~事件ファイルNo.6「詐欺事件」~
休日明け、というのは中々に憂鬱なものだ。
しかもそこで大掛かりな仕事が待っていると分かっていたならば、なおのこと。
大量に積まれた小箱に、レオンはハッキリと嫌そうな顔をした。それから確認する。
「……全部偽物か?」
そうであってくれと願うような彼の声に、アレクは容赦なく「分かりません」と答えた。中に本物が混じっているかもしれない。
つまり、全部検品しないといけない。
「他の班は?」
「他の班と分けてこれです」
「……そうか」
レオンは、諦めた。諦めて、頷いた。
古代装置詐欺の一団。その一斉検挙となれば当然ながら押収される量も桁違いである。1小隊5班だけでなく、倍の人数で行われた今回の作戦。
レオンですらあまり経験のないほどの大規模な作戦だったが、軽い怪我人だけで無事に終わった。終わったのは、良いのだが……いつだって後始末の方が大変だ。
「で、シルたちは?」
「他の班の結界、および倉庫の結界強化してます」
レオンは目をずらす。ここには彼とアレクともう一人の計三人しかいない。
三人の目が合う。
五人でやっても今日中には終わらないだろう数を、自分たちは三人でしないといけない。だが、シルヴァーノともう一人の若手が貴重な結界を張れる人員であり、借り出されるのはいつものことだった。
結論。
「……やるか」
「はい」
文句を言う前に手を動かす。それだけ。
そう。文句を言うなら、手を動かしながらだ。
「なぁ、やっぱりこれは古代人ってやつを責めるべきだと思うか?」
「……でも、古代人だってこんなことになると思ってないでしょうよ。自分たちのを詐欺に使われるなんて」
「あー、まぁ。そうっすよね。俺等が普段使ってるものが、何千年も後に見つかって利用されてるようなもんすもんね」
「お前等、古代人の回し者かよ」
レオンのジト目に、アレクは肩を竦める。
「恨むなら、妙なことを考える犯罪者にしましょうって話ですよ」
「……そりゃそうか」
「それに、今回の一斉検挙で少しは大人しくなるんじゃないっすか?」
一番若い班員の言葉には一理ある。しかし、レオンは一つの小箱(ただの木製)をぽいっとカゴに放り投げながら、淡々と言った。
「そうだといいがな」
結局。
検品作業は二日がかりで行われ、結界術であちこち借り出されまくったシルヴァーノたちは完全にダウンしていたので、レオンは二人に休暇を言い渡し、二人分の仕事も更に追加となった。
「あー……古代装置なんてくそくらえだ」
理屈なんて関係ない言葉が漏れた。
***
朝の心地よいはずの日差しが、まるで自身を殺しにかかっているように感じた。
「あー……頭いてぇ」
レオンはゆっくりとベッドから体を起こし、額を押さえる。原因は分かっていた。
「くそっ、やっぱり最後のワインは断っておくべきだった」
飲み過ぎ。俗に言う二日酔いだ。
昨日、ようやく諸々落ち着いたところで、レオンは上司の小隊長と二人、久しぶりに飲みに行った。
互いに騒ぐタイプではなく、慣れたように互いに静かに飲んでいたのだが、
『お前には……昔から本当に世話かけるな』
などと、珍しくも小隊長がしみじみと口にして、普段は頼みもしない良い酒を注文してくれたのだ。
いつもエールばかり飲むとはいえ、レオンだって良い酒を飲めば美味しいと思う感性はある。何よりも彼がわざわざ頼んでくれた酒を断れるわけもない。
そして飲んだ酒は、レオンが思っていたよりも美味しく……小隊長と二人、酒が進んでしまった。
幸いレオンは今日は休み。
小隊長は出勤のはずだが、彼は昔からどれだけ酔っても二日酔いしない体質。問題なくケロッと出勤していることだろう。
「あの人、ほんとそういうところズルいんだよな」
はぁ、とレオンは息を吐き出すが、そんな仕草一つでも頭に響く。しかしなんとか起き上がり、水と薬を出して飲み、一息つく。
なにか少しでも軽く食べるかと小さな食料庫のドアを開けるが、中には見事に水と調味料しかなかった。
「そういや、前に買い物行ったのいつだったか」
覚えてない。
水だけは配達で頼んでいるが、不規則な生活なので食料配達は頼んでいない。
窓の外を見る。
太陽の日差しが眩しく、二日酔いの頭に響く。
「この機会に頼むか? いやでもまた腐らせるだけか。料理もめんどくせーし」
文句を呟き、食料庫を睨んだところで水が食料に変わることはない。
結局レオンは洗面台に向かい、身支度を整えることにした。――独り言増えたな、なんて思いながら。
犬の散歩をしている老夫婦。走り抜けていく子どもと、注意の声をかける親。客を呼び込もうと叫ぶ露店主。
朝のゼペーの街は、朝なりの騒がしさでレオンを出迎えた。
「あ゛ー」
レオンは、そんな爽やかさとは程遠い声を上げながら、街を歩いていた。
途中で『安い! 麺パン95リル!』と書かれた看板が見え、いろんな意味でレオンは顔をしかめた。休日にまで思い出したくないうるさい顔が浮かんでしまう。
しかし、あまり出歩きたくもない。
レオンは少しだけ悩んだ後、仕方なさそうにその店に寄って麺パンを買った。ソースの匂いが香る。ひとくち食べてみた。
「……まぁ、腹は膨れそうだな」
歩きながら食べている彼の横を、母親と手を繋いだ子供が通り過ぎていく。
「僕ね。将来――になりたいんだ」
レオンは足を止めず、パンを一口二口と食べる。ただ、思った。
(あの年くらいだったか)
『あはは、坊主。お前、またここにいるのか』
街を巡回している鎧を着た大人の姿が、格好いいと思ったのは。
パンを食べ終え、レオンは無言で頭をガシガシと掻きむしり、一気にパンを口に放り込んだ。
翌日。
「おう、おはよう、レオン。はは、さすがに今日はスッキリした顔してるか」
出勤したレオンは、健やかに笑う上司を微妙そうな顔で見た。
「ん? どうした?」
不思議そうにする上司。
年を経てもなお、どこか幼く見える上司の瞳の輝きだけは、ずっと変わらない。
「……もうワインは飲みません」
「なっ? お前、あれだけ美味そうに私より飲んでおったじゃないか!」
「そんなに飲んでませんよ」
「いいや、飲んだ! 最後の一杯を楽しみにしてたのに、私が少し目を外した隙に飲みきったではないか。あの時のお前の満足げな顔は忘れんぞ!」
レオンは呆れて肩を竦める。
「……シルのヤツが誰に似たか、分かった気がします」
「失礼な! 私はあいつほど子供じゃないぞ」
「多少は子供な自覚はあるんですね」
腕を組んで怒る上司に、レオンは天井を見上げて小さく呟く。
「一種の詐欺だよなぁ、これ」
そうして今日もまた、レオンは淡々と仕事をこなしていく。――テンロフ小隊第一班班長として。
――帝国辺境警備隊の事件ファイルNo.6「詐欺事件」了――
*おまけ「魚料理」*
「ああ、そうだレオン。今度の休みでも家に来い。妻が会いたがってる」
「いや……でもお邪魔でしょう?」
「何言ってるんだ。昔は金が無いとかで遠慮なくたかって来よったくせに」
「人聞き悪いこと言わないでくださいよ。いつも強引に連れて行ってたくせに」
「はははっ、仕方ないだろう? そうでもせんとお前、ろくな飯食わなかったんだから。
ほれ。お前好きだったろ、妻の魚料理。お前の食いっぷりをまた見たいって言っておったぞ」
「……分かりました。次の休みにでも」
「ああ、来い来い! ついでだ。シルたちも連れてこい。ちょうど孫たちが来ていて帝都の話聞きたがっておったし」
「それ、完全に俺はおまけですよね?」
「……そんなことは、ないぞ?」
「せめて目を合わせて言ってください。……まったく」




