第9話 王都進出と、摩天楼の青写真
シルヴィア率いる『白銀騎士団』との同盟締結から、三ヶ月が経過した。
季節は巡り、アークライト領は劇的な変貌を遂げていた。
「いらっしゃいませ! 『銀月楼』へようこそ!」
「お荷物をお持ちします!」
かつて泥にまみれ、絶望に沈んでいた村は今、活気に満ちた「温泉街」へと生まれ変わっていた。
私が敷設した石畳のメインストリートには、王都や近隣諸国から訪れた貴族たちの馬車が列をなし、土産物屋(元農民が経営し、陸海老せんべいやミスリル細工を売っている)が繁盛している。
騎士団の駐屯により治安は劇的に改善。
魔物は駆逐され、ミスリルの採掘と精製も軌道に乗った。
私の手元には、この三ヶ月で稼ぎ出した莫大な――文字通り、金庫に入りきらないほどの『軍資金』が唸っている。
「……計算終了しました、リアム様。今期の純利益、目標比一二〇〇パーセント達成です」
執務室で、真新しい燕尾服に身を包んだクラウスが、震える手で報告書を差し出した。
「うむ。順調だな。これなら『あれ』を片付けられる」
「はい……! 長年の悲願、ついに……!」
私は椅子から立ち上がり、窓の外、遠く南の空を見据えた。
「行くぞ、クラウス。王都へ。……借金を倍にして返し、ついでにこの国の経済を『買収』しに行く」
◇
数日後。王都『グランド・ロイヤル』。
人口五十万人を誇る大陸最大の都市。石造りの城壁に囲まれ、中心には王城がそびえ立つ繁栄の象徴だ。
だが、私の馬車から降りたシルヴィアは、眉をひそめて鼻をつまんだ。
「……臭いな。それに、道が狭くて汚い」
彼女は今回、休暇という名目で私の護衛を買って出てくれた。私服のドレス姿だが、その身のこなしは隙がない。
「アークライト領の衛生環境に慣れると、王都の不潔さが目につくな。下水道も完備されていないし、道路は馬糞だらけだ」
「全くだ。お前の領地のほうがよほど『文明的』だったぞ」
シルヴィアの言葉に、私は苦笑する。
私の領地は【万能工場】で現代レベルのインフラを整えたからな。だが、ここには「客」と「金」がある。
「さて、まずはゴミ掃除だ」
私たちは大通りを歩き、一際大きな石造りの建物に入った。
看板には『ゴロンディ商会』の文字。
アークライト領を食い物にしていた、諸悪の根源だ。
受付の男が、私を見るなり嘲笑を浮かべた。
「おやあ? これはアークライト家の坊ちゃんではありませんか。期限まではまだ日がありますが、もう泣きつきに来たんですか? 『払えないから待ってくれ』と?」
ロビーにいた他の客や行員たちが、クスクスと笑う。
借金まみれの貧乏貴族。それがここでの私の評価だ。
「支店長を呼べ」
「はあ? 支店長は多忙でしてね。貧乏人の相手をしている暇は――」
「【命令】。呼べ」
私の瞳が蒼く光る。
受付の男はヒッと息を呑み、泡を食って奥へ走っていった。
数分後、不機嫌そうな顔をした恰幅の良い男――支店長が現れた。
「チッ……忙しい時に何だ。利息のジャンプなら受け付けんぞ。担保の領地をさっさと明け渡せ」
「挨拶もなしか。三流だな」
私はクラウスに合図を送る。
クラウスは無言で、持っていた大きな革袋を三つ、カウンターの上にドン、ドン、ドン! と叩きつけた。
「な、なんだ?」
「数えてみろ」
支店長が疑わしそうに袋を開ける。
その瞬間、黄金の輝きがロビー全体を照らした。
「なッ……!? き、金貨!? これ全部!?」
「元金五万枚、プラス利息分だ。耳を揃えて返してやる」
ざわめきが広がる。
この短期間で、没落寸前の貴族がこれほどの大金を用意するなど、常識ではあり得ない。
「ば、馬鹿な……! どこでこんな金を……! まさか犯罪に手を染めたか!?」
「失礼な。真っ当な商売の利益だ。……さあ、借用書と抵当権設定証書を返してもらおうか」
震える手で書類を渡す支店長。
私はそれを受け取り、その場で魔法の炎で焼き捨てた。
これでアークライト領は、名実ともに自由だ。
「さて、用は済んだ。……ああ、そうだ」
私は帰り際、呆然とする支店長に振り返って告げる。
「覚えておけ。今日、お前たちは『最大の上客』を失い……『最悪の競合相手』を生んだとな」
◇
借金を完済し、身軽になった私は、王都の中心街――『中央広場』に立っていた。
ここは王都で最も地価が高く、最も人通りが多い一等地だ。
「リアム、次は何をする気だ? まさか、観光に来たわけではあるまい?」
「買い物だよ、シルヴィア。……あの土地を買う」
私が指差したのは、広場の一角にある、巨大な廃墟だった。
かつては大公爵の屋敷だったらしいが、火災で焼失し、今は黒焦げの柱と瓦礫が残るだけの『幽霊屋敷』と呼ばれている場所だ。
立地は最高だが、撤去費用が莫大すぎて誰も手を出さない不良債権物件。
「は? あんなゴミ捨て場をか? 正気か?」
「ゴミに見えるか? 私には『宝の山』に見える」
私は土地管理局へ向かい、即座に購入手続きを済ませた。
価格は相場の十分の一。捨て値だ。
そしてその日の夕方。
私は廃墟の前に立った。
周囲には「物好きな貴族がゴミを買ったぞ」と野次馬が集まっている。
「クラウス、結界を。シルヴィア、周囲の警戒を頼む」
「承知いたしました」
「まったく、人使いの荒い男だ」
人払いが済んだことを確認し、私は廃墟に向かって両手を広げた。
イメージするのは、前世の記憶にある『銀座のデパート』と、この世界の『王宮』を足して二で割ったような、超豪華商業施設。
「【万能工場】――最大出力。建築モード」
私の体から、かつてないほどの魔力が溢れ出す。
青白い光の奔流が廃墟を飲み込む。
瓦礫が分解され、地中の岩石が精錬され、大気中の水分と塵すらも素材へと変わる。
「おおお!? なんだあれは!?」
「光が……建物が伸びていく!?」
野次馬たちの悲鳴。
光の中で、黒焦げの廃墟は消滅し――代わりに、純白の大理石と透明なガラスで構成された、五階建ての巨大な建築物が姿を現していく。
一階は化粧品と雑貨。
二階は婦人服。
三階は紳士服と武具。
四階は家具と魔道具。
五階は大レストランと催事場。
そして屋上庭園。
この世界には存在しない概念、『百貨店』の誕生だ。
正面玄関には、巨大な金文字で『ARKLIGHT』の看板が掲げられた。
「完成だ……」
光が収まると、そこには夕日に照らされて輝く、白亜の殿堂がそびえ立っていた。
王都の薄汚れた街並みの中で、そこだけが異質なほどの清潔感と高級感を放っている。
「……嘘だろう? これを一瞬で……魔法使いの塔よりも高いぞ」
シルヴィアがポカンと口を開けて見上げている。
私は額の汗を拭い、ニヤリと笑った。
「これが『アークライト王都本店』だ。……さあ、宣戦布告といこうか」
私は建物の最上階を見上げた。
この店で、王都の流行、物流、そして経済のすべてを塗り替える。
既存の商会が束になっても勝てない『圧倒的品質』と『未知の体験』を提供するために。
だが、その騒ぎを、群衆の中から冷ややかに見つめる一人の少女がいた。
豪奢なドレスに身を包み、扇子で口元を隠した金髪の令嬢。
「……アークライト侯爵家の長男。面白い見世物を見せてくれるじゃない」
王家の紋章が入った馬車に乗り込む彼女は、王国第一王女、エレノアだった。
私の快進撃は、ついに王家の中枢をも巻き込もうとしていた。




