第6話 鉄拳制裁と、商会長の逆襲
「へへっ、兄ちゃん。商売繁盛で結構だがなぁ……ここでのショバ代、払ってねぇだろ?」
下卑た笑いを浮かべ、薄汚れた革鎧を着た男たちが屋台を取り囲んだ。
全部で五人。腰には粗末な剣や棍棒をぶら下げている。
客として並んでいた冒険者たちが、面倒事を避けるようにサーッと潮が引くように離れていく。
「ショバ代? ここは広場だ。商業ギルドの管轄外であり、誰でも自由に行商ができるはずだが」
私は鉄板の火を止め、ナプキンで丁寧に手を拭きながら答える。
男の一人、リーダー格の大男が棍棒を手のひらでパンパンと叩いた。
「屁理屈はいいんだよ! 俺たちの邪魔をするなら、この屋台ごとスクラップにしてやるって言ってんだ!」
「……そうか。交渉決裂だな」
私は小さく溜息をついた。
暴力による解決。最も原始的で、非効率な手段だ。
だが、今の私には時間が惜しい。手っ取り早くていいだろう。
「やっちまえ!」
男の号令と共に、二人のチンピラが左右から飛びかかってきた。
一人は剣を抜き、もう一人は拳を振り上げている。素人丸出しの大振りだ。
(遅い)
父、ゲオルグ・アークライトは文官(法務大臣)だが、同時に王国の剣術指南役とも渡り合う武人でもある。「自分の身は自分で守れ」と、幼い頃から徹底的に鍛えられた私の動体視力にとって、彼らの動きは止まって見えた。
私は一歩、最小限の動きで右へ踏み込む。
鼻先を拳が掠める。
その踏み込んだ勢いを利用し、すれ違い様に男の鳩尾へ、硬く握った拳を叩き込む。
「がはっ……!?」
男が白目を剥いて崩れ落ちる。
同時に、私は剣を持ったもう一人の手首を掴み、関節の逆方向へ捻り上げた。
「ぎゃああああ!?」
「刃物を人に向ける時は、刺される覚悟を持つことだ」
私は男の手から落ちた剣を空中でキャッチし、切っ先をリーダー格の喉元へピタリと突きつけた。
ここまで、わずか三秒。
瞬きする間の出来事に、残った三人の男たちは動けずにいた。
「な、なんだテメェ……!? ただの商人じゃねぇのかよ!?」
「商人だとも。だが、自衛権を行使できない経営者は三流だ」
私は剣を放り捨て、指を鳴らした。
「【ウィンド・バレット(風弾)】」
無詠唱で放たれた圧縮空気の塊が、残りの三人の腹部に直撃する。
ドンッ! という衝撃音と共に、彼らは数メートル吹き飛び、ゴミ袋のように地面を転がった。
「あ、ありえねぇ……無詠唱魔法……?」
広場が静まり返る。
だが次の瞬間、どこからともなく衛兵たちの怒号が響いた。
「そこまでだ! 騒乱罪で逮捕する!」
タイミングが良すぎる。
十名ほどの武装した衛兵が、槍を構えて雪崩れ込んできたのだ。
彼らは倒れているチンピラたちには目もくれず、私を取り囲んだ。
「貴様だな、街中で暴力を振るったのは! 署まで来てもらおうか!」
「待て。私は正当防衛を行っただけだ。先に手を出したのは彼らであり、多くの目撃者もいる」
「うるさい! 我々が『お前が暴れた』と判断したんだ! 副ギルド長……いや、上からの命令でな!」
衛兵隊長らしき男が、ニヤリと笑った。
ボグス副ギルド長の差し金か。あまりに短絡的で、腐敗しきっている。
クラウスが青ざめて私の前に飛び出す。
「お、お待ちください! このお方はアークライト侯爵家の……」
「黙れジジイ! 貧乏貴族が偉そうにするな!」
衛兵がクラウスを突き飛ばそうと手を上げた。
瞬間、私の血管に冷たい怒りが走る。
「……私の執事に触れるな」
私は懐から、アークライト家の紋章が刻まれた銀色のバッジを取り出し、衛兵の目の前に突きつけた。
それは単なる家紋ではない。
天秤と剣――『王国法務省』の特級監査官を示すエンブレムだ(父からこっそり借りてきたものだが)。
「王国法第三条、貴族及びその従者に対する不当な拘束、並びに公権力の私的濫用は重罪とみなされる。……衛兵番号104番。君の今の発言は、法務大臣への宣戦布告と受け取っていいのかな?」
「なっ……!?」
衛兵隊長の顔が凍りついた。
田舎の衛兵といえど、この紋章の意味を知らないわけがない。
彼らの雇い主である代官や市長よりも、遥か上に位置する『法』の番人。その直系が目の前にいるのだ。
「ほ、法務省……!? ま、まさか、本物の……?」
「ゴロンディ商会から幾ら貰ったかは知らないが、その小金と引き換えに、国家反逆罪で処刑台に登りたいか? 今すぐに消えろ。二度と私の視界に入るな」
氷点下の声で告げると、衛兵たちはガタガタと震え上がり、脱兎のごとく逃げ出した。倒れていたチンピラたちを引きずって。
広場に再び静寂が戻る。
だが今度は、恐怖ではない。畏怖と、尊敬の眼差しだ。
「……素晴らしい」
パチ、パチ、パチ。
静寂を破る、乾いた拍手の音がした。
人混みを割って現れたのは、隻眼の巨漢だった。
背中には身の丈ほどある大斧を背負い、顔には歴戦の古傷。冒険者ギルドのマスター、ガロンだ。
「腕も立つ、度胸もある、そして頭も切れる。……最近の若い貴族にしちゃあ、骨のある奴だ」
「お褒めに預かり光栄です、ギルドマスター」
「その『陸海老』、俺も食ったが絶品だった。……だが、お前の狙いは小銭稼ぎじゃねぇな?」
ガロンは鋭い瞳で私を射抜いた。
さすがは元Sランク冒険者。本質を見抜いている。
「話がある。俺の部屋に来な。……美味い話なら、乗ってやるぜ?」
◇
冒険者ギルドの奥、マスター室。
私はガロンと対面に座り、クラウスに持ってこさせた木箱をテーブルに置いた。
陸海老の串焼きではない。本命の商品だ。
「単刀直入に言おう。我々アークライト商会は、販路を求めている。既存の商業ギルドは腐っていて話にならない。だから、実力主義のあんたと手を組みたい」
「へっ。俺たちは冒険者の互助組織だぞ? 商売は専門外だ」
「だが、『武器』と『素材』の流通は専門だろう?」
私は木箱の蓋を開けた。
室内のランプの光を反射し、虹色の輝きが溢れ出す。
「……ッ!? こいつは……!」
ガロンが椅子を蹴って立ち上がった。
箱の中に詰め込まれているのは、精錬されたばかりの『ミスリル・インゴット』。
しかも、不純物が極限まで取り除かれた、最高純度の逸品だ。
「ミスリルだ。それも、王都の騎士団が使うような等級のな」
「バカな……こんな純度の高いもん、ドワーフの名工でも月に数個作れるかどうかだぞ。どこで手に入れた?」
「企業秘密だ。言えるのは、これが『安定供給』できるということだけだ」
ガロンが喉を鳴らした。
冒険者にとって、ミスリル製の武器は垂涎の的。命を預ける相棒だ。
もしこれをギルド専売で扱えるとなれば、ゼルドアの冒険者ギルドは国内最強の地位を得るだろう。
そして商業ギルドのボグスたちは、最大の商機を逃したことになる。
「……条件は?」
「三つある。一つ、このミスリルの独占販売権を貴ギルドに与える。二つ、対価は即金払い。そして三つ……」
私はニヤリと笑った。
「アークライト領までの『街道の警備』を、ギルドのクエストとして常時発注してほしい。報酬はこのミスリルで支払う」
これこそが真の狙いだ。
商品があっても、運ぶ道が危険では意味がない。
冒険者たちにミスリルという餌をぶら下げて街道を巡回させれば、魔物も盗賊も寄り付かない『安全地帯』が完成する。
金を使わずに、最強の警備隊を雇う策だ。
ガロンはしばらく呆気にとられていたが、やがて腹を抱えて大笑いした。
「ははははッ! おもしれぇ! 魔物退治のついでにミスリルが貰えるとなりゃ、国中の冒険者がお前の領地に殺到するぞ! ボグスの野郎が青ざめる顔が目に浮かぶわ!」
ガロンは私の前に巨大な手を差し出した。
「乗ったぜ、若造……いや、アークライト会長。契約成立だ!」
「感謝する、ガロン殿」
ガシッ、と熱い握手を交わす。
その瞬間、システムが作動した。
『契約成立。スキル【絶対契約】の発動条件を満たしました』
『対象:冒険者ギルドマスター・ガロン。契約内容の履行を保証します』
私の目に見えないところで、契約書が光り輝く。
これで裏切りはない。
私は、喉から手が出るほど欲しかった『即金』――金貨一万枚相当の小切手を手に入れた。
帰り道。
馬車の中で、クラウスが涙ぐみながら小切手を拝んでいる。
「ああっ……これでお屋敷の修繕も、借金の利息分も払えます……! リアム様、あなたは天才です!」
「まだ利息分だ。元金には届かない。……だが、種銭はできた」
私は窓の外、夕日に染まる商業都市を見つめた。
「帰ったら忙しくなるぞ。温泉施設の建設、道路の舗装、そして……あの『陸海老』を使った、さらなる新商品の開発だ」
私の快進撃は、まだ始まったばかりだ。
だがその頃、王都では私の動向を聞きつけた『ある人物』が動き出そうとしていた。




