第20話 帝都の摩天楼と、謁見の儀
国境を越え、さらに一日。
魔導列車『ブラック・ドラゴン号』は、ついにガレリア帝国の心臓部、帝都ガレリアへと到達した。
「……これが、帝都か」
先頭車両のデッキで、私は眼前に広がる光景に目を細めた。
そこは、煤と蒸気、そして鋼鉄に支配された都市だった。
地平線まで続く工場群からは黒煙が立ち上り、空を灰色に染めている。その中を縫うように、無骨なパイプラインと高層建築が乱立していた。
「技術レベルは高い。蒸気機関の実用化までは進んでいるようだな。だが……」
私は窓枠を指でなぞった。うっすらと黒い粉が付着する。
「環境対策はゼロだ。大気汚染に水質汚濁。……人々は豊かさの代償に、健康を差し出している状態か」
「ええ。呼吸器を患う国民が多いのは事実よ。父上は『強さの代償』だと切り捨てているけれど」
背後でヴィクトリアが沈痛な面持ちで呟く。
軍事力にリソースを全振りした国家の末路。
だが、私にとってはこれ以上ない『商機』の山に見える。空気清浄機、浄水器、そして医療技術。売れるものは山ほどある。
「……見えてきたぞ。あれが会場だ」
帝都の中心、皇宮の隣に建設された巨大なガラスと鉄のドーム。
『帝国万国博覧会』のメイン会場だ。
私は【万能工場】をフル稼働させ、ドームへ直結する最後のレールを敷設しながら、列車を突入させた。
◇
キィィィィィン……!
鋭いブレーキ音と共に、黒鉄の巨体がドーム内部のプラットホーム(私が勝手に作った)に滑り込む。
会場には、帝国の貴族、軍人、そして各国の招待客がひしめき合っていた。
彼らは一様に、唖然として列車を見上げている。
「な、なんだあの乗り物は!?」
「レールの上を走っているのか? 煙も吐かずに!」
プシュゥゥゥ……。
蒸気が排出され、扉が開く。
私はシルヴィアたちを引き連れ、ゆっくりとホームに降り立った。
無数の視線が突き刺さる。敵意、好奇心、そして畏怖。
「ようこそ、アークライト卿。陛下がお待ちだ」
出迎えたのは、近衛騎士団の列だった。
彼らに導かれ、私たちは会場の最奥に設置された『玉座』へと向かう。
そこには、一人の男が座っていた。
巨大な魔獣の毛皮をマントにし、軍服に身を包んだ巨漢。
白髪交じりの髪をオールバックにし、その瞳は猛禽類のように鋭く、見る者すべてを威圧する。
ガレリア帝国皇帝、カイザー・フォン・ガレリア。
大陸最強の軍事国家を一代で築き上げた覇王だ。
「……面を上げよ」
地響きのような低い声。
それだけで、空気が重くなる。
隣のシルヴィアが、プレッシャーで剣の柄を握りしめているのが分かった。ヴィクトリアに至っては、青ざめて震えている。
『覇気』だ。ただそこにいるだけで、弱者の精神を圧し折る王の資質。
だが、私は悠然と顔を上げ、彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「お招きいただき光栄です、皇帝陛下。アークライト商会代表、リアムです」
「ほう……」
カイザーの眉がピクリと動く。
私の瞳に、恐怖の色がないことを見て取ったのだろう。
「余の覇気を受けて立っていられるとはな。ただの商売人ではないようだな」
「商売人にとって、顧客の前で膝を折るのは、契約成立の時だけですので」
会場がざわめいた。皇帝に対して対等な口を利く若造に、周囲の貴族たちが色めき立つ。
だが、カイザーはニヤリと笑った。
「面白い。……単刀直入に言おう、アークライト。あの『列車』、そして貴様の持つ『通信技術』。すべて帝国に献上せよ」
命令だった。交渉ではない。
「さすれば、貴様を帝国の公爵に叙し、莫大な領地を与えよう。ヴィクトリアを妻にくれてやってもいい」
破格の条件だ。一介の侯爵令息が、大国の公爵になれるのだから。
だが、私は首を横に振った。
「お断りします」
「……何?」
玉座の間が凍りついた。
「私は商人です。商品は『売る』ものであり、『奪われる』ものではない。対価なき譲渡は商道に反します」
「対価だと? 地位と名誉、そして女を与えてやると言っているのだぞ?」
「それらは私が自力で手に入れるものです。私が欲しいのは……」
私は懐から、小瓶を取り出した。
中に入っているのは、以前手に入れた『魔氷晶』の欠片だ。
「貴国の北方に眠る、この『魔氷晶』の独占採掘権および輸出権。……これと引き換えなら、鉄道技術を『輸出』しても構いません」
バンッ!!
カイザーが肘掛けを叩き割った。
膨れ上がった殺気が、物理的な風圧となって私を襲う。
「……小僧。余を愚弄するか。たかが氷の石ころ一つで、国家の血脈たる輸送技術を取引できると思っているのか?」
「石ころ? いいえ、陛下。貴方はこれの価値を理解していない。これは武器を冷やすだけの石ではない。……世界を変えるエネルギー源だ」
私は一歩も引かない。
ここで引けば、一生帝国の下請けで終わる。
「私の技術があれば、この石を使って、汚れた帝都の空気を浄化し、食料を無限に保存し、国民の病を減らすことができる。……軍事力で領土を広げる時代は終わりました。これからは『経済』と『技術』で国を富ませる時代です」
「……」
カイザーの瞳が、剣呑な光を放つ。
数秒の沈黙の後、彼は重々しく口を開いた。
「……よかろう。口先だけの男かどうか、試してやる」
彼は立ち上がり、マントを翻した。
「この博覧会の期間中、余を満足させる『結果』を出してみせよ。貴様の技術が、我が帝国の軍事力を上回る価値があると証明できれば……その石ころ、くれてやる」
「もし、できなければ?」
「その時は、貴様の首と技術、すべて没収する」
デッド・オア・アライブの商談成立だ。
私は胸に手を当て、深く一礼した。
「承知いたしました。……後悔なさらぬよう」
◇
謁見が終わった後。
控室に戻った私たちは、大きく息を吐いた。
「はぁぁ……死ぬかと思った……。なんだあの化け物は。人の姿をしたドラゴンか?」
シルヴィアがへたり込む。
ヴィクトリアも顔色が悪い。
「リアム……貴方、本気なの? 父上の軍事力を『経済』で上回るなんて……」
「勝算はあるさ」
私は窓の外、博覧会の会場を見下ろした。
そこには、帝国の自慢である『最新鋭戦車』や『魔導砲』が並んでいる。
だが、それを見る民衆の目は、どこか疲れていた。
「戦争のための技術は、人を殺すことはできても、満たすことはできない。……見せてやろうじゃないか。アークライト商会の『人を幸せにする技術』を」
私はルナとセシリアに振り返る。
「作戦開始だ。……帝都のど真ん中に、あれを建てるぞ」
「あれ、ですか?」
「ああ。帝国の象徴である黒煙を払い、人々に未来を見せる塔……『クリスタル・タワー』をな」
皇帝への挑戦状。
それは、帝都の環境そのものを書き換える、前代未聞の都市改造計画だった。




