第2章 戦線都市ヴァルハラ
地獄と化した商業の町チャドが救われて4年。モンスターの姿はあれきり、今では平和な町に戻り、活気を取り戻している。
ーーーー〈灰色の地平線〉ーーーー
ーーーチャドの町から出発したある運用馬車。
広大な草原街道を経由し、砂ぼこりをあげ、荒野を突っ走る……。
ーーー時刻は昼間。
見渡す限り、灰色に染まった地平線。山肌が削れた岩脈辺りに一辺にそびえ、地面には至るヶ所にクレーターが地表を覗かしている……。
これらが戦争の跡、幾つ者の戦士が戦い、壮絶な戦死を遂げた所だ。
(………)
馬車の荷台の中、背にもたれて寝ているのは一人の少年。
髪はブラウン、血気盛んな眼差し、袖無しの黒のシャツ。上半身に羽織る革のジャケット、下には青ズボン、ブーツ。渇いた大地を意識した色黒の肌、額にはバンダナ。そしてリュック。
少年の名はアックス・ギアフリード。
彼は覚えていた。4年前、故郷の町をモンスターの組織に支配され、地獄のトラウマを思い浮かべていた。
ある女性が奴ら暴行され、殺されそうになった所を少年は歯向かい、返り討ちにされた。胸は斬られ、右腕を骨ごと潰された。
少年はうつ伏せに倒れ、無惨に悲鳴をあげる光景にモンスター達はゲラゲラと高笑いをあげる姿に、意識が遠のく少年は何も出来なかった。
悔しかった、無力だった。俺にもチカラがあればと心から叫んだ……。
白濁にぼやける視界に映る光景に、少年の脳に衝撃を与えた。突如として町に現れた騎士達が、モンスター達を殲滅させ、町を地獄から救った。
ーーー少年は渇いた訴えを心から叫んだ……。
力が欲しいと。少年は夢を胸に、戦線都市ヴァルハラを目指すのである……。
外から吹き付ける渇いた風、砂ぼこり。少年の顔中に降りかかったり、砂が口に入れ混じるから、寝る場所としては最悪だ。
少年はユーギガノスに入隊し、何者にも負けぬ英雄となる為、故郷から出兵したのだ。
ーーーーズウン……。
遥か十二時の方向、砂煙と轟音。戦いの雄叫びが渦巻き、馬車主の耳に入り込む。
「こりゃユーギガノスの連中、ハデにドンパチやってるな……。お客さんちょっと遠回りしてくよ、安全な山岳ルートを知ってるから、そこを経由して行くよ。到着するのに時間を食うけど、いいかいお客さん?」
馬車主のおじさんは面倒臭そうに声をあげる。
おじさんのドンパチという 言葉がアックスの耳に入り、アックスはハイな気分で飛び起きる。
「何、戦争やってんのかっ!!。おじさん、俺は降りるぜっ!!」
アックスは馬車を飛び降り、走る。向かう先はドンパチを展開している方向だ。
ユーギガノスの戦場に一般人が入るのは自殺行為に等しい。コレに驚愕した馬車主のおじさんは思わず叫んだ……。
「何やってるんだっ!!。おいボーズ、戻って来いっ!!、死ぬ気かっ!!」
馬車主のおじさんは呼び叫ぶものの虚しく、アックスは戦場の方向へ駆け走る……。
ーーー戦場へ走るアックス。
己の理性に充満している赤い闘志が噴き出し、歯止めが利かない感覚が少年を突き動かした。
道中、200メートル程の傾斜面をかけ登る。周囲に立ち込める砂塵、渇いた風すら気にも止めず、アックスはひたすら走る。
「ハァ……、ハァ……、ハァ……」
気がつけば丘の上。アックスは全身から吐き出すように息を切らし、立ち尽くした……。
数十メートルの高さを誇る丘。息を整え、顔を見上げたと同時に、アックスは凄絶な光景を目の当たりにした。
ーーーーッ!!
無数の閃光と閃光が空中にて弾き交い、シーソーゲームの如く放射される光弾と光線が直撃し、そして墜ちていく……。
これが戦場、命を散らしていく光景である。
「ーーーーーッ!!」
そのときだった、アックスの頭上に何が高速で通り過ぎた。
「何だっ!!」
何が墜落した場所はアックスの後方。アックスは丘を下り、墜落した場所へと走った。
地面に小規模のクレーターを描き、倒れているのは中年の男性軍人。
グリーンの軍服、彫刻のように窪んだ頬に、数ミリの丸刈りヘアー。アックスは軍人に駆け寄る。
「ーーーーッ!!」
アックスは青ざめ、驚愕した。
何故なら軍人のダメージが壮絶だった。
胸から腹部にかけた一太刀の剣傷。みぞおち部分には貫通された血の風穴……。
左腕、両足はグロテスクに吹き飛び、戦いの壮絶さを物語る。
「うっ……」
軍人は痛みで目を覚ます。
激痛で視界がぼやけ、僅かに映るアックスに軍人は右腕を掲げる。
何がしたいのか……。アックスは思わず戸惑うのだった。
「これを……。この腕輪を持っていけ……」
軍人は死期を悟った。薄れゆく意識の中、右腕にはめた紅玉の腕輪をアックスに差し向ける。
「えっ……」
軍人の姿にアックスは威圧され、言葉を失う。
「難しいことは考えるな、この腕輪をつけて(鬼神化)と頭で唱えろ、それだけだ……」
軍人は右腕を力無く落とし、瞳を開けたまま息を引き取った……。
アックスの心に静かな衝撃が貫いた。目の前で人が死ぬ光景を見るのは4年振りだった。
あの頃は地獄、人の死は日常茶飯事。死は慣れてる方だか、この軍人の死は何かが違った。アックスの記憶から、ある光景が浮かび上がった。
4年前、重傷を負ったアックスを見下ろすブタ獣人の笑い声に、力が欲しいと呪った光景である。アックスは思った、この腕輪がその力だという事を悟ったのだ。
ーーーーカチャ……。
アックスは軍人の死体から腕輪を外し、自身の右腕に装着した。
意識を腕輪に集中させ、唱える。
「鬼神化っ!!」
アックスの胸から全身に展開する光。光身化するアックス、そして光身化は解かれ、アックスは激的に変身した……。
ーーー重装の甲冑、両肩には長殻のショルダーアーマー。胸部と腰部には逆殻形の装甲をイメージし、右手にはロングソード。
左手には片手盾、ヘッドアーマーには3本の赤角。銀色の三白眼にフェイスアーマーが装着され、例えるなら紅玉の輝きを放つ騎士だ。魔力エネルギーを濃く漂わせ、神々しい戦闘力を示す熱を全身に帯びている。
「これは、スゲェ……。力が湧いてくる、誰にも負ける気がしねぇ……」
鬼神化に変身したアックス。
闘争心が紅一色に精神を染め、全感覚が刃のように研ぎ澄まされる。
気性が変身前より好戦的、ハイな気分だ。
これが(鬼神化)。魔力を注入し、製造した特殊な腕輪から闘志を解放し、変身した姿だ。そして彼はコレを気に入った……。
「フハハハハッ!!。まとめて一掃してやるぜ!!」
鬼神化に変身したアックスは充満させた戦闘本能を高ぶらせる。丘を登り、戦場へと目指す。
4年間、力を手に入れる為、日々鍛錬してきた。
その4年間がこんな形となって叶ったのは嬉しい限りである。
ーーーーー《熱砂の荒野》ーーーー
ここは戦場。
灼熱の熱砂が一帯に荒く漂い、視界は良好とは言えない。常人では周囲を見渡すのは困難である。
むしろ、このフィールドでは視界は不要。見渡す動作は一瞬の隙を生み、一瞬で命を落とす事も珍しくもない。頼りになるのは洞察力。敵の動きを読み、見切って戦うしかない。
ーーーーッ!!
ーーーー3体のランス鬼神兵は、十二時の方向から放射される黒光線を周囲に拡散するように横へ跳び、回避。
回避した黒光線が後方で爆発、立ち込める砂煙が悪化。が、何の支障はない。
砂煙が立ち込める中、ランス鬼神兵達は光線が方射された方向に標準を定め、砲槍を構える。
「ーーーーーッ!!」
鬼神兵達に立ちはだかるように地表が一斉隆起。隆起した地表は異形な姿に具現化した。
ーーー全身は漆黒の長袖コート、スラリとした長身体躯。顔は不吉を漂わせる白のデスマスク、右手には変幻自在に形状変化の能力を備える短杖。
全身を纏う透明な熱圧、それは奴らの魔力。
奴らの名はバスタードール。肉質は人間と同質であり、ユーギガノスの敵である。
バスタードールはエネルギーのある場所を好み、景色に同化、又は擬態し、50メートル範囲の地形を操るのだ。
高い戦闘能力、戦術知能、脅威的な増殖能力を持ち、肉体に魔力障壁を展開している。奴に物理攻撃は効かない。ダメージを与えるには魔力を込めた攻撃だ。
「ーーーーッ!!」
3体のバスタードールは短杖を砲槍に形状変化させ、黒光線を鬼神兵達に一斉放射。
「ーーーーッ!!」
黒光線はランス鬼神兵の鎧を貫通させ、爆発。3体の鬼神兵が戦死し、1体の鬼神兵の生存を確認した。
「くっ……!!」
運良く黒光線をかわし、死を免れたランス鬼神兵は砲槍を構えた状態で50メートルの距離を取り、高速のバックステップ。
同時にバスタードール達は鬼神兵さらなる追撃を仕掛け、突っ込んできていた。
ーーーーッ!!
ーーーー神兵は砲槍を奴らの足元に標準を定め、光弾を3発を放ち、奴らの足元を爆発。
発生させた爆砂塵で飛行突撃を仕掛ける奴らの目を眩ませるユーギガノスの鬼神兵。
「任せときなっ!!」
ランス鬼神兵の後方から声。
ーーー次の瞬間、ランス鬼神兵の背後から飛び出し、斬りかかる2体のソード鬼神兵。
バスタードールが砂塵の中から姿を出したと同時、3体のソード鬼神兵は交差するように3体のバスタードールを一閃し、撃破。
「すまない」
ランス鬼神兵は体勢を立て直し、謝る。
「いいって事よ。その代わり都市に帰ったら何かおごれよ」
1体のソード鬼神兵は後方のランス鬼神兵に背を向け、気楽な口振りで言った。
「任せておけ、第3区にいい店を知ってる。そこで一杯やるとしよう」
と、ランス鬼神兵は返してやる。
ーーーッ!!
ーーーー距離100メートル、ユーギガノスの鬼神兵達に一斉放射される黒光線。
地面は爆発、立ち込める砂塵の中、2体のバスタードールが杖を砲槍から光剣に変化させ、突撃。
「奴らに同化させるな、あれで最後だから一気に片付けるぞっ!!」
一体のソード鬼神兵は言った。
ちなみにバスタードールは同化してる地面を養分とし、自己増殖をするのだ。下手すると大軍にまで増え、手に負えなくなる。
3体のソード鬼神兵は前例に応戦体制、迅速の低空飛行で斬りかかる。ランス鬼神兵は後に続き、援護に回る。
ーーーーッ!!
ーーーそのときだった。
双方の距離が10メートルに突入と同時、戦場に割り込むように介入し、飛び出すアックスのソード鬼神兵。
アックスの鬼神兵は自身の距離に入った所に刃を脇に振るい、1体のバスタードールの首を一振りで斬り捨てる。
肉塊と血しぶきをグロくぶちまけ、撃破。
ーーバスタードールはアックスの鬼神兵に標準を変え、一斉に斬りかかる。
「だあっ!!」
アックスの鬼神兵は、奴が光刃を振りかぶると同時にロングソードを振り下ろし、両断。
ーーー敵の返り血を浴び、血に染まった姿は文字通り、鬼神である。
闘志の色に不審に察したのか、一体の鬼神兵は問いかける。隊長は部隊に所属する鬼神兵の闘志の色、サイズ、技量を全て把握している。
誰が死んだか、誰が戦っているのか鬼神化状態なら全てお見通しなのだ。
「キサマ、何者だ!!。我が部隊ではないな、所属はどこだ!!」
「また来やがったか」
ユーギガノスの鬼神兵の問いかけも無視。
アックスの鬼神兵は地面から現出するバスタードールの群れに特攻。今のアックスは闘志の塊、鬼神兵からは紅蓮の熱が紅いオーラとなって帯び、全能力の高さを物語る。
現出したバスタードールの数は10体、全てのバスタードールは砲槍に形状変化し、アックスの鬼神兵に黒光線を一斉放射。
ーーーーッ!!
アックスの鬼神兵は狂喜。
前方から放たれる黒光線を潜り抜け、全速前進。
鬼神化状態のアックスの精神は(殺してやる)と、殺意に支配されている。
鬼神化の殺意に支配されると自我を失った狂戦士。皮肉にも鬼神化は怒り、憎しみ、狂気、殺意、などで全能力がアップ。
「ォラァアアアアアアアアア!!」
バスタードールの群れに突入と同時、アックスの鬼神兵はロングソードを振るい、血しぶきと肉塊をぶちまけ、次々と斬り倒す……。
いくらバスタードールでも今のアックスの鬼神兵には歯が立たず、あらゆるパターンが見切れない状態だ。残り3体のバスタードールはアックスの鬼神兵に怖れをなしたのか、それとも状況判断によるものか、奴らは上空に飛翔し、戦線離脱。
「フハハハハハ!!。どうした、もう抵抗してこねぇのか!!。もっとあがけ、俺を楽しませろぉ!!」
アックスの鬼神兵は逃げたバスタードールに気付かず、首無しのバスタードールの死体をイカれた笑い声を上げ、何度も刺し続けていた。
ーーー地面にぶち撒く血と肉塊、アックスは肉を刺す事に強烈な快感となる。
ーーーー駆けつけたユーギガノスの鬼神兵達は沈黙。鬼神に心を支配された光景もあるが、もっと驚愕したのはたった一人でバスタードールを何体も倒してしまったからだ。
一体どこのよそ者だ、ただの盗人や荒くれものが発揮できる実力ではなさそうだ。しかし組織の軍用物の所持は犯罪、組織の軍律により彼を連行しなければならない。
「足りねぇ、もっと殺らせろぉ!!」
狂った叫びを上げ、アックスの鬼神兵はユーギガノスの鬼神兵達に突っ込んできた。
「全員、鬼神化を解除。スキルドレインの準備にかかれ!!」
ユーギガノスの鬼神兵達は一斉に鬼神化を解除。そして服下に携帯してある(スキルドレイン)という名称の黒い杭を取りだし、臨戦体勢。
スキルドレインとは能力解除を目的としユーギガノスが発明した機密道具である。
本来、鬼神兵を扱う時は隊長や同志、又は訓練所の教官から指導が行われる。
鬼神化に変身する時は心を無にし、怒りや殺意に捕らわれず、常に冷静であれと、教えられる。
団体戦闘向けに指導され、知力や洞察力をもアップさせ、戦法を効率的に完遂させる為の能力。
単独で挑めば多くの敵を殲滅出来るが、その分多大な闘志を自身から引き出させ、そして肥大化した闘志に心を喰われ、鬼神と言う名の破壊者になる。
ーーーードスッ……。
狂気と化したアックスの鬼神兵が20メートルの間合いに突入と同時、ユーギガノスの兵士達は一斉に飛びかかる。
能力吸収針をアックスの鬼神兵に次々と刺し、アックスの鬼神化状態を強制解除。
アックスは鬼神化が解け、急激な精神変化により、意識を失う。
「まったく手間かけさせやがって、頭のおかしい違犯者を連行すると報告する」
一人の兵士は言った。
アックスはグルグル巻きに縄で拘束される。先程、到着した馬車の中に放り込まれ、アックスはユーギガノスの総本山である戦線都市ヴァルハラへと強制連行させる……。
戦場を出発してから2時間が経過。
どこを走ってるのかさえわからない。一体どこにいるんだ、頑丈な黒皮で覆われた屋内、かすかな穴窓から覗かせる日光。揺られる馬車の動きに合わせ、チカチカと光らせる。
「動けねぇ……」
どういう縛り方をしたんだ。
芋虫の体勢で身体を動かすアックス、僅かに動いただけで首や肩、至る関節が締めつける痛みがはしる。
馬車の揺れる反動でとにかく痛い、特に股間辺り、下手すれば潰れる。
「出しやがれ!!。何か食わせろ!!、戦わせろ!!」
下手に動くと痛いのでアックスは叫ぶ。しかし、無視させる。不安定な道のりの中、馬車はガタガタと揺らしながら走り続ける。
アックスは何度も叫ぶ。 その度に無視され、虚しい感覚になり、ついに諦める。
そして目的地に着いたのか、馬車は止まった。
「やっと出られる……」
ホッと安堵の表情を浮かべるアックス、やっと外の空気と太陽の下に戻れる。
馬車の中は地獄、そこから解放させるのはうれしい限りだ。
ーーーーバサッ……。
後ろの布口が開かれる。
一人の兵士が乗り入り、拘束する縄をほどく。アックスを見下ろし、兵士は(出ろ)と乱暴な一言。
(………)
外から差し込む日光、アックスは眩しく目を細める。ついで腹ペコ、マトモに立てない。
「ホラ立て」
兵士は荒い口調でアックスの前髪を引っ掴み、強引に立ち上がらせる。
同時に全身を縛る縄が彼の至る部分を食い込ませ、行き渡る激痛が彼を苦悶の表情を浮かばせる。
もっと優しく立たせてくれると思ったが、現実は甘くない。
「ーーーーッ!!」
馬車から降ろされ、アックスは瞳に写る街並みに驚愕した。
10階立ての建造物が建ち並び、岩石造りの地面。そして多くの人々が行き交い、まるで時の流れのような街並みだ。
故郷の町より遥かに広く、辺りを見渡しても建物、市民。不思議にも、至る所に剣士・格闘家・魔導師、戦う者が大勢いるのが確認出来る。
変な所に連れてきやがって、さっさと逃亡して戦線都市ヴァルハラに行かなくては……。
アックスは逃亡の計画を考える。
現在地は馬車の駐乗場、いざとなれば馬を盗み、逃げればいい話だ。
ーーーードサッ……。
極度の疲労、空腹、緊張が解けた事もあってか、アックスは足元から崩れ倒れ、意識を失う。
15分後、兵士は軍留置場担当兵と合流し、彼を受け渡す予定だったが、暴れる心配が無くなり、胸を撫で下ろす。