第21話 氷の摩天楼と、産業革命のその先へ
皇帝との謁見から数時間後。
私たちに割り当てられた博覧会の展示スペースは、会場の隅にある薄暗い倉庫だった。
「……酷いな。埃まみれだし、メイン通路から一番遠い場所じゃないか」
シルヴィアが蜘蛛の巣を払いながら憤慨する。
明らかに軍部による嫌がらせだ。「お前たちごとき、隅っこで大人しくしていろ」というメッセージだろう。
「構わんよ。むしろ好都合だ」
私は埃っぽい倉庫を一瞥し、踵を返した。
「え? リアム、どこへ行くんだ?」
「こんな閉鎖的なドームの中じゃ、私の技術は披露できない。……場所を変えるぞ」
私が向かったのは、博覧会会場のすぐ裏手に広がる『下層街』だ。
そこは工場からの排煙が直撃するスラムエリアで、咳き込む労働者や、薄汚れた子供たちが密集して暮らしている場所だった。
空気は黄色く淀み、息をするだけで喉が焼けるようだ。
「……ここを買う」
「はぁ!? こんなスラムをか!?」
「ああ。土地代はタダ同然だ。それに……ここが一番『効果』が分かりやすい」
私は土地の権利書(金貨数枚で買えた)を片手に、広場の中央に立った。
周囲には、何事かと集まってきたスラムの住民たちが遠巻きに見ている。
「ルナ、設計図の転送は?」
「完了してます! 冷却ユニット、魔力フィルター、スタンバイOKです!」
「よし。【万能工場】――起動」
私が地面に手を触れると、青白い光がスラムの広場を覆った。
ドーム会場に向けられていた人々の視線が、突如出現した光の柱に釘付けになる。
ズズズズズ……!
地面から競り上がってきたのは、透明度抜群の強化ガラスと、ミスリルのフレームで構成された、高さ百メートルに及ぶ巨大な塔だった。
その頂上には、私が持っていた『魔氷晶』の欠片を核にした、巨大な魔導増幅装置が輝いている。
『アークライト・クリスタル・タワー』。
帝都のド真ん中に、氷の摩天楼が誕生した瞬間だった。
「な、なんだあれは!?」
「きれい……宝石みたい……」
住民たちが呆然と見上げる中、私は塔の起動スイッチを入れた。
「システム・オンライン。……大気浄化フィールド、展開」
ブォン……!
塔の頂上から、目に見えない波動が広がった。
次の瞬間。
――奇跡が起きた。
帝都を百年以上覆い尽くしていた厚いスモッグが、まるで巨大な掃除機に吸われるように塔へと引き寄せられ、濾過されていく。
そして塔の下部からは、清浄でひんやりとした空気が吐き出された。
黄色い空が割れ、そこから眩いばかりの陽光が差し込む。
青空だ。
この街の子供たちが、一度も見たことがなかった本物の空。
「空が……青い?」
「息が……苦しくないぞ!?」
「咳が止まった……!」
広場にいた老婆が、震える手で空を拝んだ。子供たちが歓声を上げて走り回る。
新鮮な空気。ただそれだけで、人々の顔に生気が戻っていく。
「これが私の『商品』だ」
私は塔の前で宣言した。
その声は、拡声魔法を通じて帝都中に響き渡る。
「帝国民よ、聞け! この塔は半径五キロメートルの空気を浄化し、夏は涼しい風を、冬は暖かい風を送る『都市環境制御装置』だ! アークライト商会は、貴方たちに『健康』と『快適』を提供する!」
ワァァァァァァァッ!!
地鳴りのような歓声が上がった。
博覧会会場にいた客たちも、展示品など放り出して外へ飛び出してくる。
最新鋭の戦車よりも、目の前の「青空」の方が遥かに価値があることを、誰もが本能で理解したのだ。
だが、その光景を苦々しく思う者たちがいた。
◇
「おのれ、アークライト……! 勝手な真似を!」
会場の警備本部で、ヴォルフガング元帥が激昂していた。
民衆がアークライトを称賛すればするほど、環境を汚染し続けてきた軍部の顔が潰れる。
「あれは違法建築だ! 直ちに撤去させろ! 戦車隊を出せ!」
◇
数十分後。
クリスタル・タワーの周囲を、帝国の魔導戦車十台が包囲した。
砲塔がこちらに向けられる。
「警告する! 貴様の建築物は帝都の航空法および建築法に違反している! 直ちに機能を停止し、投降せよ! さもなくば破壊する!」
拡声器で元帥が怒鳴る。
住民たちが悲鳴を上げて逃げ惑う――かと思われた。
だが。
「やめろぉぉぉ!」
「この塔を壊すな!」
「俺たちの空を返せぇ!」
スラムの住民たちが、石や空き瓶を持って戦車の前に立ちはだかったのだ。
さらに、博覧会に来ていた貴族や外国の要人たちも、塔を守るように集まってくる。
「アークライト卿の技術は素晴らしい! これを壊すなど野蛮だ!」
「帝国の恥だぞ!」
元帥がたじろぐ。
民衆を、しかも外国の要人が見ている前で轢き殺すわけにはいかない。
「ええい、どけ! 公務執行妨害だぞ!」
膠着状態。
私は塔のテラスから、眼下の元帥を見下ろして笑った。
「どうしました、元帥閣下。自国の民に銃を向けるのが、帝国の『正義』ですか?」
「き、貴様ぁ……! 民を盾にするか!」
「盾になどしていません。彼らは『顧客』として、私のサービスを守ろうとしているだけだ。……支持されていないのは、どちらでしょうね?」
勝負ありだ。
これ以上騒げば、軍部の権威は地に落ちる。
その時だった。
『……やめよ、ヴォルフガング』
空気が震えた。
皇宮のバルコニーから、魔法で増幅された威厳ある声が響く。
皇帝カイザーだ。
『勝負はついた。……民の反応を見れば明らかであろう』
皇帝の声には、怒りではなく、奇妙な満足感が滲んでいた。
『アークライトよ。見事だ。余の帝都を汚していた煤ごと、余の古い考えも払拭したようだな』
戦車隊が砲塔を下げる。
元帥は悔しげに拳を震わせながらも、撤退を命じた。
再び歓声が爆発する。
「リアム様万歳!」
「アークライト商会万歳!」
私は民衆に手を振り返しながら、背後のヴィクトリアに囁いた。
「……これで第一関門突破だ。約束通り、『魔氷晶』の採掘権はいただくぞ」
「……ええ。完敗よ、リアム。貴方、本当に国を盗る気ね?」
ヴィクトリアは呆れつつも、熱っぽい瞳で私を見つめていた。
青空の下、氷の塔はダイヤモンドのように輝き、新たな時代の到来を告げていた。




