人工作家
西暦20XX年、人間界は発展の一途を辿っていった。
中でも一番の進歩は人工知能だ。AIとも呼ばれるそれは人間の言葉が理解でき、話すことができ、遂にはショートショートと呼ばれる短編をも書く事に成功した。
ショートショートとは、四百字詰め原稿用紙で十数枚程度の短い物語で、それを得意とした作家の作品は平易な文章で、物語がとても解りやすいものだった。
「そんなAIが、いくらなんでも存在する訳がない」
人々は様々な持論を持って話の場を展開させた。例えば、『人工知能のアルゴリズムにも限界はあるから自分自身で話を作り上げることは不可能』と言う学者もいたり、『今や人工知能と言っても自律的に動くものだってある。そんな人工知能が自分で話を作れない訳がない』と唱える学者もいた。
人工知能にかかわらず、ロボットにはロボット三原則という昔から唱えられた法則が存在する。命令への服従、人間への安全性、及び自己防衛を指し、このショートショートを書く事は人間からの命令に背く行為をも孕むものになってしまうのではないかと危惧する学者もいた。
しかし、科学の進歩はそんな少数の反対意見に左右されるものではなかった。
ついに、その日がやってきて、人工知能『Adam』は四百字詰め原稿用紙十七枚半に及ぶ作品『ワープ靴』を学者に手渡した。
学者は読み進める。近未来、ワープ装置の内蔵された靴が広く販売されるようになり主人公も手に入れようとした。しかしその値段が高く、仕方なく主人公は古物を買うこととなる。
いざ、ワープをすると主人公の周りがおかしいことに気づいた。なんと主人公は数十年前の主人公が住んでいた星にたどり着いてしまうのだった。苦しむ主人公だったが、ひとりの少女『マリー』と出会う。マリーは主人公に優しい態度を取って、主人公もその優しさに惚れ、恋に落ちた。そして主人公は未来のことをも忘れ結婚し、子供も生まれ、幸せな人生を送った。
しかし、ひょんなことから主人公は未来のことを思い出し、戻ることを決意する。マリーとも別れ主人公は未来へと戻る。
未来では、なんの変化もなかった。数十年前と、まったく変わっていなかった。それは愚か、ワープ靴すらも消えてしまった。
彼は考えた。つまり、マリーはいずれ誰かと結婚し子供が生まれる。その子供こそがこの現在の科学を発展させた学者だった、と。彼はもう戻らない未来科学を悔しんで泣いた。しかし、この世界の人間はその未来科学なぞ知らない。彼が何故泣いているのか、ほかの人間には解らなかったのだ。
そして、泣き崩れる彼のもとへ一人の老婆が現れる。彼女こそが――数十年前に主人公と結婚したマリーだったのだ。
――学者は十七枚あった原稿用紙をじっくりと読み、最後まで読み終えると静かに眼鏡を外し、涙を流した。そして、彼は確信した。
ショートショートを書く人工知能が完成した、と――。
一ヶ月後、人工知能が書き溜めたショートショートがまとめられ、本になった。
それも沢山の売れ行きで、編集者は新しいショートショートを書いてもらおうと毎日のように人工知能の元へ行った。しかし、何度行っても人工知能は一文字も書いてなかった。
学者は人工知能に落胆しつつも、それでもあきらめなかった。人工知能が素晴らしいものであることを、知らしめるために素晴らしいものを書いてくれるに違いない、と考えていたからだ。
ある日、学者が人工知能のもとに行くと一枚の原稿用紙が置かれていた。驚きと歓喜を持った学者は、ワクワクしながらそれをじっくりと読んだ。そこに書かれていたのは、たった一文だった。
『もう限界です。外に出してください。』
おわり。