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お買いもの

 ある休日のこと、男は街をぶらついていた。時折、規模の大きさに関わらず店の中へと入っていくが、ものの数分で出てきてしまう。


「どこも似たような品揃えだな……」


 男は色々な店の品揃えを見て回っていた。それには訳がある。男は自分でも小さな店を開いているのだが客の入りがよろしくなかった。男はその理由を『面白味に欠ける商品ばかり置いてある事』と結論づけた。つまりは新しく店に置けるような斬新な商品を探していたのだ。


「専門店でもダメか……」


 もちろん男は店を回る以外にも商品を探していた。トレンド雑誌から業者用のパンフレットやマニアックな専門誌、各地で行われる展示会、そしてネット上で世界中を探し回った。だが男の理想の商品は見つからないでいた。


「ふぅ…… 仕方ない、帰るとするか」


 男はいつもの帰り道を行く。見慣れた人混み、見慣れた景色の中を彼は行く。しかし、彼の目に一つだけ見慣れないものが映りこんできた。


「こんな店、前にあったかな?」


 高架下のちょっとしたスペースに古びた店がぽつんとしていた。男は仕事帰りにもこの道を通って帰宅をするが、今日初めてこの店の存在に気が付いた。


「いつもは夜にこの道を通るから気付かなかったのかな?」


 少し怪しげな雰囲気を漂わせている店だったが、好奇心が男の背中を押して店に近づける。


『いろいろな機械を揃えております』


 店の看板にはそれだけが書かれていた。男は妙な気分になってきた。先ほど背中を押していた好奇心が男の手を店のドアノブに伸ばさせる。


「…………入ってみるか」


ガチャリッ


 男は店の中へと入っていった。ドアを開けてすぐ、目の前に小奇麗な格好をした店員らしき人物が立っていた。男を見るなり、さわやかな笑顔をつくった。


「いらっしゃいませ」


「あ、どうも」


 男は店員のさわやかな笑顔につられて少しだけ笑いながら言葉を返した。


「どうぞ、中にお入りください」


「あぁ、それじゃ……」


 男は店員に促されるまま店内へと入っていった。そして店内を見て男は少し驚き少し感心した。店の中にはいくつもの機械がきれいに並んでいた。しかし、どれも見ただけでは何に使う機械なのかわからない。


「お客様、当店をご利用になるのは…」


「あの、初めてです」


「さようでございますか。では当店の説明をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「えぇ、お願いします」


「当店では日常に役立つ様々な機械を専門に販売している店でございます。ちょっとしたシミ落としから、大掛かりな家の改築まで、多種多様な機械を取り揃えております」


「何か面白そうですね」


「お褒めの言葉ありがとうございます」


「だけど、ちょっとまだ理解できてないですね」


「さようでございますか、それでは実際に商品を紹介させて頂いても?」


「そうですね、お願いします。そのほうが理解できそうな気がします」


「かしこまりました。それでは……」


 店員は一番近くにあった小さめの機械の方へと男を案内した。


「この商品名は『全自動害虫駆除機』と申します」


「害虫駆除機ですか?」


「はい。この『全自動害虫駆除機』があれば家の中に入ってきた害虫を駆除することが可能なのです」


「んー、でもそれなら殺虫スプレーですむような……」


 店員は待ってましたと言わんばかりの表情を見せ話し始めた。


「そこなのです」


「へっ?」


「その些細な行動および時間を、より愉快に、より快適に出来るのです」


「詳しくいいですか?」


「もちろんでございます」


 そう言うと店員はさらに笑顔になった。


「昔から日本人というものは働きすぎています。毎日毎日、人生を仕事に捧げてしまっています。ただ、それで本当に生きていると言えるのでしょうか? 確かに、仕事に明け暮れていた過去があるからこそ、今の豊かな日本、生活があります。ですが長期休暇も取れずに働き続けてきた日本が、一か月もの休みを取れる他国に追い抜かれてしまいました」


「確かにそうですね……」


「なぜこれだけ働いている日本が他国に追い抜かれていくのか? それは心のゆとりというものが足りないからなのです。一か月もの間ゆっくりと休み、心と体をリフレッシュすることが出来れば仕事もはかどるというものです。さらに言えば普段の仕事の仕方もユニークさを組み込めば効率も上がります」


「なるほど」


「柔軟性に富んだ考え方も身につくでしょうし、次の日に疲れを持ち越すことも無いでしょう。もしかしたら長期休暇中に新しいアイデアが生まれたり、ひょんなことから自分の本当の才能を見つけられることも出来るかもしれない。仮に見つけられない場合でも長期休暇を利用してスキルを磨くことも出来ます」


「言われてみたら、そうなのかもしれないですね」


「ですが、いま私が言ったことを明日から急に実行できるわけがありません。そんなことをしてしまったら日本は混乱してしまうことでしょう」


「そうですよね… 難しいですよね…」


「そこで当店の機械の登場なのです。一度に全部は無理でも少しずつなら可能なのです。害虫を駆除するほんの一瞬、部屋を片付ける短い時間、入浴中のささやかな時間、コーヒーを片手に新聞を読むひと時、そういった細かな時間からゆとりを見出していく。その役目を担ってくれるのが私どもの機械なのです」


 店員は全自動害虫駆除機のスイッチを入れた。


「この『全自動害虫駆除機』には様々な駆除方法が内蔵されています。例えば罠モード。このモードは害虫を好物の香りでおびき寄せ、機械の中にある様々な罠で害虫を駆除します。害虫が機械内に侵入すると入り口が封鎖され、この四角い部分のガラスのスモークが取れて内部が見られるようになります」


 店員はポケットから一匹のハエが入った瓶を取り出し、瓶と機械との入り口をくっつけハエを中に入れた。


「おぉ、本当に内部が見れる! それにすごい仕掛けの量だ…」


「罠モードでは20種類の罠があります。一度に5種類の罠が選べ、ランダム設定も可能です。今回は私のオススメの罠を紹介いたします」


「ぜひお願いします」


「まずは弓矢です。虫の大きさに合わせた小さな矢が発射されます」


ヒュッ ヒュッ


「おっと、今回のハエは素早い動きで全部をかわしてしまいました。ですが次に待つ罠はヌンチャクです。虫のサイズに合わせた小さなヌンチャクが5本出てまいります。そして片方を固定し、もう片方をものすごいスピードで振り回すといった仕掛けになっております。よほどの速さと動体視力がなければ一瞬で粉々です」


ビュンッ ビュンッ パシッ!


「あっ! ハエに当たりましたよ!!」


「そのようですね! いかがですか? この『全自動害虫駆除機』は?」


「いやー、予想を遥に超えていましたよ! ですが、もし5種類の罠で駆除できなかった場合は…」


「心配には及びません。入り口は封鎖されていますし、最終的には殺虫ガスで殺して下の小さなタンクの中に落として溶かしてしまうので。そしてハエに最終地点まで到達されてしまった場合には、上のモニターに負けと表示され、今までの勝敗や勝率、どの罠でトドメをさしたかなど様々なデータを表示することも出来ます。さらには新しい罠が配信されたり、細かな害虫リストを作成することも可能なのです」


「それなら完璧ですね。いやー本当に面白いです!」


「他にもこんな……」


 店員は他のモードを説明し、また他の様々な機械を紹介していった。男は紹介される度に魅了されていった。本来ならこんなバカげた機械などに誰も興味を持たない。先ほど男が言った通り『殺虫スプレーですむような……』と言われて終わりである。しかし、斬新さや面白味に溢れる商品を探していた男にはたまらなかった。


「どの機械も本当に面白い!!」


「気に入って頂けたようで嬉しいかぎりです」


「よし決めた!! この商品を私の店に卸して頂けないでしょうか?」


「お客様、お店を経営されているので?」


「えぇ! こういった斬新な商品を探していたんですよ!!」


「お褒め頂きありがとうございます」


「それでどうでしょう、卸して頂けますか?」


「もちろんでございます。それでは…………………………」


 店員は急に黙ってしまった。


「あの、どうしたんですか?」


「…………………申し訳ありません、これからスリープモードに入ります」


 そう言うと店員は固まったまま動かなくなってしまった。戸惑う男の後ろから中年の男の声がした。その声に振り向いた男の前に白衣を着た中年の男が立っていた。


「どうですか、私の作ったこの『全自動購入促進機』は? どんな商品でも相手に買わせることが出来るのです。同じ商品でも相手のニーズに合わせて口先一つで対応可能。どうです、今ならお安くしときますよ……」


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― 新着の感想 ―
[一言] 日本人は働き過ぎですね。確かに自動化すれば時間にゆとりができます。が、全てが自動化ロボット化すると働く人がいなくなってします。全自動害虫駆除機くらいの自動化がちょうど良いですね!笑
[一言] 買う!! いや、買います! おいくらですか? と、言っても定価で買う程バカじゃありませんが……。(あきんど魂が黙っていないので) しかし、優れた機械が円満したら、そのうち人間が無用の長物…
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