小さな祠
友達の家に泊まりに行った時、そいつからこんな話を聞いた。
X県にある某町の山間部は、現在過疎化が急速に進んでいる。山のふもとに点在する家々では、数少ない住人達が生活を送っているわけだが、そのほとんどが相当の高齢者となっていた。
ところで、荻生徂徠だったかが「古の詞は多く田舎に残れり」と記している。詞は言葉であり、そして言葉は同時に事場でもある。
今から二百年以上も昔の話になるが、当時は村落であったこの地域において、一つの事件が発生した。
村娘の一人に、「やえ」という名の少女がいた。肌の色が妙に白かったが、病弱というわけではなく、性格は闊達であり、そのため住民達からは、やえちゃん、やえちゃんと、たいへんかわいがられていたのだそうだ。
ある夏のことだった。このやえが、奇妙な行動をとるようになった。
一人でふらっと外に出ては、しばらく時がたってから家に戻ってくる。そのような事を何度か繰り返した。その行動に最初に気づいたのは母親だった。母親は、やえが裏手の山に入って行くことを確かめた。
「さーちゃんと遊んでいたの」
母親の問い詰めに対して、やえはそう答えたという。
だが母親は、そのような呼び名の子供が村には一人もいないことを知っている。心配になった母親は、ある日父親に相談をしたのだった。話を聞いた父親は若干思うところがあり、心配する母親の意を汲み取った上で、機会をつかまえ、こっそりとやえの後をつけていくことにした。山の入口には物置兼休憩所となっている小屋がある。父親は、もし、やえがその小屋で遊んでいるならば厳しく叱りつけなければならないと考えていた。
その日もやえは、山の入口へと向かって行った。父親の前方を速足で進むやえが、淀みのない足どりで小屋の付近までさしかかった。そこでやえの父親は、ここぞといわんばかりにして前方へ踊り出ようとした。だが、やえは小屋には目もくれず、ずんずんと山を登っていったのだった。父親は意表をつかれたとともに、不審な思いにもとらえられていた。やえの進み方というのは、とても子供の足の速さではなかった。
父親は風を切るようにして進んでいくやえの背中にどうにかついて行ったが、心の中にはどんどんと不安が貯まっていった。
「どうしちまっただ。やえのやつぁ……」
父親の心をとらえていたのは、得体の知れない感覚だった。ところどころで木の根に足をとられながらも、必死にやえの後ろ姿にすがりついていく。そんな父親の心配をよそに、やえは黙々と進んでいった。そしてある地点までやって来たとき、やえは唐突に足を止めた。
そこは木立の開けた、八畳から十畳ほどの広さの平坦な更地だった。足元には短い丈の草がすき間なく繁っていた。
やえはしばらくの間、そこにとどまっていた。なにやら独り言をつぶやくやえの背中を、父親は背後から遠巻きに見守っていたのだという。
「うん、わかった。とおちゃんにお願いしてみるね」
そう言うと、やえは来た道を再び戻って行く。
父親は木の陰からその様子を見送ってのち、一人だけで山を降りていった。父親の足は、何か雲の上を歩くような感覚がしたのだという。
家に残って帰りを待っていた母親は、たいそう気をもんでいた。そこへ、まず、やえが戻って来たのだったが、やえはいつもと変わらぬ様子で、しばらく後に帰宅した父親のほうも、特に何かがあったというふうではなかったらしい。当然母親は、事の次第を父親にたずねてみた。だが、父親は、うやむやな受け答えをただするだけで、はっきりとした経過は話さなかったのだそうだ。
それから、しばらくしてのことだった。裏手の山の中腹に、ちっちゃくて可愛らしい祠が一つ建てられた。
話を聞き終わった俺は、友達に疑問をぶつけてみた。その回答は以下のようなものだったので、一応書いておく。
・なぜ祠が建ったのか?
父親は、やえと話す童子の姿を見た。それはどう考えても人間ではなかった。
・なぜ、やえの足はものすごい速さだったのか?
童子。さもなかったら天狗の可能性もある。狐ではないだろう。
・その祠は今でもあるのか?
土地開発などが無かったならば、あるはず。
俺が聞いたのは以上です。