第22話 皇帝との祝杯と、魔氷晶の契約
帝都の夜空には、数十年ぶりに鮮明な星空が広がっていた。
私の建設した『クリスタル・タワー』が稼働し続けているおかげだ。
その光景を一望できる皇宮の最上階、皇帝の私室にて。
「……美味いな」
皇帝カイザーは、クリスタル・グラスに注がれた琥珀色の液体を飲み干し、満足げに息を吐いた。
それは私が手土産として持参した、アークライト領特産の『熟成ブランデー』だ。
「お気に召して何よりです、陛下」
「ふん。酒も、技術も、そして度胸も……。貴様、本当に十五歳か? 中身は老獪な古狸ではないのか?」
「人生二度目くらいの経験は積んでいるつもりですよ」
私は肩をすくめて答える。
この部屋には、私とカイザー、そして給仕役のヴィクトリアしかいない。
昼間の威圧的な謁見とは違い、今のカイザーからは憑き物が落ちたような、豪快な武人の空気が漂っていた。
「……正直に言おう、アークライト。余は、この国に行き詰まりを感じていた」
カイザーは窓の外、輝く帝都を見下ろした。
「武力で領土を広げ、鉄と火薬で国を富ませてきた。だが、気づけば民は煤に塗れ、軍部は過去の栄光に胡座をかき、腐敗し始めている。……ヴォルフガングのようにな」
「それで、私という『劇薬』を投入したわけですか」
「そうだ。外からの圧倒的な『力』を見せつけねば、奴らは目を覚まさん。……結果は上々だ。あの頑固な元帥が、貴様の塔を見て膝をついたのだからな」
カイザーは楽しそうに笑い、テーブルの上に一枚の羊皮紙を置いた。
それは、帝国の国章が押された正式な契約書だ。
「約束だ。北方の『魔氷晶』鉱山、その採掘権および輸出権をアークライト商会に独占的に与える。好きに掘るがいい」
「感謝します。……では、対価として」
私も別の羊皮紙を差し出す。
「アークライト商会は、帝国全土に『魔導鉄道網』を整備します。また、クリスタル・タワーの量産型を主要都市に設置し、環境改善に努めましょう」
「うむ。……経済とインフラを貴様に握られるのは癪だが、背に腹は代えられん。互いに利用し尽くそうではないか」
私たちはグラスを合わせ、カチン、と軽快な音を響かせた。
軍事大国と経済覇王。
最強の同盟が成立した瞬間だった。
◇
祝宴の後。
私は皇宮のバルコニーで、夜風に当たっていた。
背後で衣擦れの音がして、ヴィクトリアが現れる。
「……酔い覚まし?」
「ああ。陛下のペースに付き合うのは骨が折れる」
「ふふ、父上にあそこまで酒を飲ませたのは、貴方が初めてよ」
彼女は私の隣に並び、手すりに身を預けた。
月光に照らされたその横顔は、妖艶で、どこか儚げだ。
「リアム。……本当に帰るの?」
「目的は果たしたからな。領地では、私の帰りを待っている仕事が山積みだ」
「……そう」
ヴィクトリアは少し俯き、そして意を決したように私を見上げた。
「ねえ。……わたくしを『留学延長』という名目で、貴方の領地に連れて行ってくれないかしら?」
「ほう? スパイ任務は終わったはずだが?」
「任務じゃないわ。……わたくし自身の意志よ」
彼女は私のネクタイを指で弄びながら、上目遣いで囁く。
「帝国の皇女としてではなく……一人の女として、貴方の側で学びたいの。貴方が創る『未来』を、一番近くで見ていたいのよ。……ダメ?」
これまでの計算高い彼女とは違う、素直な熱を感じる視線。
私は苦笑し、彼女の腰に手を回した。
「……優秀な『秘書』は大歓迎だ。ただし、給料分は働いてもらうぞ?」
「ふふっ、厳しいボスね。……でも、望むところよ」
◇
翌朝。
魔導列車『ブラック・ドラゴン号』は、大量の『魔氷晶』の原石と、新たな仲間を乗せて帝都を出発した。
駅には、カイザー皇帝自らが見送りに来ていた。
「さらばだ、アークライト! 次に会う時は、世界を統一した後かもしれんな!」
「ご冗談を。私はただの商人ですよ」
汽笛一声。
列車は白い蒸気を吐き出し、南へと走り出す。
今回の遠征は大成功だ。
魔氷晶という新たな資源を手に入れ、帝国の脅威を取り除き、巨大な市場を開拓した。
だが。
光あるところには、必ず濃い影が落ちる。
◇
帝都の片隅。
教会の鐘楼の陰から、去りゆく列車を見つめる人影があった。
白い法衣に身を包み、黄金の十字架を下げた男。
西の大国、『聖教国ルミナス』の異端審問官だ。
「……報告通りだ。あのアークライトという男、『神の理』を犯している」
男は憎々しげに呟く。
「空を飛ぶ鉄の船、病を癒やす薬、そして天候すら操る塔……。あれは人が手にしていい力ではない。古代の禁忌、『科学』の臭いがする」
聖教国ルミナスは、魔法を神の奇跡とし、科学技術を「悪魔の技」として忌み嫌う宗教国家だ。
彼らにとって、魔法理論を解明し、誰もが使える技術に変えてしまう私の存在は、教義を揺るがす最大の敵(異端)に他ならない。
「浄化せねばならん。……神の怒りを思い知らせてやる」
男は懐から通信用の水晶を取り出した。
その水晶の中に、歪んだ狂気が渦巻いている。
帝国編は幕を閉じた。
だが、次に私を待ち受けるのは、理屈の通じない『信仰』という名の狂気。
新たな戦いの火蓋は、すでに切って落とされていた。




