第7話 銀月楼の完成と、道路革命
商業都市ゼルドアでの商談を終え、私はアークライト領への帰路についていた。
だが、往路とは決定的に違う点がある。
馬車に積まれているのが、『商品』ではなく『大量の資材』と『金貨』であることだ。
「リアム様、本当に良いのですか? 稼いだ金貨一万枚、そのほとんどを資材購入に充てるなんて……」
御者台の隣で、クラウスが震えている。
彼は「まずは借金の返済を」と主張したが、私は却下した。
借金返済は待てる。だが、機会損失は待ってくれない。
「金は持っているだけでは紙切れだ。循環させ、価値を生む形に変えてこそ意味がある。……見ていろクラウス。この泥だらけの街道が、一瞬で『黄金の道』に変わる」
領地の境界線、先日修復した橋の手前で、私は馬車を止めさせた。
ここから館のある村まで、約十キロの泥道。これが物流を阻害している元凶だ。
「【万能工場】――道路敷設モード起動」
私は馬車を降り、地面に手を触れた。
ゼルドアで購入した大量の「砕石」と「粘着剤(スライムの体液を加工したもの)」、そして現地の土壌をスキャンする。
「混合、圧縮、舗装。……行け!」
ズオオオオオ……!
青白い光の波が、街道に沿って奔流のように走った。
光が通過した直後、ぬかるんだ泥道は水分を強制的に排出され、砕石と結合し、硬くなめらかな『石畳』へと変貌していく。
ただの石畳ではない。継ぎ目を極限まで減らし、馬車の車輪が滑らかに転がるように計算された、高速道路仕様だ。
「な、なんだこれは……道が、生き物のように伸びていく……!」
護衛の冒険者たち(ガロンのギルドから派遣された試験運用部隊)が、開いた口が塞がらないという顔で見ている。
光は地平線の彼方、領主館のある丘まで一直線に伸びた。
「完成だ。これでゼルドアからの移動時間は、半日から一時間に短縮される」
「一時間……!? 馬の負担も激減しますし、これなら雨の日でも……!」
「さあ、凱旋だ。飛ばすぞ」
◇
舗装された道路を爆走し、村に到着すると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
村人たちが総出で道にひれ伏し、拝んでいるのだ。
「奇跡だ! 領主様の魔法だ!」
「泥が消えたぞ! これなら荷車が沈まねぇ!」
私は馬車の上から彼らに声をかける。
「拝む暇があったら働け。……約束通り、給金を持ってきたぞ」
ドン、と金貨の詰まった袋を見せると、歓声が爆発した。
私はその場で、村長とセシリアに指示を飛ばす。
「この金で、まずは全世帯の屋根を直せ。資材は私が用意する。それと、共同井戸のポンプも新型に交換する。……セシリア」
「は、はいっ!」
「君には村の女性たちを集めて、『接客』と『清掃』の教育を頼む。給与は弾む」
「接客……ですか?」
「ああ。客が来るからな。……あそこの山に」
私は北の山――白銀温泉郷を指差した。
◇
数日後。
北の山の中腹、湯煙が立ち上る場所に、異世界には存在し得ない威容を誇る建物が出現していた。
高級温泉旅館『銀月楼』。
私の前世の記憶にある「和」の美意識と、この世界の「洋」の建築様式を融合させた、木造三階建ての巨大な楼閣だ。
檜に似た香木をふんだんに使い、【万能工場】で精密に加工された格子窓や欄間は、王宮の芸術品にも劣らない。
「す、すごいです……! これが、私たちの働く場所……?」
セシリアによって集められた村の娘たち(彼女たちは風呂に入り、支給した新しい制服を着て見違えるほど綺麗になっていた)が、目を輝かせている。
「そうだ。一階は大浴場と食堂。二階は一般客室。そして三階は……貴族専用のVIPスイートだ」
私は最上階のテラスへ案内した。
そこには、専用の露天風呂が設置されている。
眼下にはアークライト領の森と、遠くに広がる雪山が一望できる絶景。
「ここを一泊金貨十枚で貸し出す」
「じゅ、十枚!? 平民の年収ですよ!?」
「高いからこそ売れるんだ。貴族というのは『特別な体験』と『優越感』に金を払う生き物だからな」
私は湯船の縁を撫でた。
手触りは滑らか。お湯の温度も魔導具で完全管理されている。
「セシリア。君はここの『女将』だ。聖女のブランドを使って、客の健康管理と精神的なケアを行え」
「お、女将……。責任重大ですが、リアム様のためなら頑張ります! ……あの、それで、その……」
セシリアがもじもじと頬を染め、上目遣いで私を見た。
「なにか不備でも?」
「いえ、完成記念に……その、一番風呂の『使い心地』を、リアム様ご自身で確かめていただかないと……と思いまして」
彼女の視線が、湯気の中に揺れている。
誘っているのか、天然なのか。
……いや、彼女の瞳にあるのは純粋な忠誠と、少しの独占欲だ。
「……悪くない提案だ。だが、今はまだその時ではない」
私は彼女の顎を指先で持ち上げ、耳元で囁く。
「この領地が完全に復興し、私が皇帝への道を歩み始めた時……その時は、君に背中を流してもらおうか」
「っ! ……はい、待っております……!」
セシリアがとろけるような顔で頷いた、その時だった。
カンカンカンカン!
麓の村から、敵襲を知らせる半鐘の音が響き渡った。
「なんだ?」
ロマンチックな空気は一瞬で霧散した。
私はテラスから身を乗り出し、眼下の街道を凝視する。
私の作ったばかりの舗装道路を、土煙を上げて爆走してくる集団が見えた。
騎馬隊だ。
それも、ただの盗賊やゴロツキではない。
統一された銀色の鎧。風になびく青いマント。
先頭を駆けるのは、白馬に跨った一人の騎士。
「あれは……王国の正規騎士団?」
「リアム様! 旗印が見えます! 『氷狼』の紋章……北の国境を守護する、シルヴィア公爵令嬢の『白銀騎士団』です!」
セシリアが悲鳴交じりに叫んだ。
シルヴィア・フォン・アイゼンガード。
王国有数の武門、アイゼンガード公爵家の長女であり、『戦乙女』の異名を持つ女傑だ。
そして私の記憶が確かなら、彼女はこの地方の治安維持権限を持っている。
「……なるほど。私がガロンと組んでミスリルを流通させたことで、嗅ぎつけられたか」
ミスリルは戦略物資だ。出所不明のミスリルが大量に出回れば、軍部が動くのは当然。
想定内だが、少々早い到着だ。
「リアム様、どうしましょう!? 公爵家相手では、法務大臣の名前も……」
「落ち着け。客が来たなら、もてなすのが流儀だ」
私は服の乱れを直し、冷然と笑った。
「最高級の温泉と料理を用意しておけ。……少々『気性の荒い』客のようだが、骨抜きにしてやるさ」
領地経営の次の壁は、借金取りではなく、国の軍事力。
だが、これは好機だ。
彼女を取り込めば、アークライト領の武力的な後ろ盾は盤石になる。
「行くぞ。お出迎えだ」
私は【飛行】の魔法――ではなく、風魔法を足裏に纏わせて跳躍し、山を一気に駆け下りた。




