2.招かれざる客
ゆっくりと彼女の失った記憶を埋めていく。
晴れた昼間は家の近くを散策して、昔よく雪合戦をした場所や印をつけた木を見せた。一緒に登った木を指すと、彼女は目を丸くしてそれからクスクスと笑った。
「私、かなりお転婆だったのね?」
「あれは僕が誘ったからだけど、そうだな、よく付き合ってくれたと思う」
その頃は自分が世話を焼いていると思っていたのだが、今思えば小さな男の子の面倒を見てくれていた、彼女。
彼はまだ、どこまで話すか決めかねていた。どこにでもあるような、そんな子供の頃の思い出話をしているが、触れられない決定的に普通でない点。
本来ならありふれているだろう2人きりの静かな生活を、なくしたくなくて。
だが、彼の願いとは裏腹に、終わりは唐突にやって来た。
「カイエン」
「隊長!」
現れた長身の騎士に名を呼ばれ、彼はとっさに彼女を背にかばう。
「いや、何も今すぐどうこうって言うんじゃないんだ。術を使うな」
先に釘を刺されて、彼は渋々と握りこんだ装身具から手を放す。
「何しに来たんですか」
「その前に休ませてくれ。こんな辺鄙なところに引っこみやがって。寒くてかなわん」
「来なければいいんですよ。残念ながら家の中だって暖かくありません」
「それもそうか」
つっけんどんな彼の言葉にも、長身の騎士は笑って彼女を見た。
「すまんが、入れてもらえるか? とりあえずあんたに危害は加えんし、温かい茶の1杯でも貰えると有難い」
「温かいお茶……」
呟いて首を傾げる彼女に、彼は苛立たしげに髪を掻き上げた。
「……ったく。入って下さい。ただし、リサと同席はさせません」
「え、あの、私も……」
「ごめん、でもダメ。部屋で待ってて」
すまなそうな顔をしながらも、彼は断固とした仕草で彼女を居間ヘ押しやり、長身の騎士を引き連れて台所に向かったのだ。
火を大きくし湯を沸かす。家令のいないこの家では、それらは彼の仕事だ。すっかり手慣れた様子を見て、上司がニヤニヤしているのは判っていたが、すっぱりと無視する。
「どうする気だ? お前も彼女も」
出した茶を有難そうに手でくるみながら、上司はいきなり本題に入った。
「……辞表を叩きつけて来た筈ですが」
「俺が受理していないからな。お前はただの休暇だ。ああ、ただのじゃないか」
そう言って一際笑みを深くする上司を彼は嫌そうに眺める。
「ちゃんと結婚休暇にしておいてやったぞ」
「頼んでませんよ。辞めるって言ったでしょう」
「馬鹿言うな。お前、自分がどれだけ希少価値が高いのか判っているのか?」
「判っていますよ。……でも、無理です」
絞り出すような彼の返事に、騎士は手にしていた茶器を置いた。
「リサの命を犠牲にしてまで守りたいものなんて、ないんです」