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~事件ファイルNo.3「増えるだけで減らない」~


 増えるだけで減ることがないものとは何か。


 こうとだけ聞かれて浮かべるものは、おそらく人それぞれだろう。

 では、レオンは何を思い浮かべたか。


「……書類、増えてないか?」

 深々としたため息とともにレオンは執務机の上に置かれた書類を見た。持ってきた班員はただ苦笑する。レオンが答えも、その理由も分かった上で聞いていることを、しっかりと理解しているようだ。


「こっちが今までと同じ巡回報告で、こっちが『装置』関連です」

 それでもハッキリと言ったその班員は、シルヴァーノほどじゃなくてもレオンとの付き合いは長い。言うなよ、というレオンの無言の睨みによる抗議に怯むことは、なかった。


 増えるだけで減ることがないもの――仕事。


 日常の業務は何一つ減ることはない。レオンのため息が減ることも、ない。

 がしがしと、硬い髪を掻きむしる。


「しょうがないですよ。古代装置は、結局自分たちが取り締まらないといけない類のものであるのは間違いないですし、本国が集めようとそうじゃなかろうと、市民が知らずに触ったら危なすぎます」

「だから言うなって……お前、最近シルに似てきたぞ」


 レオンが肩をすくめて言うと、班員は「止めてくださいよ、班長」と不気味な話でも聞いたかのように体を震わせた。


 それから二人は顔を見合わせて、笑う。笑うしかない。――仕事が増えたのはレオンたちだけではない。警備隊全体がそうなのだから。


「ま、小隊長よりはマシか」

「ですねぇ……検品作業のマニュアル化押し付けられたみたいですし、他にも新しいシフトとか、保管場所の確保や結界云々、その他諸々の責任増加で、頭を撫で磨きまくってましたよ」


 レオンは哀愁漂う上司の背中を思い浮かべた。


「……今度、酒にでも誘ってみるか」

「そうしてあげてください」


 二人はそれ以上何も言わず、班員は頭を下げて部屋を出ていき、レオンは目線を落とし、書類の山の処理に取り掛かるのだった。




***




 いつもの酒場で、レオンはいつも通りエールと焼き魚を注文する。

 しかし、顎を撫でた時のざらつく感触と、周囲の客層の若干の違いに、レオンは疲労感をにじませる息を吐き出した。窓から見える月は、あまり見慣れない高さにあった。


 そんな彼の目の前にいるシルヴァーノはあの麺パン……ではなく、ころころと小さな四角に切られた肉をフォークでつついていた。横に置かれたグラスには赤ワイン。

 レオンが呆れた顔をした。


「今度は何なんだそれ。食いごたえなさそうだな」

「……サイコロステーキですよ。ほら。最近、サイコロを手にした怪盗物語が流行ってるじゃないですか。あれの影響で生まれた料理で」

「知らねーし、別に知りたくもない」

「食べやすいし口元も汚れにくいって、女性に人気ですよ? 最近のデートではこれが定番だとか」


 フォークに突き刺して「あーん、なんてね」と、なぜデートで人気なのかを説明する部下に、レオンは心底嫌そうに眉も目も口も歪めた上に、鼻まで鳴らした。


「気色悪い声出すな。奢らせるぞ」

「ひどい! 部下に奢らせようとするなんて。僕のほうが安月給なのに!」


 奢らせる、という言葉に強く反発するシルヴァーノ。気色悪い、と評されたことに関しては慣れているのか、聞き流したようだ。

 都合の良い耳だな、とレオンは肩をすくめた。


「だったら出世すりゃいいだろ? 給料増えるぞ」

「先輩がそこにどしっと居座ってるから、僕が上がれないんです~!

 そう言うなら、その席を空けてくださいよ」

「嫌に決まってるだろ、面倒くさい。

 そもそも、人を足蹴りにしたって気にしないやつが何言ってやがる」

「ひどい! 僕だって爪先ほどでも尊敬している相手にそんなことしませんって」

「……お前の方がひどいこと言ってる自覚はあるか?」


 レオンのジト目も、シルヴァーノは「なんのことだか」とサイコロステーキを口に放り込んで躱す。

 そしてそんなレオンの視界に入ったのは、酒場の壁に「本土で流行! 怪盗王子のサイコロステーキ上陸!」というデカデカと書かれた看板だった。

 彼は『怪盗と王子って、一番くっついちゃダメだろ。犯罪者にしたらダメだろ』と内心で思い、妙な脱力感を覚えた。


 もう細かいことは気にしないことにして、一口二口とエールを飲む。

 分からないことは、やっぱり分からないし、そのままでいい。

 これはきっと、深く知ろうとすると、沼に陥るに違いない類のものだ。


「帝国って、なんなんだ」


 それでも『何か』を抑えきれずに、レオンは一言ぼやいた。


「? 先輩、何ですか、いきなり……ポエムでも呟きたくなりました?」

「なるか! お前じゃあるまいし」

「僕だってしませんよ!」


 二人の声が、酒場の喧騒に解けて消えていった。




***




 場を、糸がピンと張られたような空気が支配していた。


 部下の班員が無言でハンドサインを送ってくる。どうやらレオンの指示通り、周囲の包囲は完了したようだ。

 彼もまた声を出さずに頷く。そして改めて対象を見た。何度も頭の中の情報と、目の前の対象を確認する。特徴は――合致する。


「…………」


 レオンは、そっと静かに指を五本立てた。その動きにすら、細心の注意を払っているようで、空気すらほぼ揺らさない。目の前のヤツが強敵であることを、レオンはよく知っていた。気は抜けない。


 呼吸するのにすら気を使いつつ、レオンが立てた五本の指は、一秒ほどごとに減っていく。

 わずか数秒のこと。

 しかし、誰かが唾を飲み込むほどの緊張感が満ちていた。

 指が拳の形になった。


「確保!」

 やや緊張したレオンの声とともに、彼はヤツに飛びかかった。


「にゃあああっ」

 そして1秒後、なんとも愛らしい鳴き声がその場に響いた。

 駆け寄ってきたシルヴァーノが、確保したヤツ――子猫を見つめる。


「えーっと……基本白色。まだ子猫。鼻先はピンク色で、右前足以外に靴下のような茶色い模様……迷い猫のヤーちゃんで間違いなさそうですね」

「そうだな。そうであって欲しいぜ」


 レオンは慣れた様子で班員が持ってきた小動物用のカゴに子猫を入れた。子猫は少し抵抗したが、レオンが軽く頭を撫でると落ち着いて中に入っていった。

 シルヴァーノが感心する。


「相変わらず、動物には好かれますよね」

「他には好かれない、みたいな言い方止めろ。慣れだろ、こんなの」


 呆れつつレオンがカゴを班員に渡す。すると「キシャーッ!」と毛を逆立てる子猫。

 レオンが黙り込む。

 班員は、彼と同じく無言で猫のカゴを差し出し、レオンが渋々カゴを受け取ると子猫は「みゃあ」とまた愛らしく鳴いた。何事もなかったかのように。


 くすくすとシルヴァーノが笑った。そのいかにも「ほらぁ(見たことか)」という顔にイラッとしたレオンは、猫のカゴを揺らさぬように彼の膝を蹴った。

 崩れ落ちるシルヴァーノ。大げさに泣くふりまでしている……いや、本当に涙ぐんでいるので痛いのは本当らしい。


「痛い! ひどい! 暴力反対!」

「ほら、お前等帰るぞー」

「はい、班長」

「ちょっと! 君たちまで僕を無視するなって。僕、副班長なんだけどっ? おーい、聞いてる?」


 そんな騒がしい一団を、街の人達は慣れた様子で笑って見ていた。




――帝国辺境警備隊の事件ファイルNo.3「増えるだけで減らない」了――






*おまけ「怪盗王子」*


(街のあちこちに『怪盗王子』という単語が書かれてある)

「怪盗王子のパン、怪盗王子の卵焼き、怪盗王子のベンチ……これ、話に出てくんのか?」

「何言ってるんですか、班長。あれ、いつものパンですし、いつもの卵焼きですし、ベンチは……表面塗装がそのキャラクターではありますね」

「分かってないですね、二人とも。いつもと同じでも、そう言われたらそんな感じがして特別感を味わえるんですよ」

「……まぁ、経済戦略としては正しいのではないかと思いますよ」

「君、最近ますます班長に似てきてない? 夢がないよ」

「ちょっとシルヴァーノさん! 気色悪いこと言わないでくださいよ」

「お前、シルに似てるって俺が言った時より拒絶反応デカくないか?」

「え? 僕にってどういうことです? 僕に似たくないってこと?」

「さてと。そんなことよりお二人共、早く帰らないといつもの酒場に寄れなくなりますよ(スタスタと足早に歩いていく)」

「おい、待て」「ちょっと待って、もう少し詳しく――」


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