第3話 イナゴと聖女と食料革命
翌朝。
私は、リフォームを終えたばかりの快適な執務室で、優雅とは程遠い朝食を摂っていた。
皿に乗っているのは、硬い黒パンと、具のない薄いスープのみ。
「……これが領主の朝食か?」
「申し訳ございません。備蓄庫にあった食材はこれですべてでして……。市場へ買い出しに行こうにも、街自体に食料が出回っていないのです」
給仕をするクラウスが、痛ましげに眉を下げる。
モール男爵が贅沢の限りを尽くしていた反動で、この領地は物理的に飢えていた。金があっても物がなければ買えない。典型的な供給不足だ。
「早急に手を打つ必要があるな。行くぞ、クラウス。現場視察だ」
「はっ。馬車の用意はできております」
◇
領主館を出て三十分。
私は窓の外に広がる光景に、改めて経営者としての怒りを覚えていた。
農村地帯。
本来なら黄金色の麦畑が広がっているはずの季節だが、目の前にあるのは、無惨に食い荒らされた茎と、禿げ上がった大地だけ。
そして、空を覆う黒い影。
「ブブブブブブブ……!」
不快な羽音。
体長三十センチはあろうかという巨大なバッタ――魔物『ジャイアント・ローカスト』の大群だ。
数千、いや数万匹が畑に群がり、残ったわずかな緑を貪り尽くしている。
「ひぃぃ! あっちに行け! 俺たちの麦を返せぇ!」
「やめて! もう食べるものはないのよぉ!」
農民たちが、鍬や棒を振り回して追い払おうとしているが、多勢に無勢だ。
逆に、硬い外殻を持つローカストに体当たりされ、怪我を負う者も出ている。
「衛兵隊、展開。村人を守れ」
「はっ!」
私の命令一下、護衛の兵士たちが散開し、槍でローカストを突き刺していく。
だが、焼け石に水だ。数が多すぎる。
「こりゃあ酷い。完全に生態系バランスが崩壊しているな」
私が馬車から降りると、一人の少女の姿が目に飛び込んできた。
村の広場で、傷ついた農民たちに必死に治癒魔法をかけているシスター服の少女だ。
泥で汚れ、修道服は綻びているが、その美貌は隠せていない。
月光のように輝くプラチナブロンドの髪に、宝石のようなアメジストの瞳。
ただの村娘ではない。立ち居振る舞いに気品がある。
「女神様、どうか……どうかこの子を助けて……!」
少女は青白い顔で、血を流す子供の足に手をかざしている。だが、魔力切れなのか、光は弱々しい。
「……【ヒール】」
私が指先を向けると、魔法陣が展開し、子供の傷が一瞬で塞がった。
父から叩き込まれた基礎教養の一つだ。
「え……?」
少女が驚いて顔を上げ、私を見た。
その瞳に、私の姿――最高級の貴族服を纏った少年――が映る。
「む、無茶です! 貴族様、ここへ来てはいけません! 魔物に襲われます!」
「襲われる? こいつらが私をか?」
私は足元に飛んできたローカストを一匹、無造作に手で掴み取った。
暴れる昆虫の脚。グロテスクな複眼。
普通の人間なら悲鳴を上げるだろう。
だが、私の眼には別の情報が見えていた。
(外殻は硬質キチン質。加工すれば軽量な防具や建材になる。筋肉繊維は豊富。毒性はなし。……なるほど)
前世の知識と、【万能工場】の解析結果がリンクする。
こいつは『害虫』ではない。
向こうから勝手に飛んできてくれる『資源』だ。
「クラウス」
「は、はい。……あの、お手を離された方が……汚れますので」
「村長を呼べ。それと、村にある『大鍋』をすべて広場に集めさせろ」
「……は?」
◇
十分後。
私の指示により、村人たちは呆気にとられながらも、村中の大鍋や樽を広場に集めた。
私は彼らの前に立ち、声を張り上げる。
「私は新領主、リアム・フォン・アークライトだ。これより、この村の『害虫駆除』兼『食料生産』を行う!」
村人たちがざわつく。
シスターの少女もおずおずと進み出た。
「あの……領主様。食料生産とは……?」
「見ていればわかる」
私は衛兵たちが倒した数百匹のローカストの死骸を、山のように積み上げさせた。
村人たちは嫌悪感に顔を歪める。
だが、私にとっては宝の山だ。
「【万能工場】――起動」
青白い光のグリッドが、ローカストの山と、空の大鍋を包み込む。
私の脳内で、生産ラインが構築される。
プロセス1:解体。外殻、脚、内臓を瞬時に分離。
プロセス2:洗浄・殺菌。魔法的な熱処理で寄生虫や雑菌を完全除去。
プロセス3:加工。身の部分をミンチにし、臭み消しのハーブ(道端の野草を解析して投入)と共に練り上げる。
プロセス4:成形。
キュイイイイン……!
光の中で、グロテスクな虫の山が分解され、再構築されていく。
「な、なんだあの光は!?」
「虫が……消えていく?」
そして、光が収束した時。
大鍋の中には、湯気を立てる温かい『スープ』と、香ばしい匂いを放つ『肉団子』が大量に出来上がっていた。
さらに横には、綺麗に磨き上げられた緑色の『板』(外殻を加工した建築素材)が積まれている。
「完成だ。……見た目は悪い虫だが、中身は高タンパクな海老と大差ない。適切に処理すれば、極上の食材になる」
私は鍋から肉団子を一つ串に刺し、口に放り込んだ。
……悪くない。ハーブが効いていて、鶏肉と海老の中間のような味だ。飢えた身体には染みる。
「ど、毒見は私が……ああっ、もう召し上がっている!?」
慌てるクラウスを制し、私は村人たちに向き直る。
「食え。代金はいらん。新領主からの就任祝いだ」
最初は躊躇していた村人たちだったが、空腹には勝てない。
一人の子供がおずおずと肉団子を口にし――、
「……おいしい!」
その一言が合図だった。
村人たちは鍋に殺到し、涙を流しながらスープと肉を貪り始めた。
「ああ、生き返る……!」
「肉だ、久しぶりの肉だぁ!」
その光景を見つめていたシスターの少女が、信じられないものを見る目で私に歩み寄ってきた。
「……あなたは、魔法使い様なのですか? あの恐ろしい魔物を、一瞬で糧に変えてしまうなんて……」
「魔法使いではない。私は『経営者』だよ、シスター」
「ケイエイシャ……?」
「さて、村長」
私はスープを啜る老人――村長を見下ろした。
ここで、私の目的である『契約』を持ちかける。
「腹が満たされたら仕事だ。私はこの『ローカスト』を買い取る」
「えっ? こ、この虫をですか?」
「ああ。一匹につき銅貨一枚だ。村人総出で捕獲しろ。それを私が【万能工場】で加工し、保存食として商品化する」
村長が目を見開いた。
銅貨一枚といえば、子供の小遣い程度だが、何万匹もいるのだ。村にとっては莫大な収入になる。
しかも、害虫がいなくなれば畑も守れる。一石二鳥どころではない。
「ただし、条件がある」
私は懐から契約書を取り出した。
「捕まえたローカストは、全てアークライト商会へ卸すこと。他所への横流しや、数の水増しは許さん。……この条件で『専属契約』を結ぶなら、私は君たちの生活を保障し、復興のための資材も提供しよう」
これは対等な商取引だ。
彼らの労働力を搾取するのではなく、彼らが「ゴミ」だと思っているものに「価値」を与え、正当な対価を支払う。
村長は震える手で私の手を取り、涙ながらに頭を下げた。
「あ、ありがとうございます……! 喜んで、喜んで契約させていただきます!」
契約成立。
村人たちの目に、絶望ではなく『労働への意欲』という光が宿ったのを確認し、私は頷いた。
「素晴らしい手腕ですね……」
隣で、シスターの少女が呟いた。
そのアメジストの瞳は、熱っぽい色で私を見つめている。
「力でねじ伏せるのではなく、利益で導く……。教会では『清貧』こそが美徳と教わりましたが、あなたは『富』で人々を救った。……こんな貴族様は初めて見ました」
「名前を聞いておこう。君は?」
「……セシリアと申します。王都の大神殿から、巡礼の旅に出ていたのですが……行き倒れまして」
セシリア。
やはりか。王都の大聖女候補として名高い、公爵家の分家の娘だ。教会内の派閥争いに嫌気が差して出奔したという噂を聞いたことがある。
まさか私の領地に流れてきていたとは。
(最高の『人材』が転がり込んできたな)
宗教と医療の象徴である彼女を取り込めば、領民の支持率は盤石になる。
私は紳士的な笑みを浮かべ、彼女に手を差し伸べた。
「セシリア嬢。君も見たところ、行く当てがないようだ。どうだ? 我が領地で、その治癒の力を振るってみる気はないか? もちろん、衣食住と身の安全は『契約』で保障する」
彼女は一瞬きょとんとしたが、すぐに花が咲くような笑顔で私の手を取った。
「はいっ! 喜んで、リアム様!」
食糧危機の解決と、聖女の確保。
私の領地経営は、予想以上のスピードで軌道に乗り始めていた。




