楽
恋人が死んだ。トラックとの接触事故だったらしい。病院から連絡を受け出張先から急ぎ病院に到着した頃には3時間が経っていた。その時には既に彼女の意識は身体から消え、ベッドには頭に包帯を巻き、左腕が失われている肉塊があった。彼女の家族たちに囲まれた肉塊は器としての役目を終え、今まさに朽ち果てようとしていた。彼女の父親からは、僕が不在ことが原因だの、日頃から僕が彼女に酷い扱いをしていただのと散々に罵られた。しかし僕はそんな扱いをしたことはない。一昨日から出張をしていたものの電話越しの彼女と6時間も会話しているし、僕は彼女を心底愛していたため酷い扱いをし事などない。寧ろ二人の仲を羨んで周囲からは仲良し親子プレイだと揶揄されていた程だ。彼女の父親から言われたことに対し腹を立てている訳ではない。父親として25年間大事に育ててきた娘を失うことが言葉で言い表せない程悲痛な事だというのは容易に想像できる。辛くて辛くて辛くてたまらないのだ。そして僕もまた自分らしくないくらいに頭の中で言葉を並べ、少しでも辛過ぎる現実から遠ざかろうとしている。
涙すら出てこない僕は10分程彼女の抜け殻を俯瞰し、遺族に一礼だけして病室を後にした。その日は先週訪れたラブホテルに一人で宿泊した。
翌日、彼女が最期を迎えた場所から最も近い警察署を訪れ事故の一部始終を聞いた。事故が昼間であったこと、人通りも多い場所だったことから多くの証言が集まり昨日中に真相を導き出せていたそうだ。事故の一部始終、それは『14時頃両手のそれぞれに鞄を持った20代女性が信号を無視して車道を横断していたところを背後の歩道、つまり直前まで彼女がいた歩道にいた30代の男性から声を掛けられ振り返り二言三言会話をしていた時にトラックが接近していた。そして居眠り気味だったトラックの運転手は女性に気付かずそのまま走行。女性がトラックの接近に気付き歩行を再開しようとしたところ、躓いて転倒。その際に両手が塞がっていた為前頭部を直接地面に打ち付け出血し、この時に意識を失う。その後トラックに左腕を轢かれ左腕を損傷し出血多量により死亡。』というものだった。その後警察署で彼女の鞄の中身や真昼間からの〈行為〉について色々言われたが、ショックで何を言われたかは殆ど覚えてない。
一ヶ月後の昼過ぎ、住居を棄て会社を辞めた僕はあるマンションの一室に不法侵入している。相手は寝室にいる僕の存在に未だ気付いていないのだろう。目標の年齢は28歳。当に美形といった面立ちでスタイルも整っている。髪はいわゆる黒髪ロングでファンのモデルを連想させる程の美しさだ。しかし彼女とお友達になる為に忍び込んだのではない。
リビングを出て廊下を歩く音が近付く。恐らくスリッパを履いているのだろう。トットットッと足音は更に近付く。いつ出るか?今か!今か!と僕は息が詰まりそうな中で自問自答を繰り返す。そして足音は寝室の扉の前で止まる。扉を挟んで30cmの距離に目標がいる。そして何も知らない目標は取っ手に手を掛け、そして.............................引いた。
ーーーーーー!!!ドアが開いた瞬間に目標の両肩を掴み同時に右足で目標の左足を払う。そして左手で転倒した目標に馬乗りになり、首の声帯があるだろう位置を左手で絞める。これにより大声で叫ばれるのを防ぎ、拘束感により更なる動揺を与える。突然の出来事に目標は状況に整理が出来ていないのだろうか必死に抵抗をするものの「何故自分が?」と悔しさを感じている様子がありありと分かる表情をしていた。そんな可哀想な彼女に僕はそっと告げた。彼女の夫が自分の交際相手と性的行為に至っていたこと。そして彼のせいで彼女が亡くなったこと。
一ヶ月前の出来事を聞いた彼女は抵抗を止め、涙を浮かべていた。だが僕の復讐は始まったばかりだ。理不尽な目に遭う彼女には申し訳ないがここで止める気など毛頭ない。
ガチャ
その時、扉を開ける音が廊下に鳴り響く。部屋の構造上廊下から玄関の人物を目視することはできない。「想定外だ。夫が20時過ぎにしか帰って来ないという調べはついていた。しかし今帰ってきた!何故だか分からないが帰ってきた!どうする!どうする!!」答えが出ないまま取るべき行動が分からない僕には彼女の顔を眺める以外何も出来ない。助かったという若干の安堵感と明らかな敵意がそこにはあった。
しかし希望は砕かれ、彼女は奈落の底へと突き落とされた。「ただいま」という幼い女の子の声によって。帰宅した人物は夫ではない。そう悟った僕は立ち上がって彼女の腹に強い蹴りをくらわせ、彼女が痛みで動けないようにし、帰宅した人物が見えるのを待つ。一歩。また一歩と近付く足音。そしてーーー。
背丈の小さなその人物の顔が見えた瞬間膝蹴りをする。ただ予想以上に蹴りの位置が高くなってしまった。偶然にもその人物の鳩尾に膝が入り、その人物は気絶してしまった。その場で気を失い倒れてしまったのは女の子だった。そう、この夫婦の一人娘だ。歳は恐らく10歳前後。母親似で将来はかなりの美形になるだろう子だ。
娘を僕に奪われた彼女に目を向ける。彼女は「なんで!?なんで!?なんで!?」と困惑しきり同じ言葉を繰り返していた。そして、僕が一度ニヤリと微笑むと彼女の顔は美しい程に絶望で染まる。
その後僕は彼女をひたすら犯した。犯して犯して犯し続けた。僕を拒絶しようとする彼女は娘という単語を聞かされると何でも言う通りにしてくれる。身体を僕の遺伝子で染め上げ、その後は彼女自身に彼女の左腕を包丁で切断させた。悲鳴をあげるのを禁じていたためただただ泣くだけで勿論悲鳴は一切あげなかった。出血により彼女の意識が薄れ始めたので、仕上げを行うことにした。血塗れの彼女の前に気絶した娘を連れてきた。彼女はこれ以上ないという程の悔しさに塗れ、また絶望に落ちた顔をしている。娘さんも頂くね。大事に使うから安心していいよ。と微笑みかけながら告げると、彼女は無責任にも娘を助けようとする努力を一切見せずに自ら包丁で命を絶ってしまった。一面に多量の赤黒い血が広がる。母親の死を目撃することがなかったのは幸いではあるが、体液の中で捨てられたこの子がとても可哀想に思えてしまった。この家に残しても目覚めと同時に母親の無様な屍を目にし、あの父親に育てられてもいずれこの子も犯されるかもしれないと思った。しかし僕は殺人犯だ。これからお尋ね者として生きていかねばならない。公の場に姿を現すことが出来ず逃げながらの生活。そんな中でこの子を育てられるだろうか。いや、そんなのは不可能だ。しかし、この時の僕は気分が良かった。仇への復讐が不十分ではあるとはいえ、仇の妻を殺害し、娘の命を支配している優越感に浸っていた。どれだけ僕が心配しても所詮は仇の娘。人質にでも使えるだろうし、順調に成長できたとしても好き勝手に使ってやればいい。結論に辿り着いた僕は母親を失った女の子を抱き抱え、復讐の地を後にした。