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~事件ファイルNo.2「憧れた現実」~


 子供の頃。

 街を巡回している鎧を着た大人の姿が、格好いいと思った。


 きっかけは……ただそんなことだった。


 レオンはさらさらした顎を撫でながら、回収した箱をじっと見つめる。何の意味があるかもわからない箱を、真剣な顔で検分する――現実は、こんな風に地味な作業が多い。


 そんな地味な作業を、レオンは目つきを鋭くさせて露店主を睨みつけつつ、行っていく。

 彼は……それでも、この仕事を辞めようと思ったことはなかった。


「で? これを売れば報酬がもらえるって?」

「は、はいぃっ」

 怯える店主。

 レオンは顔をしかめたまま、嫌そうに軽く装置を撫でた。

 金属に見えるのに、金属とも木材とも言いかねる不思議な感触がする。彼は気味が悪そうに舌打ちした――これは、『本物』だ。


 持ちたくない。触りたくすらない。

 しかし、それがレオンの仕事だった。レオンは嫌そうにその小さな箱を掴み取り、カゴに入れる。目は、まだまだたくさんある小箱を見つめ、『今夜のエールはお預けだな』と未来の自分の姿を想像して落胆の色を灯す。


「班長」

 周囲の聞き込みをしていた若い人間の警備隊員が、レオンを呼んだ。部下のやや緊張した顔に、レオンは肩を竦める。

 いい報告ではなさそうだ。

 最も、この状態でいい報告とは何か、と聞かれるとレオンは返答に困るのだが。


「……店主の言う通り、腕が金属の男と思われる人物の目撃証言がありました。何人かに声をかけ、装置販売の話を聞かされた、と」

「同じやつか?」

「それはまだ……機械人は顔のパーツ変えられますし、性別も不明です。背格好だけは似てますが」


 ほらな、と部下の報告を聞きながら、レオンはどこか他人事のように胸の中で呟く。


「そうか。他に話を受けたやつは?」

「今のところいないようです」

「分かった。じゃあ、お前も検分に入れ。偽物も混じってる。気をつけろ」

「はいっ」


 と、検品の続きをしていくとシルヴァーノがもう二人の部下を引き連れ、戻ってきた。やや疲れた顔をしている。


「先輩。周辺住民の避難と、念の為結界も張り終えましたよ……どれだけ効果あるかわかりませんが」

「嫌になること付け足すんじゃねえよ。とっとと検品手伝え。終わらねえと徹夜だぞ」


 そうしてレオンたちは、山積みの古代装置らしき小箱に触れて確認していった。

 地味だ。とても地味だ。

 しかし、彼らは不満を口にすることなく――。


「ほんとこれ、面倒極まりないですね。先輩、もっと簡単な検品方法ないんですか?」

「知るか。それこそ古代人か本国に言え」

 否、思い切り文句を言っていた。

 だがいつものことなのか。レオンとシルヴァーノのやり取りに、周囲は苦笑するかスルーして検品作業している。

 

 しかし、硬かった班員たちの表情は、少し柔らかくなった。




***




 古代装置とは何か。答えは簡単。……良く分からない、だ。


 1000年は生きるエルフたちですら、何世代も前の話として語る古代人――本人たちがなんと名乗っていたかは不明――が作ったものと言われている。

 古代人。

 古代に生きた種族の中でも、一際高度な機械技術に『似たもの』を発展させていた種族。機械国家メカノスたちが崇拝している種族のことを、一般的には古代人と呼んでいる。


 云々。

 そんなどうでもいい記述が並んでいるのを、レオンの薄茶色の目が睨んでいた。

 彼が持っている数枚の紙は、本国から送られてきたものだ。古代装置を集める理由、としてその重要性を訴えたいのだろう。


 しかし、それを『念の為』に読んだレオンからすると「関係ない」という感想だった。

 結局コレを読んでも、何一つ分からないのだ。古代人のことも、彼らが作ったとされている装置のことも。


 分からない、という理由を延々と説明しているだけの文章に、レオンは辟易とした顔で読み終えた。仕事じゃなければとうの昔に読むのを止めていたことだろう。


 レオンは書類を机の上に投げ出すと、椅子の背にもたれて目を閉じた。片手で眉間をつまむようにほぐす。

 分からないものを集めろという指示。その分からないものは実際に暴発事故を何度か起こしている。しかし分からないからこそ、誰が触ってしまうかも分からず、結局本国の指示がなくても集めざるを得ないもの。


 怒りのぶつけ先は、そんな分からないものを生み出して分からないうちに滅んだかもしれない名前も分からない種族しかないのだが、分からなさ過ぎてその姿もレオンの中でうまく結びつかず……結局彼は溜息を零した。


 コンコンッ。

 ノックの音がして、レオンが返事をする前にドアが開く。レオンは驚かず、ただ呆れて肩を竦める。


「返事をする前に開けるやつがいるか」

「面倒くさがって返事をしない人の返事を待つほど暇じゃないんです」

 シルヴァーノはしれっとした顔で言い返すと、両腕に抱えた濃い緑色の箱をレオンの机の上――『分からないことの説明書』の上にドシンとおいた。


「……これ、確認してきましたけどたしかに最新技術使ったものですね。頑丈かつ、軽量。質量圧縮も使われてるので、結構大きなものも入れられます」


 説明する彼の声は、いつもの軽口の時よりかすれていた。よく見ると目の下にも薄っすらとクマが見える。

 本国からの保管箱が届いたのは、昨日の夕方だった。朝から港で待機していたシルヴァーノは、そうして今まで保管箱をチェックしていた。行動が荒々しくなるのも仕方ないだろう。


 レオンは「そうか」とだけ頷く。特に感動も失望もしない。ただ、それ以上は報告しなくていいと言っているかのように箱の下から『分からないことの説明書』を取ろうとした。

 その時、シルヴァーノがにこりと笑う。

 笑っているのにどこか迫力のある笑みを浮かべた彼は、箱を上からぐっと押さえつけてレオンの動きを遮った。


「……が、これで古代装置を防げるかは分かりません」


 ハッキリと口にしたシルヴァーノに、レオンは『紙切れ』を取ろうとするのを諦め、「だろうな」と天井を仰いだ。

 良く分からないものを防げるかどうかなど、誰にも分かるわけがない。


 ただ、ないよりは心構え的に楽、というだけのことだ。


「ただまぁ、正直この箱だけで班長の年間給料分はかかってますよ。本国、本気っぽいですね」

「なら、これ売ってみんなで宴会でもした方が士気上がって良いかもな」

「それも一つですね」


 二人は軽口を叩き合いつつも、その目は鋭く光っていた。シルヴァーノの紫の瞳が暗く淀む。


「本国の知り合いに軽く聞いてみましたけど、古代装置や古代人研究専門機関を設立する法案が出されてるとか、古代文字研究している学者を集めているとか、そんな噂があるそうです」

「噂か」

「噂です」


 レオンが舌打ちする。シルヴァーノが嫌そうな顔をして「八つ当たりしないでくださいよ」と唇を尖らせた。


「一応、知り合い……といって良いか分からない錬金術師に手紙は送りました。古代文字の研究をしていたはずなので」

「なんだそれ。知り合いかどうかも分からないのか?」

「しょ、しょうがないじゃないですか! 典型的な人嫌いの天才ってやつなんですよ!

 ただ実力は確かです。帝国アカデミーに『留学』して『最年少』で卒業したくらいですし」


 ほお、とレオンは感心する。しかしシルヴァーノは肩を落とした。


「……期待はしないでください」

 その様子から、『一応』報告したというだけで、シルヴァーノはいい知らせを期待してなさそうだった。

 レオンも肩の力を抜く。


「港の様子は?」

「特に変わりません。が、より詳しい検査をするように班員には指示を出しました。他の班は、知りませんが――本国からは?」

 シルヴァーノの目が、箱の下に敷かれた『紙くず』をちらと見た。


「一定以上の数の古代装置が集まったら連絡したら回収に来てくれるそうだ」

 つまり、ずっと保管し続けないといけない可能性もある、という話だ。


「僕、ちょっと辞めたくなってきました」

「奇遇だな。俺もだ」


 二人はそう言って肩をすくめたが、翌日も制服を着ている自身の姿を思い浮かべていた。




――帝国辺境警備隊の事件ファイルNo.2「憧れた現実」了――






*おまけ「知り合い以下かもしれない錬金術師」*


「しっかし、お前を相手しないってのは正解だと思うぜ」

「失礼な! あいつが相手しないのは僕だけじゃないですから! 教授も相手されてませんでしたし」

「いやそこで胸張るなよ」

「ほんとあのクソ生意気な小僧! っと、失礼しました。クソガキ……あ、ちが。若造……じゃない!

 ああっもう! 先輩のせいで僕まで最近口悪くなってきたじゃないですか!」

「人のせいにすんな。お前の素が出てるだけだろ。……まったく、お前のファンたちにこの姿見せてやりたいぜ」

「ふふん。モテないからって僻みですか? だからいつも言ってるじゃないですか、もっと流行に乗って」

「あー、はいはい。流行に敏感でモテモテなシルヴァーノ様、ステキー」

「止めてくださいよ、気持ち悪い」

「気持ち悪いってお前……(腕を組んで逆の立場で考え)。いや、気持ち悪いな」

「でしょー?」


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