が、出なかった。
口すら、動かせない。
少女は続ける。
「もし、君の好きなようにこの世を変えられるとしたら、君は何を望む?」
「君が望む『本当』は何?」
どうだったでしょうか。
『狼の独争』と並行して、進めていければと思います。
今作は、「夢と現実との区別がつかない」というのをテーマに書いています。まあ、作者が書き分けてしまっているので、区別はついちゃうんですが……。とにかく不思議な雰囲気を感じていただければ嬉しいです。
まだまだ続く(予定な)ので、引き続き読んでみてください。