~事件ファイルNo.9「成長」~
待ってくれ、なんて言ったところで待ってくれるものなんてほとんどない。
いつだって予想外のタイミングで襲いかかってくる。
――きっかけ、なんてものもそうだ。
目の前に立ってこちらを見ている大木、改めドゥーカ。その緑の視線が、レオンの斜め後ろにいるシルヴァーノに向けられていた。
「…………」
視線に気づいてるだろうに、シルヴァーノは不機嫌そうにドゥーカから目線をそらし続けていた。まるでイタズラをして親に怒られるのが分かっている子供のように。
レオンはため息を付き、シルヴァーノを肘で押す。シルヴァーノは渋々と口を開いた。
「……テンロフ小隊第一班副班長、シルヴァーノ=アーウェイン、です」
小声でぼそぼそと言うシルヴァーノ。
もしもここにレオンたちの上司、テンロフ……ゲトルト=テンロフがいたならば、また存在しない髪を撫でつけていたかもしれない。
いなくて良かったかもな、とレオンは思った。しかし、気づかぬ間に頭を掻きむしろうとしていた手に気づいて、複雑そうな顔をした。
「シルヴァーノ……?」
いつも感情の見えないドゥーカの声に、少し怪訝な色が見えた。目は相変わらずシルヴァーノをじっと見つめており、シルヴァーノはそんな目線から逃れようとしていた。
帝国貴族かつ、所長にたいしての態度としては失礼極まりないが、誰もその事を指摘はしなかった。
「……そうか」
やがてドゥーカはそれだけ言うとシルヴァーノから目線を外し、再び歩き始めた。そのままレオンたちの前を通り過ぎ、
「クロイツ。後で執務室に来るように」
すれ違いながらそう言った。返事を気にしない声だった。
シルヴァーノがビクリと肩を震わせ、レオンはただ頭を下げた。
「はい。例の件についてですね」
レオンの言葉にドゥーカは足を止めずに、ちらとだけレオンと、少し怯えた様子のシルヴァーノを見て「……そうだ」と頷く。それ以上は何も言わずに今度こそ去って行った。
「例の件……? って、なんですか、先輩! 僕、聞いてないですよ」
ドゥーカがいなくなった途端、シルヴァーノはほっと息を吐き出していつものように騒ぎ始めた。その煩さに、レオンは耳をふさぎながら「うるせぇ」と軽く彼の頭を叩く。
「当たり前だ。班長以上にしか伝えられてない話だからな。文句があるなら出世しろ」
「……だから、嫌ですってば」
「なら文句言うな」
何事もなかったかのように歩いていくレオンの背中を、シルヴァーノは恨めしげに睨んでいた。だが、レオンはそんなことで足を止めることはなく……結局はシルヴァーノが諦めて彼を追いかける。
「先輩って、本当に変わらないですよね」
追いついてきたシルヴァーノをちらと見たレオンは肩をすくめて、呆れてみせる。
「そういうお前はコロコロ変わりすぎだ。なんだその頭につけてる変な飾りは」
「変とは失礼ですね! これは最近人気のぽこタンですよ!」
「……いや、本当に何なんだそれ」
薄紫の髪につけられた動物モチーフと思われる飾りに、レオンは脱力した。
シルヴァーノが胸を張って説明していく。
「ふふん、知らないんですか? いいでしょう! この僕がっ! しっかりと教えてあげます!
ぽこタンはたぬきの探偵で、ドジっ子なんですけど最後は難事件を次々に解決して――」
もちろん、レオンはシルヴァーノの説明を、聞き流した。
***
「――ということで、市場では感づいている者も多少現れ始めているようです」
レオンは所長室でドゥーカに報告していた。とはいえ、あまり力は入っていない。ドゥーカも、レオンが手渡した書類には軽く目をやるのみだった。
「……いつからだ?」
静かにドゥーカが口を開く。レオンはただ読み上げていた書類から目を彼女へ向ける。
そして、肩をすくめた。
「10年……いえ、13年前です。密航船に乗ってやって来ました」
今思い返しても、笑える話だ。
あれから成長したようで、未だに変わらず子供じみている。レオンはシルヴァーノから「変わらない」とよく言われるが、シルヴァーノの方が変わらないと思う。
淡々と語るレオンに、ドゥーカの眉が中央に寄っていく。
「怪しかったですが、身分証はたしかでしたし、そのまま放置するわけにもいかないのでテンロフ小隊長が『保護』した後、本人希望で警備隊に入隊しました。ちゃんと本土の入隊許可を通過してます」
レオンはドゥーカが何か発言する前に、そう言い切った。
ドゥーカは美しく色づく唇を少し開いたものの、すぐに閉じた。代わりに眉間に皺を刻む。
そんな姿を見て、レオンは少し意外に感じた。ドゥーカの今の姿は、上層部と部下との間で悩む上司の姿と被る。
大木にも、悩みはあるものらしい。
「なるほど。そういう……はぁ」
何十人もの警備隊員の手合わせをしても呼吸を乱さないドゥーカから漏れた息。
(……そう言えばあの日は、剣術指南だったからシルは受けてないのか)
なぜ今更なのか、と少し疑問に思っていたレオンは思い出して一人納得した。
シルヴァーノは槍も使うが、基本は魔法や後方担当だ。
「普段どうしているかに関しては俺よりも、テンロフ小隊長の方がよくご存知かと思います。最近もよく家に行って食事をしているようです」
「そうか……いや、問題ないならいい。
しかし、その……アカデミーの錬金術科卒業と履歴にあるが、なぜまだ副班長にいる?」
ドゥーカは首を左右に振って意識を切り替えたのか、質問内容も変えた。それは当然の疑問だろう。帝国アカデミーの中でも錬金術と魔法科は別格だ。卒業者というだけでも就職には困らない。
「さぁ。それは俺にはなんとも……本人に聞いてください。何度も上に行けと言いましたが、嫌がってまして」
それ以上のことはレオンも知らない。ドゥーカはそんなレオンから何か読み取ろうとするかのように目を細めてじっと見つめたが、彼の態度は変わらない。
「……分かった」
そしてドゥーカは、ふっと少し笑って頷き、話を終わらせた。
所長室から解放されたレオンは、詰め所の廊下をのんびり歩く。何年も歩いてきた廊下には、他にも隊員たちがいる。
あまり見慣れない隊員が懸命に他の隊員に話しかけていた。
「それで、先輩。そういう時はどうすれば……?」
「ああ、その時は――あ、レオンさん。お疲れ様です」
話している二人がレオンの方を見て軽く頭を下げたのに、彼も片手を上げて「おう、お疲れさん」と返した。
『ゲトルトさん! 教えてほしいことがあるんすけど』
『んん? どうした、レオン』
そんなやり取りが頭をかすめつつ、歩いていく。
「あっ、先輩だ! おーい! 先輩っ! 所長の話ってなんだったんですか?」
今度はレオンが『先輩』と呼ばれた。なんとも騒がしいその声に、レオンは眉間に皺を寄せる。ドゥーカと似たような表情になってるのだろうと彼は自覚し、さらに嫌そうな顔になった。
役職というものを背負うと、みんなこういう顔になってしまうものなのだろうかとレオンは少し考え込む。
「あれ? 先輩? 聞こえてます? おーい。どケチ先輩ー」
「……もう二度と奢らねぇ」
「なんだ、聞こえてるじゃないですか」
レオンは思考を断ち切って額を手で押さえた。これは絶対役職関係なく、この目の前の男のせいだと確信していた。
とりあえず、脳天気なその頭を軽く小突く。
「お前……少しは成長しろ」
「何を言うんですか!? こんなに成長しまくっている上にまだまだ伸びしろだらけの僕に失礼ですよ!」
「自分で言うな自分で。
ったく……そんな変な所だけ小隊長に似るんじゃねえよ」
悪態をつきながら、ガシガシと髪をかきむしった。
――帝国辺境警備隊の事件ファイルNo.9「成長」了――
*おまけ「喧嘩するほど……?」*
「あー、またレオンさんとシルヴァーノさんやりあってるよ」
「先輩。あのお二人、仲悪いんですか?」
「違う違う、逆だよ。シルヴァーノさんって、俺より年上だけど子供っぽい人でさ。レオンさんは大人だから……親子喧嘩みたいなものだよ」
「なるほど。たしかにそう言われると、そんな雰囲気ですね」
「趣味趣向は真逆みたいだけど、現場では息ぴったりだからな。
レオンさんは鋭いし、シルヴァーノさんもああ見えて優秀だから……」
「へぇ、そうなんですか?」
「お前も現場で二人見たらびびるかもな。……ああ、そうだ。もし周囲に俺や班長いなかったら、レオンさんたちを頼れ。何とかしてくれるから」
「は、はい! 分かりました」




