三題噺「カーテン」「花瓶」「ビル」
少年は走っていた。息などとうに切れている。冬の空気に白い吐息は直ぐに溶けていく。
少年が目指す場所は、ただ一つ。赤い陽光を背に受ける一際高いビル。
思い思いの方向に歩いていく通行人達は、一瞬少年を見て目を見張り、そして直ぐに視線を戻した。少年が手に握っているカーテンでは、その程度の注目しか集められないようだ。
少年が手首を確認した。少し古ぼけた腕時計は午後六時五分前を指している。少年はほっと息を吐いた。どうにか間に合いそうだ。それでも足を緩めること無く走り続ける。
腕時計の針が三つ進んだとき、少年はついにビルの下に到着した。
迷うことなく少年は上を睨み、手にしたカーテンを大きく広げて見せた。
ビルの屋上、端に立つ少女は胸にシオンの花瓶を抱き、悲しげな声で歌っていた。不気味なほどの無表情で下の道路を見つめながら。
歌詞はビル風に紛れて聞き取ることはできない。しかし、少女に残された最後の感情が込められていることは容易に想像がつく。そんな悲痛な声だった。
しかし午後六時五十八分、耳を塞ぎたくなるような声が唐突に止まった。
ビルの下の歩道に、先ほどの少年が見える。大きく広げられたカーテンには、焦って書いたのであろう雑な字が三つ。それは高さという壁を超えて、少女にたった一つの言葉を伝えるためのものだった。
少女は一瞬ポカンとした顔をして、それから呆れた顔になり、最後に笑顔を描いた。手にしたシオンの花瓶を足元に置いて、あっさりとフェンスを乗り越える。
大切だった誰かが待つ道路ではなく、今大切なものがあるビルの屋上へと。
あまりにも短くてすいません。
だいたい一時間くらいで書きました。なので色々至らないところがありますが、目を瞑って頂けると嬉しいです。
ちなみにシオンの花言葉は「あなたを忘れない、追憶、追想」です。私は初めて知りました.
ジャンルは文学でいいんですかね……?