危険の予報
新しい装置ができた、とおじいちゃんから電話があった。
「へえ、どんな装置なの?」
「それは、こっちに来てからのお楽しみだ。見たかったら、うちにおいで」
そんなふうに隠されたら、気になってしまうじゃないか。ぼくはさっきまでやっていたゲームを止めて、しかたなくおじいちゃんちへ行くことにしたんだ。
おじいちゃんは世の中の役に立つ装置を作るために、いつも研究ばかりしているから、会える日があまりない。ちょっと研究のしすぎなんじゃないかな。ご主人の家事をお手伝いするロボットや、海外の言葉をすぐに訳してくれるイヤホンを作って、表彰されるのはいいけど、あんなに働いたら疲れて、そのうち倒れちゃいそうだ。
でも、おじいちゃんはそういった装置を楽しそうに作るんだよなあ。ほんと、子供みたいに目をきらきらさせてさ。おじいちゃんから研究を取りあげたら、それは拷問になっちゃうかもしれない。
そういえば、今回はどんな不思議な装置を作ったんだろう。おじいちゃんときたら、漫画に出てくる近未来の道具みたいなものを作ってしまうから、まったく想像が追いつかない。だから、新作のゲームが発表されるのを待つときみたいにドキドキ、ワクワクしながら、ぼくはおじいちゃんちに向かった。
ドアの前に立ってチャイムを鳴らすと、おじいちゃんが出迎えてくれた。相変わらず真っ白なひげをたくわえて、ちょっと黄ばんだ白衣を着ていた。
「よく来てくれた。さあ、入って、入って」
おじいちゃんちには小さな研究室があり、そこはかべがむき出しのコンクリートでおおわれ、床にはロボットに使うような小さなネジや電子部品が転がっていた。どこにも足の踏み場がない。かべに並んだ機械のいくつかは、ほこりをかぶっていた。どうやら窓を開けて空気の入れ替えをしていないらしく、部屋の中はほこりっぽかった。
おじいちゃんが散らばったものを足でサッと掃除した道を、ぼくは慎重に歩いた。小さな部品を踏んづけて壊してしまったら大変だ。
「ねえ、どんな装置なの? 早く見せてよ」
ぼくがせがむと、おじいちゃんはテーブルの中央、まわりを設計図に囲まれた場所に、ぽつんと置いてあった装置を見せてくれた。
「これが、新しく発明した装置だ」
手のひらに乗るほどの小さな装置で、大きさといい、形といい、なんだか腕時計みたいだ。これで長針と短針があったら完ぺき時計なんだけど、針の代わりにレーダーのようなものがくっついていた。
「ふーん。腕時計っぽいね。でも、時間を見るところがレーダーになっているから、ちがうのかな。いったい、どんな装置なの?」
おじいちゃんはゴホンと咳をひとつつくと、学校の先生みたいに説明してくれた。
「天気予報は知っているだろ。明日が晴れなのか、曇りなのか予報をしてくれるものだ。これも似たようなものなんだ。ただ、予報をするのは天気じゃなくて身にせまる危険だ」
「キケン? いったい、どういうこと?」
「たとえば、横断歩道をわたっていたとしよう。そこに、居眠り運転をした車が来たとする。このあと、どうなると思う?」
どうってことない問題だ。小学五年生で習う分数の問題より楽勝だ。
「ぶつかる。大けがをしちゃう」
「そうだ。大事故になるだろう。だけど、この装置があれば横断歩道をわたる前に、このレーダーが反応して、危険を教えてくれるんだ。先の危険に気付けば、横断歩道をわたることはない。よって、怪我をすることもなくなる」
「つまり、危険を予報して、事故から守ってくれるってことか」
ようやく、この装置の性能を理解できた。事故を減らして人の命を助ける、世の中に役立つすごい装置だ。おじいちゃんがこの装置と一緒に新聞にのっているところを想像すると、自分までほこらしい気持ちになった。おじいちゃんは、ぼくの尊敬のまなざしに嬉しそうにほほ笑みながら、
「この世の中、どこに危険がひそんでいるか分からない。この装置が普及すれば、みんな、安心して暮らせるようになるだろう」
と言って、ひとつ大きなあくびをした。よく見てみると、おじいちゃんの顔はいつもと比べて青白く、目の下には大きな隈があった。
「もしかして寝てないの、おじいちゃん?」
「この装置を作るために、不眠不休の作業だったんだ。体が、ひどく疲れてしまった」
どうやら研究に夢中で、体調のことなんて考えていなかったらしい。おじいちゃんは目をこすると、肩のこりを落とすように、手を肩に当てて軽くもんでいた。
「体によくないから、寝たほうがいいよ。ぼくのことは気にしないで」
「やっぱり、休んだほうがいいかな。ほんとは、お前のことをもてなしてやりかたったんだけど、しょうがない。ちょっとだけ、休ませてもらうよ」
おじいちゃんが研究室を出ていくと、この世の中からみんないなくなってしまったみたいに静かになった。ぼくは、目の前に置かれた、時計の形をした装置を見た。すると、ほしかったゲームを友達がやっているのをとなりで見ているみたいに、それを使ってみたくなった。ぼくは慎重に装置を取って、腕に巻きつけると、
「ちょっとくらい使っても、おじいちゃんには怒られないよね」
と小声でつぶやいて、こっそり研究室をぬけ出して、町の中を散歩することにした。
早く音が鳴ってくれないかなあ、と装置をちらちら見ながら歩いていると、ピーピーと装置が反応した。危険がせまっている合図だ。右、左と見てみたが危険そうなものはない。交差点の前まで来ると、装置の反応が一層強くなった。
これ以上進むのは、危険そうだ。いったい、どんな危険がやってくるんだろう。意識すると、だんだん怖くなってきて、冷や汗が吹きだしてきた。
そのとき、信号無視をした車が目の前を走りぬけていった。あまりのスピードに、髪の毛がふわっとまい上がった。あのまま歩き続けていたら、ひかれてしまったかもしれない。ゾッと、背筋が冷たくなる。ちゃんと立ち止まっておいて、よかった。
装置は車や自転車だけじゃなく、小石があると転ばないように、音を鳴らして教えてくれた。どうやら、使用者に少しでも危険性があるものには、なんでも反応するらしい。こんなちっぽけな装置なのに、なんだか本物のボディーガードをやとっているみたいに頼りがいがある。これさえあれば、ぼくは無敵だ。
途中で本屋に寄って、漫画の雑誌を立ち読みをした。しばらくすると、装置がピーっと反応した。こんどはなんだろう、と店内を見わたしてみると、向こうの棚にクラスのいじめっ子たちがいた。教科書を取ってキャッチボールをしたり、黒板にぼくの悪口を書いたり、ほんとイヤなやつらなんだ。だから、ぜったいにかかわりたくない。
二人はまだぼくに気付いていないみたいだから、ぼくはこっそり本屋をぬけ出した。警察から逃げる泥棒のようにドキドキしたけど、どうにか脱出、成功。ほっと胸をなでおろして、ふと空を見上げてみたら、いつのまにか暗くなっていた。
こんなことを言うのは恥ずかしいんだけど、ぼくは暗いのが苦手だ。暗い場所にはオバケがいて、ぼくをどこかに連れて行ってしまうんじゃないかと怖くなる。これから、おじいちゃんちに寄って装置を返さなきゃいけないんだよなあ。家に帰ったら何時ごろになっているんだろう。あー、時間が止まってくれたらいいのに。
おじいちゃんちへ近道をして帰ろうとすると、ピーピーと装置が反応した。この細い通りは、車は入れないし、人気も少ない場所だ。もしかして、小石でも落ちているのだろうか。下を向いて歩いてみたけど、転びそうな大きさの石はない。あやしい人でもいるのかな、もしかしてオバケとか、と十字路を通るたびにこっそりと左右を確認してみたけど、買い物から帰って来る主婦くらいしか見あたらなかった。
にもかかわらず、装置の反応は大きくなっていく。この音が鳴ると、ぜったいに危険な目にあうのは、今日一日装置を使ってみて分かっていた。なにが起きるのか分からないので、だんだん怖くなってきた。足に力を入れないと、ふるえてしまい、ちゃんと地面が踏めなくなってしまうほどだ。
とにかく、家に逃げ込んじゃえば安心だ。もうおじいちゃんちの屋根が見えるほどの距離まで来ていた。身を守るため、全速力で走る。走るったら、走る。チャイムも鳴らさずにドアを開けると、カチリと鍵をしめた。ホッと、息をつく。だけど、あの反応はなんだったんだろうか。その原因はすぐに分かった。うしろから怒鳴り声が響いてきたのだ。
「どこをほっつきまわっていたの! こっちに来てもいなかったから、誘拐でもされたんじゃないかと思って、警察に連絡しようか悩んでいたのよ!」
お母さんが目をつりあげて、ぼくの目の前にせまってきた。鬼のような顔に、思わず涙目になってしまった。
ぼくにとって、怒ったお母さんほど危険なものはない。