第18話 皇帝の勅命と、万国博覧会への招待状
学園祭から一週間後。
アークライト領の空は、鉛色の威圧感に覆われていた。
ズズズズズ……。
重苦しい駆動音と共に現れたのは、三隻の巨大な飛行船だった。
鋼鉄の装甲に覆われ、腹部には無数の砲門。側面には、ガレリア帝国の国章である『双頭の鷲』が描かれている。
領民たちが不安げに空を見上げる中、私は領主館のテラスで、その威容を冷静に見上げていた。
「……飛行船か。浮力ガスと魔石エンジンのハイブリッドだな。設計が古い。燃費が悪そうだ」
「リアム、感心している場合か! あれは帝国の最新鋭戦艦『空中要塞』だぞ! 宣戦布告に来たのか!?」
隣でシルヴィアが剣の柄に手をかけている。
だが、攻撃の意思はないようだ。
旗艦から一隻の小型艇が降下し、館の前庭に着陸した。
降りてきたのは、勲章で胸元を埋め尽くした厳つい老将軍と、武装した近衛兵たち。
そして――。
「……ごきげんよう、リアム様」
アークライト・アカデミーの制服ではなく、豪奢な深紅のドレスに身を包んだヴィクトリアが、優雅にカーテシーをした。
その顔は「留学生」ではなく、「帝国第四皇女」のものだ。
「出迎えご苦労。……して、そちらの方は?」
「帝国軍元帥、ヴォルフガング卿ですわ。父上――皇帝陛下からの親書を携えて参りましたの」
ヴォルフガング元帥が一歩進み出る。
私を見下ろす眼差しは、猛獣が獲物を見るそれだ。
「アークライト侯爵令息リアム殿とお見受けする。我が皇帝、カイザー・フォン・ガレリア陛下よりの勅命である!」
彼は羊皮紙を広げ、朗々と読み上げた。
『余が主催する『帝国万国博覧会』への招待状を送る。貴殿が誇る魔導技術、余の目前にて披露せよ。さすれば、貴殿の商会との通商条約を検討してやろう』
言葉は丁寧だが、内容は明白だ。
『帝国に来い。さもなくば、この空の戦力でお前の領地を更地にする』という脅迫である。
「……なるほど。断る権利はないというわけですか」
「フン、聡いな小僧。陛下は貴様の『鉄道』とやらに興味を持たれている。だが、調子に乗るなよ? 帝国の科学力こそが世界一。貴様の技術など、我が国の発展の礎になるだけだ」
元帥は嘲笑し、親書を私に押し付けた。
典型的な大国主義者だ。
だが、私の目は親書の末尾にある、皇帝のサインに釘付けになっていた。
インクではない。サインに使われているのは、微細に砕かれた『魔氷晶』の粉末だ。
(……やはり、帝国はこの資源を持て余している。これだけの純度……交渉次第では、アークライト商会の冷却技術を独占できるぞ)
脅迫? いいや、これは商談の招待状だ。
「承知しました。謹んでお受けします」
「ほう? 怖気づいて逃げ出すかと思ったが……」
「逃げる? まさか。最高の『見本市』に招待されたのです。商機を逃す愚は犯しませんよ」
私は不敵に笑い返した。
元帥の眉がピクリと動く。
◇
その夜。領主館の会議室は紛糾していた。
「反対です! 帝国へ行くなど、虎の口に頭を突っ込むようなものです!」
クラウスが猛反対する。
「リアム、私も反対だ。奴らは必ずお前を軟禁し、技術を吐かせようとするぞ。あの空飛ぶ要塞に囲まれたら、私でも守りきれるか……」
シルヴィアも渋い顔だ。
だが、私は地図の上にチェスの駒を置いた。
「リスクは承知だ。だが、このまま指をくわえていれば、いずれ帝国は武力でこの国を飲み込む。……向こうから呼んでくれた今こそ、懐に入り込むチャンスだ」
「入り込んで、どうするのです?」
「帝国の経済をハッキングする」
私は断言した。
「彼らは軍事力に偏重しすぎている。国民の生活レベルは低いと聞く。そこに我々の『豊かさ』を見せつければ……皇帝の足元から崩せる」
それに、と私は付け加える。
「ヴィクトリアとも『裏取引』は済んでいる。彼女が案内役だ。それに、我々には最強の移動要塞があるじゃないか」
「……まさか、列車で行く気か?」
「ああ。ルナ、改造の進捗は?」
部屋の隅で図面を引いていたルナが、顔を上げた。
「はいっ! 『ブラック・ドラゴン号』の長距離遠征用改修、完了してます! 装甲を二重化し、対空迎撃用の魔法障壁発生装置も積みました。……あと、居住区にはお風呂も付けました!」
「完璧だ」
私は立ち上がった。
「総員、出発準備だ。クラウスは留守を頼む。王都本店と連携し、私が不在の間も経済を回し続けろ」
「……承知いたしました。リアム様、どうかご無事で」
「シルヴィア、セシリア、ルナ。君たちは同行だ。……アークライト商会、初の海外出張だぞ」
◇
出発当日。
アークライト領の中央駅には、改造を終えた魔導列車『ブラック・ドラゴン号・改』が蒸気を上げていた。
黒光りする車体はさらに重厚になり、車両数も増えている。
最後尾には、ヴィクトリアたち帝国使節団を乗せるための特別車両も連結されていた。
「……本当に、この鉄の塊で帝国まで行く気?」
ホームで待っていたヴィクトリアが、呆れたように私を見る。
「ああ。君たちの飛行船より速くて快適だぞ。それに、皇帝陛下も『鉄道を見せろ』と仰ったのだろう?」
「ふふ、いい度胸ね。……でも、帝都に着いたら覚悟なさい。父上は、わたくしよりも数倍、食えない方よ」
彼女は挑発的に微笑み、列車に乗り込んだ。
私はシルヴィアたちを促し、先頭車両へと向かう。
「出発進行!」
汽笛が高らかに鳴り響く。
凄まじいトルクで車輪が回転し、列車は北へ向かって滑り出した。
目指すは大陸最強の軍事大国、ガレリア帝国。
そして、その玉座に座る覇王カイザー。
(待っていろよ、皇帝。お前の自慢の軍事パレードを、私の『商品』で埋め尽くしてやる)
車窓を流れる景色が、徐々に雪深い北国のそれへと変わっていく。
私の胸には、恐怖よりも、これから始まる巨大な商談への高揚感が渦巻いていた。




