第4話 温泉発掘と商会の旗揚げ
巨大イナゴの襲来から三日が過ぎた。
かつて絶望に包まれていた農村は、奇妙な熱気に包まれている。
「おい、こっちだ! でかいのが捕れたぞ!」
「殻を割るなよ! 領主様が『綺麗な状態なら買取額アップ』って言ってたからな!」
村人たちは鍬を網に持ち替え、生き残っていたローカストを狩り尽くしていた。
私のスキル【万能工場】によって加工されたそれらは、外殻は『強化資材』に、身は『高級保存食』へと生まれ変わる。
私はそれを『陸海老』と名付けた。イナゴと言うより聞こえが良いからな。味も悪くない。
「リアム様。……本当に、人は変わるものですね」
村の広場に設置した仮設テントで、聖女セシリアが感嘆の声を漏らす。
彼女は怪我人の治療を終え、今は私の事務作業を手伝ってくれている。
粗末なシスター服の上からでも分かる豊満な肢体と、聖母のような微笑み。村の男たちの視線が彼女に釘付けだが、彼女の瞳は私だけを向いている。
「現金なものだよ。利益が出ると分かれば、人は恐怖さえ克服して動く」
「ふふ。でも、その利益を生み出したのはリアム様です。……あ、お茶を淹れましたわ」
「ありがとう」
差し出されたハーブティーを啜る。
食料問題は解決した。だが、経営者としての私の顔は険しいままだ。
「……ですが、リアム様。これだけ『商品』を作っても、肝心の売り先がございません」
控えていたクラウスが、核心を突く。
現在、村の倉庫には加工済みの『陸海老の燻製』や『甲殻素材』が山積みになっている。
だが、この村で消費する分を除けば、ただの在庫の山だ。
「ああ。金貨に変えなければ意味がない。だが、王都や近隣の商業都市へ売りに行こうにも、この領地の街道は泥沼だ。馬車一台通すのにも苦労する」
これが第二の『壁』だ。
物流網の崩壊。
良い商品を作っても、市場に届かなければ価値はゼロだ。
「道路整備には莫大な予算と時間がかかります。現在の財政状況では……」
「だからこそ、『元手』が必要だ。クラウス、セシリア。少し遠出をするぞ」
「え? どちらへ?」
「北の山だ」
私は窓の外、雪を頂いた険しい山脈を指差した。
◇
アークライト領の北部に位置する岩山地帯。
険しい山道を、私たちは数名の護衛と共に登っていた。
冷たい風が吹き荒れるが、私は寒さを感じていなかった。私の目は、周囲の地形と植生をスキャンすることに集中していたからだ。
(地熱の影響で一部の雪解けが早い。硫黄の匂い。そして、この岩肌の変色……間違いない)
前世の知識と、【万能工場】の解析機能が答えを導き出す。
私はある岩場の前で足を止めた。
「ここだ」
「ここ……ですか? ただの岩壁に見えますが」
息を切らせてついてきたクラウスが首を傾げる。
セシリアも不思議そうに辺りを見回している。
「下がっていろ。【万能工場】――対象範囲指定、掘削」
私が岩壁に手を触れると、青白い光が岩を浸食した。
魔法による爆破ではない。分子レベルでの分解と移動だ。
ズズズ……と音もなく岩が削り取られ、直径一メートルほどの穴が穿たれる。
直後。
プシュウウウウウ――ッ!
猛烈な勢いで、白い湯気が噴き出した。
硫黄の香りが辺りに充満する。
「きゃっ!?」
「こ、これは……熱湯!? いや、温泉ですか!?」
クラウスが叫ぶ。
そう、温泉だ。しかも、成分解析によれば美肌効果と疲労回復効果の高い、極上の重曹泉だ。
「この寒い北国において、熱源はそれだけで価値がある。だが、本命はこっちだ」
私は噴き出した湯の足元、掘削された岩の破片を拾い上げた。
鈍く、しかし虹色に輝く鉱石。
「こ、これは……まさか、『魔銀』ですか!?」
護衛の兵士長が素っ頓狂な声を上げた。
ミスリル。魔導伝導率が高く、武具や魔道具の素材として高値で取引される希少金属だ。
「含有率は低いが、鉱脈があるのは間違いない。……温泉とミスリル。この二つがあれば、この山は『金のなる木』に変わる」
私は鉱石を握りしめ、二人に宣言する。
「ここを一大リゾート地にする。貴族や富裕層向けの温泉保養地だ。そして、その建設過程で出る残土からはミスリルを精製し、当面の運転資金にする」
完璧なプランだ。
観光業と鉱業のハイブリッド経営。
だが、セシリアが不安げに口を開いた。
「素晴らしいです、リアム様! ……でも、こんな山奥まで、貴族の方々が来てくれるでしょうか? 道もありませんし……」
「そう。そこに戻る」
私は山を降り、眼下に広がる荒れ果てた領地を見下ろした。
森、川、泥の街道。
「物流と集客。すべてのボトルネックは『道』だ。だから、我々が最初にやるべき事業は決まった」
私は高らかに告げる。
「本日これより、私は『アークライト商会』を設立する。最初の事業は――土木工事だ」
◇
山を降りたその足で、私は即座に行動を開始した。
場所は、領地の入り口にある大きな川。そこにかかる石橋は、中央で無惨に崩落し、通行止めになっていた。
これのせいで、大型馬車が入れず、物流が滞っていたのだ。
「修理には石工ギルドを呼んでも三ヶ月はかかります。予算も金貨千枚は……」
クラウスが試算するが、私は聞く耳を持たない。
川岸には、先日の狩りで大量に出た『ローカストの外殻』と、山から運んできた『岩石』が積まれている。
「三ヶ月? 三十分で終わらせる」
「は……?」
私は川岸に立ち、両手を広げた。
最大出力。魔力消費は激しいが、ここが正念場だ。デモンストレーション(示威行為)も兼ねている。
「【万能工場】――土木建築モード起動。設計図展開」
脳内に、前世の『PC橋(プレストレスト・コンクリート橋)』の構造を描く。
素材は、ローカストの殻を粉砕して作った『キチン質コンクリート』。通常の石材よりも遥かに軽く、鋼のように硬い新素材だ。
「構築!」
閃光。
川の両岸から、青い光の粒子が伸びる。
それは生き物のように絡み合い、崩れた橋を飲み込み、新たな構造体へと作り変えていく。
見ていた護衛兵や、通りがかった村人たちが、口をあんぐりと開けて固まっている。
セシリアだけが、うっとりとした表情で祈りを捧げている。
「おお、神よ……これは奇跡です……」
「いや、技術だ」
光が収まると、そこには白くなめらかな、美しいアーチを描く巨大な橋がかかっていた。
継ぎ目一つない、完全な一枚岩のような橋だ。
「道は繋がった」
私は額の汗を拭い、クラウスに振り返る。
「これで大型馬車も通れる。クラウス、直ちに『陸海老』と『ミスリルの原石』を積んで、隣の商業都市へ向かえ。アークライト商会の初商い(セールス)だ」
「は、はいっ! 直ちに!」
「それと、セシリア」
「は、はい!」
私は聖女の肩に手を置いた。
「君には『温泉』の成分分析と、効能の保証(お墨付き)を頼みたい。聖女が認めた『奇跡の湯』となれば、貴族たちの食いつきが違う」
「お任せください! 私、リアム様のためなら、看板娘でも何でもやります!」
彼女の忠誠度はすでにマックスに近いな。チョロ……いや、素直で助かる。
資源、商品、物流。
商売に必要な三要素が揃った。
だが、私は知っている。
商売が大きくなればなるほど、それを食い物にしようとする『ハイエナ』たちが寄ってくることを。
(さあ、まずは五万枚の借金をどうにかしないとな)
橋の向こう、王都の方角を見据え、私は冷たく目を細めた。
アークライト商会の快進撃は、ここから始まる。




