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~事件ファイルNo.5「お茶VSエール」~


 生まれた瞬間に人生は決まる。――そう嘆いていた同僚がいた。


 彼の言いたいことは、レオンにも分かる。

 たとえば、今目の前にいる尖った耳の女性などは、完全に『勝ち組』だ。


「…………」


 落ち着いた大木のような緑の目が、レオンを観察していた。つまり目の前にいる人物は、人間からすると『年齢詐欺』のタイプのエルフだな、とレオンはすぐに察した。

 パッと見の年齢だけなら、彼女はレオンより年下に見えるのに。


 彼女はしばらく無言だった。

 上司が無言なのでレオンも無言で立っていた。


「……面談を始める」

 やがて、感情の見えにくい声がした。この声はレオンの印象にも残っていた。

 ここまでの声が出せるまで、一体どれくらいの年月が必要なのだろうかと、レオンは思いつつ、敬礼を返す。


「私は腹の探り合いは好かない。単刀直入に聞く。

 前所長、デジールの経理改竄について知っていたか?」


 なるほど、とレオンは微かに首を動かした。そっちか、と。


「そういうことも、していそうだなとは思っていました」


 レオンの反応に所長は微かに眉を動かした。そして立派に磨き上げられた執務机に両肘を置き、顎を手に乗せる。

 緑の目は、レオンから離れない。


「……そうか」

 静かに呟く所長に、レオンはまっすぐ背筋を伸ばして立ったまま無言を貫く。薄茶色の瞳は所長を見ているようで、見ていなかった。


(――たしかに美人かもな)

 目の保養だな、とレオンは遠慮なくその整った顔立ちを見るだけだ。


「座れ」

「……ハッ、失礼します」


 やがて静かにソファを示され、ここで初めてレオンは少し嫌そうな顔をした。高級そうな皮のソファは、こういう場でしか体験できないだろうが、こういう場で経験したいことでもない。


 それでも命令なのでレオンは座る。そして執務室の隣のドアが開き、温かいお茶を持った女性がやって来た。彼女は静かにレオンの前に置き、また音なく去って行った。

 どうも、と頭を下げてレオンは一口二口と飲む。彼に分かったのは、彼が普段飲むお茶とは比べ物にならないもの、というだけだ。


「では……他にも『していそう』だと思ったことを、聞くとしよう」

「かしこまりました」


 そうしてレオンは、前所長が『していそうと思ったこと』について、淡々と話した。

 現所長……シルィデアーレドゥーカ=ノービレ。親しいものからはドゥーカと呼ばれている彼女は、レオンの話に対して時折眉を動かしつつ、静かに聞いていた。

 だが、レオンが言い終わったのを聞くと目を細めた。


「……それらを知っていて、君は何もしなかったのか?」


 明らかな怒気が込められた声に、部屋の空気が冷たく、重たくなった。

 レオンはその様子に、また思った――なるほど。そっちか、と。


「いえ、知らなかったもので」

「しかし、今君が口にしたことのいくつかは、実際にやつがしていたことだと証拠が上がっているが?」

「あー、そうなのですね。ただ私は、やっていそうとは思っていましたが、真相は知らなかったので」

「真相を調べようとはしなかったのか?」

「上司の不正を暴くのは、自分たちの業務に含まれてませんから」


 特に悩むことなく言い切ったレオンに、ドゥーカは感心したように頷いた。


「そうか……。面談は以上だ。もう戻って良い」

「ハッ」


 最後にもう一口二口とお茶を飲んだレオンは、だらけた様子で背筋を伸ばしつつ、部屋を退出した。

 そして歩き出しつつ、一言こぼす。


「……茶も美味いもんだな」




***




 がやがやと騒がしい、いつもの酒場。

 久しぶりに来ることができたレオンは、エールと焼き魚を楽しんで、なかった。


「それでっ? どうだったんですか? ノービレ新所長」


 そんなに大きくない4人がけのテーブルに、男5人が集っていた。テーブルの上にはそれぞれが頼んだメニューが所狭しと並んでいて、それだけでも圧迫感があるというのに全員がレオンに注目している。


 更に言うと、シルヴァーノが気を使って周囲の音を遮断なんてしたものだから、なおさらだ。


 ひとまずレオンは、余計なことはするなと副班長の膝をテーブル下で蹴って、エールを一口二口と飲んだ。


「痛っ! なんですか、いきなりっ、もごぉっ」

「……班長、ごまかさないでください」


 騒ごうとしたシルヴァーノの口を、アレクの目線を受けた他の班員が塞ぐ。

 とても手慣れていた。

 レオンは焼き魚にフォークを突き刺して肩を竦める。


「誤魔化すも何もないだろ。ただ新しい……その、なんだ。あれ? ノービレって名前だったか?」

「……家名ですよ」

「へぇ?」

「いえ、だから『へぇ』じゃなくて! 私があの後どれだけ心配したと思ってるんですか」

「心配ってお前……食われるわけでもねーのに、大げさだな」


 珍しくアレクの方が騒いでいるが、年齢としてはシルヴァーノよりアレクの方が年下なので、別におかしくはないのかとレオンは思い直した。


「動きやすいかはともかく、前の所長よりはマシだろうな」

 前よりはマシ、というレオンの言葉に、アレクたちはようやく安堵したらしい。ほうっと息を吐き出す。

 と、シルヴァーノがさらに大暴れして班員の手から逃れた。


「ぷはぁっ! ちょ、君たちっ! 最近僕への敬意が減ってない? 扱いひどくなってない? 年長者への敬意欠けてない?」

「……そんなことないですよ」

「あー! 今目線逸らした! ひどい!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぎ出すシルヴァーノに、もはや注目している班員はおらず、笑顔を浮かべながらそれぞれの料理や酒に手を伸ばしていた。

 うぅ、とシルヴァーノはそんな冷たい反応に若干涙ぐみながら、大きな深い皿に入った白い穀物らしきものと、その上に乗った揚げ物をスプーンで食べていた。


 食べながら、ちらっちらっとレオンを見てくる。アレクがレオンに無言で促した。

 レオンは非常に面倒そうな顔で、シルヴァーノに聞く。


「一応聞くが、何だソレ」

「ふふんっ! よくぞ聞いてくれました! これは最近人気が出てきた鬼人族俳優の故郷の料理で、カツドンっていうそうです!

 この白米の上に豚の揚げ物と卵が――」


 機嫌を直して説明しだしたシルヴァーノの言葉を、皆で聞き流す。

 そんなシルヴァーノの背後には、デカデカとした看板に赤い肌の鬼人族のイラストと「あのイケメン俳優の好物、カツ丼登場!?」という文字が書かれてあるのが見えた。

 エールを一口二口飲んだレオンは、顎を撫でる。ざらっとした。


「……やっぱり茶よりエールだな」


 呟くレオンの隣では、シルヴァーノがまだ胸を張ってカツドンについて説明していたが、やはり皆で聞き流した。




――帝国辺境警備隊の事件ファイルNo.5「お茶VSエール」了――




*おまけ「鬼人族俳優」*




「副班長の話はともかく、最近ほんとこの俳優人気ですよね。うちの港でも絵姿ちらほら売られてますよ」

「あー、サイン入り絵姿を落としたから探してくれって来た人見かけたわ」

「って言っても、俺等庶民に俳優はあまり関係ありませんけどね。映像記録なんて高くて見に行けませんよ」

「分かる……前、彼女に言われて値段調べたけど、空見上げたぜ」

「(焼き魚一口)」

「あっ、すみませーん。こっちスレイト鳥の唐揚げとエール追加お願いします」

「――ということで、このカツドンはとても人気になったんですよ!」

「「「ソウナンデスカー、スゴイデスネー」」」

「でしょうっ? ということで、いただきます!(もぐもぐ)」

「(エール一口二口)」

「あっ! ちなみに俳優の名前は『ゴンザブロウ』ですよ、先輩!」

「……そうか」



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