スノードロップ・ハニー
この正月に、めちゃめちゃ雪が降ったんです。んで、なんかもう腹立ってきたので書きました。
久しぶりにガールズラブです。
白銀の世界、なんてよく言ったもので。
早朝、凍って開きにくくなった玄関のドアを壊さんばかりの勢いで開けてみれば、目の前に広がったのはまさに『白銀』と呼ぶにふさわしい――辺り一面真っ白な、雪景色だった。
朝陽を受けて、きらきらと光っている姿が、まるでそこらじゅうにダイヤモンドの破片でも散らばっているかのようで。
どれくらい積もったのだろう、とブーツを履いた足を踏み入れてみれば、ずっぽりと膝あたりまで軽く埋まって、びっくりした。
――こら久しぶりに、ようけ降ったなぁ。
地元の言い慣れた方言で、ポツリと口にする。休みの日ということもあり、家族はまだ寝ているはずだから、誰も答える者はいない。わたしの独り言は、降り積もった雪の中に溶けて消えた。
さく、さく、さく……
足跡一つついていない真っ白な道を、まとわりつく冷たい雪を連れて踏み抜いていく。わたしが歩いた後の引きずったような穴は、足跡というよりもむしろ太い溝のようだった。
ずいぶん進んだところで、いい加減疲れてきて立ち止まる。そのまま深く積もった雪の中に、背中からためらいなく、まっすぐに倒れ込んだ。
水に沈んでいくのとはまた違う冷たさと、ふわりとした重みが、瞬く間に全身を纏う。手袋もマフラーも帽子も、コートさえも、ブーツ以外防寒具らしいものは何一つ付けていない身体はすっかり冷え切っていて、なのに周りを囲む雪の温度はひどく心地が良かった。
このまま、眠ってしまおうか……。
危険な思想に身を任せ、そっと目を閉じた、その時だった。
「――果歩!」
わたしの意識を取り戻させるには十分すぎるくらいの、切羽詰まった金切り声。思いの外すぐ傍で聞こえたそれに、わたしは重い瞼をゆっくりと開いた。わたしの顔を覗き込んでいる、見知った姿に、頬を緩ませる。
「あー……和歌ちゃんやぁ……」
おはよぉ、と声を掛けると、近所に住む彼女――和歌子は綺麗な顔をそれと分かるほどにはっきりと歪ませた。
「おはよぉ、ちゃうわ。なんちゅう格好で外出とんのよ」
しかめっ面で差し出された手に向かって、わたしは緩ませた頬もそのままに、雪のまとわりついた腕を伸ばした。パーの形にした掌が、彼女の手によってあっという間に絡め取られる。
「冷たっ」
小さく叫んだ和歌子は、それでもわたしの身体をぐいっと力を込めて引き上げてくれる。起き上がったわたしは、雪まみれの頭を、水を被った犬がそうする時のようにふるふると小さく振った。
「ったく、風邪ひいたらどないすんの」
「だって、気持ちよかってんよ。……和歌ちゃんも、やる?」
「遠慮しとくわ」
何でぇな、と不満の声を上げようとしたわたしを遮るように、和歌子がいまだ掴んだままだったわたしの手を強く引く。そのまま引き寄せられ、ぽかぽかとした彼女の体温にふわりと包まれた。
「果歩。あんた、ホンマ冷たいで。アホちゃうん」
「和歌ちゃんは、あったかいねぇ」
不機嫌そうな声にへらへらと答えながら、わたしは和歌子の背中に手を回す。彼女の言う通りわたしの身体は思いの外冷えていたらしく、触れた和歌子の体温があったかくて心地よかった。
「アホか……」
耳元で聞こえる和歌子の声が、震えているような気がして、わたしは心配になった。
「どないしたん、和歌ちゃん? 冷えたんか?」
尋ねるわたしの言葉に答えようとせず、和歌子は無言でわたしを抱きすくめた。女の子の力だから大したことはないのだけれど、ぐっと締められた腕はちょっとだけ痛い。
痛いよ、と文句を言う前に、和歌子は涙声で囁いた。
「おらんく、ならんでよ……果歩」
一瞬きょとんとして目を見開いたけど、すぐにわたしは目を伏せる。
そっと身体を離したら、今にも涙を零しそうな、弱々しく揺れる瞳とかち合った。震える唇はもごもごと、何かを言いたげに小刻みに動いている。
――なぁ。そんな悲しそうな顔、せんといてよ。
その気持ちが、不安が、全部伝わってきてしまって、こっちまで悲しくなってまうやんか。
目を合わせたまま、穏やかな声で、問う。
「何で?」
何で、そんな風に思ったん?
泣き出しそうにくしゃりと表情を歪めた和歌子は、吐き出すように答えた。
「……さっき外に出たら、雪の中に果歩が倒れ込んだのを、たまたま見かけて。その姿が、あんまりにも綺麗すぎたから……だから」
あのまま、雪と一緒に消えてまうんちゃうかって。
そしたら悲しくなってん、と呟いた和歌子の瞳から、耐えきれず涙が一粒零れる。朝日を受けてきらりと光るその滴の方が、わたしの目にはよほど綺麗に映った。
「アホやなぁ、和歌ちゃんは」
ホンマ、アホや。
くすくすと笑いながら、今度はわたしの方から彼女を抱きしめる。一度身体を合わせたせいか、それとも外に出てきた和歌子の身体が冷えてきたのか、二人の体温差はさっきより近くなっていた。
いまだ震える背中を軽く叩きながら、その耳元で囁く。
「うちは、おらんくならへんよ。ずっと、和歌ちゃんの傍におる」
せやから……泣かんとって?
なだめるように背中を叩き続けていたら、やがて肩ごしにくぐもった声が聞こえてくる。
「……ホンマに?」
「ホンマよ」
不安げな声に答えて、もう一度身体を離す。縋るような仔犬みたいな表情に、にっこりと笑いかけてあげれば、やっと安心したのか和歌子はホッとしたような笑みを見せてくれた。
そんな彼女が可愛くて、自然と頬が緩む。
――そう、そうやって笑ってて。あんたには、そっちの方がよう似合うとるよ。
やがてわたしたちは、まるでそれが自然なことであるかのように、互いにゆっくりと唇を寄せた。
重ねた唇はかさついて冷たかったけど、同じように重なった心はぽかぽかと温かく、潤っていた。




