~事件ファイルNo.1「上からの指示」~
誰しも、夢と希望を抱いたことはあるだろう。
そして、そんな夢と希望が自然と崩れていく経験をした者も、少なくないはずだ。
彼はそう思っている。何せ、彼自身がそうだった。
彼、レオン=クロイツは、指先で顎を撫でる。朝に剃ったはずなのに少しザラリとした感覚に、口元を少し歪めた。
「……また古代装置ですか」
なるべく感情を排そうと気をつけながらレオンは口に出した。その中に含まれる苦みに、彼の上司は「分かっている」という顔で肩をすくめた。
「今月に入ってもう3件の暴発事故が起きてるんですよ? それでも集めるんですか?」
「仕方ないだろう。本国からの指示だ。
それに……まだ大きな事故は起きとらんし」
小声で付け足された言葉に、レオンの目がやや鋭く細められた。彼の言いたいことをいち早く察した上司は、前髪をかき上げ……ようとしたが、その手はおでこをつるりと撫でるだけだった。彼は肩を落とす。
「たしかに。これから何が起きるかわからん……だが、だからこそ放置も出来んだろう?
最近は本物だけでなく、偽物を売る輩も増えてきた」
そう口にする上司に、レオンも息を吐き出す。そして無言でがしがしと硬く尖った茶色い髪をかき混ぜた。――上司の目が、どこか羨ましそうに、そんな様子を見た。
「はぁ……分かってます。
それで? 装置の保管箱の件はどうなったんです?」
「っ! ああ! それなら安心しろ。明後日の朝には高速船が届けてくれる。ついでにあの厄介な箱たちも引き取ってくれるぞ」
レオンが話題を変えると、上司はようやく明るい顔になった。レオンも意外そうな顔をしつつ、納得の頷きを見せる。
保管箱もそうだが、厄介な箱――つまり装置も引き取ってくれるというのは、レオンたちからすると嬉しい限りだ。正体不明のものは、さっさと手放したい。
「それは何よりです。……保管箱の信頼度は?」
一瞬緩まった空気は、レオンのその一言でまた重くなった。上司の目がついっと逸らされた。
レオンの頬が引きつる。
上司が大慌てで両手を振る!
「最新の錬金術と結界術が組み合わさったものだ! 頑丈だぞ! それに、倉庫自体にも結界を張る!」
な? な? それでなんとか納得してくれ。
と、懇願するような上司に、レオンは体の横の拳をぎゅっと握りしめ、やがて力を抜いた。
上司が悪いわけじゃない。
レオンは理解している。理解しているから――力を抜くしかないのだ。
***
「だから俺はそこで言ってやったんだ」
「おーい! こっち、エール追加で!」
「今日も疲れたぜ。なのに女房ときたらよ」
「はいはいっ、今行くよー」
ざわつく店内。
決して上品とはいえないが温もりはある空間内では、様々な会話が飛び交って一つの音のように響く。
レオンはそんな音を、なんとなく耳から聞き流しながら焼き魚を食べてエールを一口、二口と飲んだ。その口元は、微かに緩んでいる。味について一切口にはしていないが、彼がそれを気に入っているのは、誰から見ても分かるだろう。
「先輩、ほんとそれ飽きないですよね」
そんなレオンの正面の椅子に座っていた男が、呆れた声を出す。薄紫の長めの髪をさらりと肩に流した彼は、最近本国で流行っているという、パンに麺を挟んだメニューと、果物酒を頼んでいた。
レオンこそ呆れた顔をする。
「お前こそなんだよそれ。なんでパンに麺挟んでんだ」
「いやぁ、これがなかなか美味しいんですよ。毎食コレでもいいくらいです。先輩も食べてみます?」
「結構だ。……まったく。どうせ三日もすれば飽きたとか言い出すくせに」
互いに呆れながらも、それ以上口を挟むことはなく、二人はそれぞれまったく異なる料理と酒を口にする。
薄紫髪の男、シルヴァーノ=アーウェインは、あまり大きな口を開けずにもぐもぐとパンを食べ、飲み込む。
「……それで? あの件は通ったんですか?」
「ああ、一応な?」
白身魚の身をフォークに突き刺して口内に放り込んだレオンの様子に、シルヴァーノは察して苦笑した。そんなシルヴァーノに、レオンがフォークの先を向ける。
「高速船で来るらしい。検品はお前がしろ。俺はああいう類はさっぱりわからん」
肩を竦めるレオンにシルヴァーノは「ちょっ、行儀悪いですよ」とフォークを嫌そうに見た。それから、やや唇を尖らせた。
「また僕ですか? 先輩、面倒なこと僕に押し付けてません?」
「……ほら、魚一欠片やるから」
「いりませんよ!」
ジト目になったシルヴァーノは、やや乱暴に麺パンにかぶりつき、「……やりますよ」と目を逸らして言った。
「やればいいんでしょう? 確かに、先輩がやるより僕がやった方が確実ですし」
「はいはい。お前は凄いよ」
「ちょっと先輩! 褒めるならちゃんと褒めてくださいよ」
騒ぎ出したシルヴァーノに対し、レオンはエールをまた一口二口と飲む。周囲の声を聞き逃すのと同様、シルヴァーノの声もうまく聞き流しているようだ。
「裏――小箱が売られ――」
レオンは魚を一切れ、口に放り込みながら、もう片方の手で軽くテーブルを叩いた。シルヴァーノが眉を微かにぴくりと反応させる。
「……ふぅ。ほんと先輩はひどい人ですよ」
そうして彼は声のトーンを自然と落とし、不貞腐れた顔でパンを食べる。しかし、シルヴァーノの紫紺の瞳は店内を素早く確認していた。
レオンの目が一瞬別のテーブルに向き、シルヴァーノが指を軽く鳴らした。
途端に、不鮮明だった声が明確に聞こえだす。
「あれ、本物だったのかね?」
「最近話題の古代人の遺物ってやつか?」
「本国で集めてるんだろ? 本物なら高く売れるんじゃないか?」
「だったら自分で売ればいいのに、露店で売ってたんだろ? それも裏路地の……絶対怪しいって」
「……かなぁ? でも、材質は確かに見たことない感じしたんだが」
レオンはざらつく顎を撫で、その感触に顔をしかめた。
「相変わらず、お前のその"盗み聞き術"便利だよな」
「言い方!
で、どうするんです?」
シルヴァーノの短い問いかけに、レオンはやや下を向いてガシガシと髪を掻いた。
「ったく……明後日まで待ってくれりゃあいいものを……いや、いっそのことすぐに渡せるのを感謝すべきなのか?」
どうやら警備隊の詰め所倉庫に、さらに危険な箱が追加されそうだった。
見つけて引き渡すまで、暴発しないことを祈るしかない。
――帝国辺境警備隊の事件ファイルNo.1「上からの指示」了――
*おまけ「盗み聞き術」*
「良いですか、先輩っ? この術は、魔法の技術と精霊魔法と結界術も組み合わせた非常に高度な――」
「はいはい。
ひとまず、お前がストーカーで捕まった時は、そういうことかと察しておくよ」
「違いますから! そんな目的で作ったわけではなくて、ちゃんとした理由が……ってか、僕がそんな人間に見えますか?」
「あー……(そっと目をそらす)」
「ひどすぎる!」




