4.彼の言い分
彼の話は炉辺で聞く昔語りの様だと、ぼんやりした頭で彼女は思う。
とは言え、そうして貰った記憶はないのだが。
自分が人間ではないという事態は、彼女の手に余った。
「……だから、あの家の暖炉には火の気がなくて、冷たい物ばかりで。あなたは寒そうだったのね……」
「まぁ、結界を応用して温度を遮っていたから、それ程でもないよ」
何でもない事のように言う彼の腕の中は、心地よい。守られていると思う。
その一方で、彼に犠牲を強いている自分の存在に胸が軋む。
「カイエン……」
「何?」
名を呼べば覗き込んでくる彼に、彼女は泣きたくなった。いつも気遣ってくれるが、彼の瞳の奥には常に陰りがあって、それはどう考えても自分のせいだ。
「いつも結界を張っているんでしょう? 疲れないの?」
「僕の魔力の量は群を抜いているらしいよ。魔法使いになるよう勧められたこともあるし。今はこれがあるから却って楽なくらいだ」
笑って見せてくれた装身具は、常に彼が身に着けている物だ。
「結界が張れるようになったばかりの頃は子供だったから、今一つ加減が出来なくてひっくり返ったりもしたけど、今なら大丈夫。心配しないで」
「心配するに決まっているでしょ」
彼女がきつく言ってやると、彼は仄かに笑った。
「君はいつも僕を心配してくれていたよ。君の背を越しても、いつまでも小さな子供みたいに」
「そう、だった?」
それは彼女の覚えのない事だったが、なんとなく想像はついた。起きるきっかけとなった男の子は、きっととても愛しい存在だったはずで。
「だから、ごめん、君が記憶を失ったことを少しだけ喜んだ」
驚いて見上げるが、彼は彼女の肩に顔を伏せてしまった。
「記憶のない君は、僕を子供扱いしなかったから」
肩に落ちた呟きに、彼女は赤くなる。
ただの幼馴染に言うには可笑しな台詞だ。まるで告白されたような気になり、彼女は慌ててありえない事だと打ち消す。
だが、早くなった鼓動は治まらなかった。
「本当は君が人ではなかった事も教えたくなかったんだ。当たり前みたいに傍にいたかった」
「カイエン」
抱き締められて彼女が思わずもがいても、その拘束は緩むことがなく却ってきつくなる。
守られている。それが嬉しくて苦しい。
「カイエン……あなたの重荷になりたくないの」
「重荷なんかじゃない!」
彼女の呟きは即座に否定されて。覗き込まれて瞳が揺れる。
「どうして判らないんだろう。僕がリサの傍にいたくて、僕が守りたいんだよ。笑っていて欲しいんだ……」
言い聞かせるように囁いていた彼が、突然顔を上げて家の方を凝視した。
「誰かが結界の中に入った」
そっと彼女を放しその背に庇いながら、彼は剣を抜いた。
何も変化はないかに思えたが、彼の緊張は解けずに前方を見詰めている。
しばらくすると家の方から背の高い騎士ともう1人、さっきまでいなかった人物がやって来る。服装から見て騎士ではなく、魔法使いに見えた。
「カイエン。すまんが筆頭魔法使い殿を紹介させてくれ」
「隊長、まさかその為に来たんですか?」
「まぁ、そう怒るな。危害は加えない。それはさっきも言った通りだ」
唸るような彼の態度にも、騎士は気にしていないように魔法使いを促す。
「筆頭魔法使いのエレネントだ。無断で入り込んだのは申し訳なかった。部下の監督不行き届きで迷惑をかけたことを、謝りたかったのだ」
「それだけじゃ、ないでしょう?」
探るような彼の言葉に、魔法使いはあっさりと頷いた。
「許してもらえるなら、今回の件の説明と依頼を彼女に」
「今更、何を……っ!」
彼の台詞を途切れさせたのは、剣を持つ腕をそっと抑えた彼女だった。
「リサ!?」
「カイエン、私はあの人の話を聞きたい」
苦い顔をしながらも渋々剣を収めた彼に、そっと微笑むと彼女は1歩前に出る。
「記憶がないのですが、初めましてでよろしいでしょうか」
「ええ、初めまして、リサ殿」
穏やかに肯定する魔法使いに少しだけ安堵して、彼女は続ける。
「私は構いませんが、皆様にはこの雪の中は辛いのでは? 部屋でお話を聞かせて下さいませんか」
「リサ」
「大丈夫よ、カイエン。無理強いは、きっとなさらないと思う」
ますます苦い顔をする彼に申し訳ないと思いながら宥める。騎士も魔法使いも、今までの対応を見る限りは信用できると思ったのだ。
切り方が微妙でしたね……