第19話 国境の絶対城壁と、税関突破作戦
アークライト領を出発して二日。
魔導列車『ブラック・ドラゴン号・改』は、王国と帝国の国境地帯へ到達していた。
車窓の外は一面の銀世界。吹雪が吹き荒れる極寒の地だ。
キィィィィィン……プシュゥゥゥ……。
列車が減速し、停車する。
目の前にそびえ立つのは、天を突くような黒鉄の城壁だった。
『鉄のカーテン』。
軍事大国ガレリアが誇る、絶対防御ラインだ。
「……でかいな。これだけの鉄量、溶解すれば戦艦が何隻作れるか」
「感心している場合じゃないわよ、リアム。様子がおかしいわ」
隣でヴィクトリアが眉をひそめている。
本来なら、彼女からの連絡を受けてゲートが開いているはずだ。だが、城壁の門は固く閉ざされ、城壁の上には無数の銃口がこちらに向けられている。
「降りて交渉しよう。……シルヴィア、戦闘準備はするなよ。あくまで『商談』だ」
「分かっている。だが、あの殺気だ。タダでは通してくれそうにないぞ」
◇
猛吹雪の中、私、ヴィクトリア、シルヴィアの三人は、城壁の通用門の前へ立った。
出てきたのは、全身を分厚い毛皮と鋼鉄の鎧で固めた、巨漢の守備隊長だった。顔の半分を凍傷の痕と髭が覆っている。
「止まれ! ここより先はガレリア帝国領である! 貴様ら、何者だ!」
「帝国第四皇女、ヴィクトリアです。父上からの招待状を受けて参りました。門を開けなさい、ボルゾフ隊長」
ヴィクトリアが凛とした声で命じる。
だが、隊長ボルゾフは鼻で笑った。
「皇女殿下だと? 笑わせるな! 殿下がこのような得体の知れない『鉄の塊』に乗って来るはずがない! 貴様らは王国のスパイか、偽物であろう!」
「なっ……!? 無礼な! この紋章が見えないの!?」
「偽造など幾らでもできる! 総員、構えッ! 一歩でも動けばハチの巣にするぞ!」
ガチャリ、と一斉に銃が構えられる。
ヴィクトリアが悔しげに唇を噛んだ。
現場の独断か、あるいは彼女の政敵による妨害か。
いずれにせよ、この頑固な隊長は「前例のないもの」を極端に恐れているようだ。
「……やれやれ。頭が固い現場監督というのは、どこの世界にもいるものだ」
私は一歩前に出た。
「下がっていろ、スパイ扱いだぞ!」
「いいえ。……ボルゾフ隊長、でしたか。貴方たちのその顔色を見るに、随分と『過酷な』勤務環境のようですね」
私は彼らの装備と状態を観察した。
鎧の隙間から冷気が入り込み、唇は紫になり、手足は震えている。
彼らの背後にある鍋からは、凍りついたようなスープの残骸が見えた。
「余計なお世話だ! 我々は帝国の精鋭、寒さなど……ぐぅぅ……」
ボルゾフの腹が、雷鳴のように鳴り響いた。
つられて、周囲の兵士たちの腹も合唱を始める。
補給線が細いこの国境で、彼らは万年飢えているのだ。
「寒い、腹が減った、そして不味い飯。……これでは士気も下がります」
「貴様、我らを愚弄するか!」
「いいえ。……差し入れです」
私は【万能工場】を発動し、亜空間倉庫から『段ボール箱』を取り出した。
箱には、私がデザインしたポップなロゴ。
『アークライト印 即席魔導麺』。
「お湯はありますか? なければ、私が用意しましょう」
私は指先から熱魔法を放ち、雪を溶かして沸騰させた。
カップの蓋を開け、お湯を注ぐ。
待つこと三分。
――ふわり。
極寒の空気に、暴力的なまでの芳醇な香りが漂った。
醤油とチキンエキスの凝縮された旨味の匂い。
それが寒風に乗って、兵士たちの鼻腔を直撃する。
「な、なんだこの匂いは……!?」
「美味そうだ……いや、こんな良い匂い、嗅いだことがない……!」
兵士たちの視線が、私の手元のカップに釘付けになる。
私はわざとらしく麺をすすった。
ズズッ……ハフハフ。
「ふぅ。寒い中で食うラーメンは格別だな。……身体の芯から温まる」
ゴクリ。
ボルゾフが唾を飲み込んだ音が聞こえた。
「毒見は済ませました。……どうぞ。皆さんの分もありますよ」
私はクラウスたちに指示し、列車から大量のカップ麺と、もう一つの秘密兵器――『使い捨てカイロ』を配らせた。
「くっ……ど、毒など入っていないだろうな……!」
ボルゾフは疑いつつも、耐えきれずにカップを受け取った。
温かい容器。それだけで手の震えが止まる。
そして一口。
「ッ!?!? ……う、美味いッ!!」
ボルゾフが絶叫した。
「なんだこのスープは! 濃厚なコクと塩気! そしてこの縮れた麺がスープに絡みつく! 冷え切った内臓に、熱が染み渡るようだ……!」
「こっちの『カイロ』ってのもすげぇぞ! 鎧の中に貼るだけでポカポカしやがる!」
「生き返る……! 俺たちは生き返ったぞ!」
堅牢な城壁の前で、屈強な帝国兵たちが涙を流しながら麺をすすっている。
シュールな光景だが、これが現実だ。
衣食住の欲求は、忠誠心よりも強い。
「あ、アークライト殿……! 疑って申し訳なかった!」
スープまで飲み干したボルゾフが、私の手を取って泣いていた。
「こんな素晴らしい糧を生み出す御仁が、悪人のはずがない! それに、この温かさ……これがあれば、我々は冬将軍にも勝てる!」
「ええ。我が商会と国交が開かれれば、これらが定期的に届くようになりますよ」
「なんと! ……総員、開門! 最敬礼でアークライト様をお迎えしろぉぉぉ!!」
ギギギギギ……!
重厚な鉄の門が、ついに開かれた。
ヴィクトリアが、信じられないものを見る目で私を見ている。
「……剣一本抜かずに、最強の国境警備隊を陥落させたわね。貴方、魔法使いよりも詐欺師の才能があるんじゃない?」
「褒め言葉として受け取っておくよ。……さあ、行くぞ。道を敷きながらな」
私は【万能工場】を再起動し、開かれた門の向こうへ線路を伸ばし始めた。
列車が動き出すと、満腹になった兵士たちが帽子を振って見送ってくれる。
「アークライト様ー! また来てくださいー!」
「醤油味多めでお願いしますー!」
こうして私たちは、帝国の第一防衛ラインを『カップ麺』で突破した。
だが、この先に待つのは、食欲だけでは動かせない怪物――皇帝カイザーだ。
商談の本番はこれからだ。




