表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生侯爵令息の「法と産業」革命 ~法務大臣の父を持つ僕は、腐敗した領地を「万能工場」と「新法」で立て直す~  作者: Nami


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/22

第2話 マイナスからの出発 ~絶対契約と、屋敷の掃除~



「は、離せ! 離せぇぇ! 私は男爵だぞ! 王家任命の代官だぞぉぉぉ!」


 領主館の玄関ホールに、モール男爵の断末魔のような叫び声が木霊こだました。

 だが、その声に応える者はいない。

 かつて彼の命令で動いていた衛兵たちは、いまや無表情な執行者となり、元主人の小太りな体を容赦なく引きずっていく。


「……うるさい男だ。地下牢の防音性は確かだろうな?」

「はっ。地下は石造りで頑丈です。地上の声は届きません」


 答えたのは、衛兵隊長の男だった。

 先ほど【絶対契約】を結んだばかりの彼は、私に対して直立不動で敬礼している。その瞳には、恐怖と畏敬、そして「これで給料がもらえる」という安堵が入り混じっていた。


「よろしい。彼には後日、王都への移送と法的な審判が待っている。死なせない程度に餌を与えておけ」

「御意」


 衛兵たちが去ると、ホールには静寂が訪れた。

 残されたのは、私と執事のクラウス。そして、大階段の下で震え上がっている十数名の使用人たち――メイドや従僕たちだ。

 彼らは一様に顔面蒼白で、まるで死刑宣告を待つ囚人のようにうつむいている。


「リアム様……彼らの処遇はいかがなさいますか? 男爵の手足となっていた者たちです。解雇するのが筋かと」


 クラウスが低い声で囁く。

 確かに、腐敗した組織を再生させる際、旧体制の人間を一掃するのは定石だ。

 だが、私は首を横に振った。


「いや、彼らはただの労働力だ。男爵の命令に逆らえなかっただけの弱者だろう。それに、今ここで全員を解雇すれば、明日からの館の維持に支障が出る。……使える駒は使うさ」


 私は使用人たちを一瞥いちべつし、そのまま大階段を上がった。


「まずは現状把握だ。クラウス、男爵の執務室へ行くぞ。金庫と帳簿を確認する」


          ◇


 二階にある執務室は、悪趣味の博覧会のような部屋だった。

 壁には品のない裸婦画が飾られ、床には毛足の長い絨毯。部屋の隅には、高価そうな酒瓶が乱雑に転がっている。

 その一方で、窓ガラスにはヒビが入り、隙間風が吹き込んでいた。机の脚もガタついている。

 見栄えの良い調度品には金をかけるが、建物の維持管理メンテナンスには無頓着。典型的な破綻者の部屋だ。


「ここが代官の執務室……。なんと嘆かわしい」


 クラウスが顔をしかめながら、部屋の奥にある巨大な金庫へと歩み寄る。

 鍵は、男爵の腰巾着から没収してある。

 重厚な扉が、ギィ、と音を立てて開いた。


「……ッ!?」


 中を覗き込んだクラウスが、息を呑んで絶句した。

 私もその背後から中を見る。


 からだ。


 埃ひとつない、見事な空洞。

 本来なら領地の運営資金や税収が保管されているはずの場所に、金貨一枚、銀貨一枚すら残っていない。


「そ、そんな……。まさか、ここまでとは……」

「想定の範囲内だが、最悪の部類だな」


 私は冷静に、しかし内心では舌打ちをしながら、金庫の奥に放り出されていた数冊のファイルを拾い上げた。

 『裏帳簿』だ。男爵が隠していた、真の財政状況が記されている。

 パラパラとページをめくる。

 私の目は、ある一行に釘付けになった。


『次年度より三年間、ノースランド領の全税収を担保とする』

『債権者:ゴロンディ商会』

『借入額:金貨五万枚』


 金貨五万枚。

 日本円にして約五十億円。

 この何もない辺境の領地が、返せるはずのない莫大な金額だ。


「……ははっ」


 乾いた笑いが漏れた。

 ゼロからのスタートではない。

 マイナス五十億からのスタートだ。


「り、リアム様……これは……」

「男爵の奴、領地の未来を売り払って豪遊していたわけか。ゴロンディ商会といえば、王都でも悪名高い高利貸し兼、闇ギルドの一味だ。法外な利息がついているだろうな」


 これが、私が直面すべき最初の『壁』だ。

 資金がない。それどころか、入ってくるはずの未来の金まで奪われている。

 普通の貴族なら、この時点で絶望して実家に泣きつくだろう。


 だが。


「……燃える展開じゃないか」


 私の瞳に、くらい情熱の火が灯る。

 前世でもそうだった。絶望的なバランスシートを見せられた時ほど、アドレナリンが湧き出したものだ。

 借金があるなら、それ以上の速度で稼げばいい。

 法外な契約があるなら、より高位の『法』でねじ伏せればいい。


「クラウス、使用人たちを大広間に集めろ。全員だ」

「は、はい! しかし、給金を払う当てが……」

「金なら作る。……物理的にな」


 私は意味深に呟き、執務室を出た。


          ◇


 一階の大広間。

 集められた使用人は二十名ほど。料理人、メイド、庭師、厩務員きゅうむいん

 中には、十代半ばとおぼしき可憐なメイドの姿もあった。栗色の髪を震わせ、涙目で私を見上げている。彼女たちに罪はない。


「楽にしていい。私はリアム・フォン・アークライト。今日からこの地の統治者だ」


 私は彼らの前で、先ほどの『雇用契約書』――衛兵たちに使ったものと同じ羊皮紙を広げた。


「単刀直入に言おう。モール男爵は失脚した。アークライト家が直接、この領地を管理する」


 ざわめきが広がる。不安と期待が入り混じった空気。


「君たちには二つの選択肢を与える」

「一。退職金を渡して解雇。ただし、これまでの未払い賃金は、男爵の資産を売却した後に支払うことになるため、いつになるかは保証できない」

「二。私と【再契約】を結び、働き続ける。その場合、未払い賃金は私が個人資産から即時補填し、今後の給与は……これまでの二倍とする」


「「「に、二倍!?」」」


 驚愕の声が上がった。

 この辺境で、給与二倍など夢のような話だ。

 だが、すぐに一人の年配のメイド長がおずおずと手を挙げた。


「あ、あの……旦那様……いえ、リアム様。そのような好条件、信じられません。それに、私たちは男爵様の元で働いていた身……罰せられるのではと……」


「罰などない。君たちは被害者だ。ただし、条件がある」


 私は契約書を指で叩いた。

 魔力を込めると、羊皮紙が淡い黄金色に発光し始める。


「私への『絶対の忠誠』だ。情報を外部に漏らさないこと。私の命令を最優先すること。不正を働かないこと。……この契約書にサインすれば、君たちは私の『所有物』同然となる。裏切りは決して許されない。その代わり、生活と安全は私が完璧に保障する」


 アメとムチ。そして、圧倒的な支配者のオーラ。

 彼らは互いに顔を見合わせ――そして、一人が進み出た。先ほどの栗色の髪のメイドだ。


「わ、私……サインします! 病気の弟がいるんです……薬代が必要なんです!」

「いい判断だ。名前は?」

「マリーです……!」


 彼女が震える手で羽ペンを取り、サインをした瞬間。

 カッ、と契約書が輝き、光の粒子が彼女の胸へと吸い込まれていった。


「あ……体が、熱い……?」

「契約成立だ。これで君は、何があっても私を裏切れなくなった。……クラウス、彼女に金貨二枚を。特別ボーナスだ」

「は、はい!」


 チャリン、と重みのある金貨が手渡されると、マリーは涙を流して崩れ落ちた。

 それを見た他の使用人たちが、我先にと契約書に殺到する。

 数分後。

 私はこの館にいる全人員の、完全なる支配権を手に入れた。


「さて、人事ヒトの問題は片付いた。次は環境モノだ」


 私は再び、二階の執務室へと戻った。

 ボロボロの机。ガタつく椅子。ひび割れた窓。

 これでは仕事にならない。


「クラウス。庭にある廃材……壊れた馬車や、男爵が捨てた古家具をすべて、窓の下に集めさせろ」

「は? 廃材、ですか? 薪にでもなさるおつもりで?」

「いいから集めろ」


 数分後、窓の下には木材や鉄屑の山ができた。

 私は窓を開け、眼下のゴミの山を見下ろす。

 そして、意識を集中させた。


 私のもう一つのユニークスキル。

 前世の知識と、この世界の魔力が融合して生まれた、産業革命の要。


「【万能工場ファクトリー】――起動」


 私の視界が、青白いグリッド線に覆われる。

 脳内に浮かべるのは、前世で愛用していた最高級オフィス家具の設計図イメージ

 素材は、眼下の廃材(木材、鉄、革、布)。


「プロセス開始。……解体、精錬、成形、結合」


 ズズズズズ……!

 庭の廃材の山が、青い光に包まれた。

 クラウスや、庭にいた使用人たちが悲鳴を上げて後ずさる。

 光の中で、ボロボロの木材が一瞬でパルプ状に分解され、不純物が取り除かれ、乾燥され、削り出されていく。錆びた鉄は還元され、美しいボルトやフレームへと変わる。


 魔法ではない。これは『生産』だ。

 超高速で行われる、分子レベルの加工ライン。


出力アウトプット


 光が収束し、ドンッ! という重い音と共に、それが現れた。

 艶やかなマホガニー風の光沢を放つ、機能的かつ重厚な大型デスク。

 人間工学に基づいて設計された、疲れ知らずのワークチェア。

 そして、透明度の高いガラス板と、精巧な収納棚。


 まるで王都の高級店でも見たことがないような、洗練された新品の家具一式が、そこには鎮座していた。


「な、な、なんですかこれはぁぁぁ!?」


 クラウスが絶叫した。いつも冷静な彼が、完全にキャラを崩している。

 私は【万能工場】で作り出したデスクを、衛兵たちに運ばせ、執務室に設置した。

 ガタついていた部屋が、一瞬で『デキる男のオフィス』へと変貌する。


「これが私のスキル【万能工場】だ。素材さえあれば、イメージ通りの『規格品』を大量生産できる」


 私は新しい椅子に深く腰掛け、座り心地を確かめた。完璧だ。

 呆然とするクラウスに、私は不敵に笑いかける。


「金庫は空だが、材料はある。森には木が、山には鉱石があるだろう? このスキルがあれば、ゴミ同然の素材を、王都の貴族が喉から手が出るほどの『商品』に変えられる」


 そう。借金が五十億あろうと関係ない。

 この世界にはない高付加価値商品を、原価ゼロ(現地調達)で量産し、売り捌く。

 それが私の基本戦略だ。


「クラウス。明日は領内の視察だ。……アークライト商会、いよいよ開業だぞ」


 窓の外、厚い雲の隙間から、一筋の光が差し込んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ