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60分お題小説① 青空 りんご 電車

作者: 海野もずく

俺の母が初めて東京に行ったのはJRが国鉄と呼ばれ、電車が汽車と呼ばれていた頃だったそうだ。当時は寝台列車で一晩かけて行っていたそうだから、朝東京を出て昼には青森に到着する今とはえらい違いである。俺は乗客としては始めて新幹線「はやぶさ」に乗っている。父に勘当を言い渡され、家を飛び出して15年。二度と故郷に戻ってこないと決めていた俺を故郷に導いたのは、他でもない父の死だった。

母は、幼い頃から大変によくしてくれた。一方で昔気質で頑固者の父を宥めながら、いっぽうではそんなそぶりを見せることなく明るく本を読んでくれた母。あの時読んでくれた「はこねのやまのとざんでんしゃ」という本は秋の箱根山を走る電車を描いた見事な本だった。その本を読んだ折に聞かされたのが冒頭の話だ。いつものように祖父の家から送られてきたリンゴをすりおろしながら,思い出を語っていた母。その時は、自分が十数年後に日本が誇る最新鋭の電車を運転することになるとは思わなかった。

父に勘当されたのはJR東日本に内定が決まったときだった。事務職かと思っていたら俺が「新幹線の運転士になりたい」といったのが市議会議員で、頑固者の父の気に食わなかったらしい。「なに幼稚園児みたいなこと言ってんだ。おらぁお前をポッポ屋にならせるために大学に行かしたわけじゃねえ‼︎」と言われ、お互い飲んでいたせいもあってか大げんかになった。そこで父が「もういい、勘当だ。この家に二度と帰ってくんな‼」と言ったので「わかったよ、出ていきゃいいんだろ‼」と売り言葉に買い言葉でそう言って出て行った。

その後俺は駅勤務、在来線の運転士と昇進して今年ようやく新幹線「はやぶさ」の運転士になることができた。故郷には一切連絡を取っていなかったし、向こうから連絡が来ることもなかった。だから「お父さんが死んじゃったからすぐ帰ってきなさい」と電話があったときは、全く何が何だか分からなかった。

15年ぶりに帰った故郷には、出たときと同じような青空が広がっていた。俺が街を出たときには終着駅だった八戸駅はほんの2,3年前、終着駅の座を新青森駅に譲った。駅から少し歩いた南白山台にある家が、俺の実家だ。出てきた母は、俺が出て行った頃と何も変わっていなかった。母は挨拶もそこそこに、俺を書斎に連れて行った。

父の書斎に導かれて見せられたのは、父の日記だった。毎日欠かさず数十年に渡り書き続けてきたらしい。その中の数冊を無言で渡して、母は書斎を出て行った。それは俺が出て行ってからの日記だった。

「○月×日 浩司を勘当してしまった。酔った拍子とはいえ、何ということを言ってしまったのだろう。その後連絡はない。とはいえこっちから連絡するのも癪だ。どうすればいい。この歳になって、葛藤を味わうとは思わなかった。」

「○月△日 浩司が出て行ってもう三年が経つ。元気にしているだろうか。もうあいつも28だ。好きな人の一人くらいいるのだろうか。ひょっとして結婚しているだろうか。」

「それでね,お父さん,あんたのことをしょっちゅう話してたのよ。浩司はどうしてるやろうか,無事に新幹線の運転士になれたんやろうか、ひょっとして結婚してるんやなかろうかとか言ってね。そんなに気になるなら住民票でも調べてみればいいじゃないっていったら俺はあいつを酔った拍子とはいえ勘当した身だからそんなことはできないとか言ってね、あの後からお酒を一滴も飲まなくなったの。…」

母は子供のときのようにリンゴをすりおろしながら延々とそんな話を続けている。俺はさっき見たものを脳裏に呼び出し、記憶を整理していた。あの頑固者の父が、あんなに俺に会いたがっていたなんて。俺は全く気づくこともできなかったし、気付こうともしていなかった。親父、お互い頑固だったな。互いについて知ろうともしないまま、意地だけは一人前に張り続けていたわけだ。もっと早く気づいていたらよかった。いなくなってからじゃ遅いよ。俺は自分の不甲斐なさに慨嘆した。すりおろしリンゴの味は、いつもよりちょっとすっぱかった。


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