第15話 帝国の影と、魔導列車の始動
『魔導通信機』の導入により、アークライト商会の売上は爆発的に伸びていた。
だが、新たな問題――というより、成長痛が発生していた。
「……リアム様。注文が捌ききれません」
王都本店から帰還したクラウスが、悲鳴を上げている。
デスクには、電話で受けた受注伝票が山のように積まれていた。
「王都では『陸海老の缶詰』と『ミスリル製品』が欠品続きです。増産はできていますが、運ぶ手段が……。馬車隊をフル稼働させても、領地から王都まで片道三日はかかります。雨が降れば一週間です」
私は腕組みをして頷いた。
情報の伝達速度が「秒」になったのに、物流の速度が「馬」のままでは、そこが詰まるのは当然だ。
機会損失。経営者として最も嫌いな言葉だ。
「馬車では限界だ。輸送革命を起こす」
「革命……ですか? まさか、空を飛ぶとか?」
「いや。地を這う『鉄の蛇』を作る」
私は一枚の巨大な図面を広げた。
そこに描かれているのは、二本の鉄のレールと、黒鉄の巨体。
「『魔導鉄道』計画だ。領地と王都を二時間で結び、一度に馬車百台分の荷物を運ぶ」
◇
翌日。アークライト・アカデミー。
鉄道建設に必要な測量技術者を育成するため、私は教壇に立っていた。
その教室に、一人の「留学生」が紹介された。
「隣国のガレリア帝国から留学して参りました、ヴィクトリアと申します。アークライト様の先進的な技術を学びたく、参りました」
教壇の下で優雅にカーテシー(膝を折る礼)をしたのは、燃えるような金髪と、宝石のような碧眼を持つ少女だった。
整った顔立ちには知性が滲み、制服の着こなしも完璧だ。
男子生徒たちが色めき立つ。
だが、私の目は誤魔化せない。
(……歩き方に隙がない。指先にはペンだこだけでなく、暗器を扱っていたような微細な痕跡。そして何より、この『猫を被った』視線)
ヴィクトリア。
ガレリア帝国の第四皇女にして、対外諜報機関『黒猫』を統括する姫将軍。
まさか皇族自らが潜入してくるとはな。それほどまでに、私の技術(通信機やミスリル)が脅威ということか。
「歓迎しよう、ヴィクトリア嬢。君のような『優秀な』学生は大歓迎だ」
「光栄ですわ、理事長先生」
彼女はニコリと笑ったが、その瞳の奥は笑っていなかった。
彼女の狙いは、私の技術の奪取、あるいは暗殺か。
面白い。泳がせて、逆に利用してやる。
◇
放課後。
私は鉄道敷設の予定地である、領地南部の森林地帯へ向かった。
護衛のシルヴィアと、測量実習という名目で生徒たちも連れている。もちろん、ヴィクトリアも一緒だ。
目の前に広がるのは、鬱蒼とした原生林。
通称『迷いの森』。強力な魔物が生息し、普通の人間なら足を踏み入れることすら躊躇う魔境だ。
「リアム、本気か? この森を突っ切ってレールを敷くなんて……。開拓だけで何年かかると思っている」
シルヴィアが呆れたように言う。
ヴィクトリアも、興味深そうに私を見ている。
彼女の心の内が読めるようだ。『いくら天才でも、この大自然の障壁は超えられない』と踏んでいるのだろう。
「何年? いや、今日中に道を開ける」
「は?」
私は森の入り口に立ち、右手を掲げた。
【万能工場】、最大出力。
対象範囲、前方直線五十キロメートル。
「見ていろ、留学生諸君。これが『開発』だ」
私の言葉と共に、世界が書き換わった。
ズズズズズズズッ……!!
地鳴りと共に、森が割れた。
いや、木々が青白い光に分解され、その場で『加工』されていく。
巨木は瞬時に乾燥・切断され『枕木』に。
岩石は砕かれ、路盤を固める『バラスト(砕石)』に。
そして土中に眠る鉄分が抽出され、二本の輝く『レール』へと再構築される。
「な、な、な……っ!?」
ヴィクトリアが、淑女の仮面を忘れて絶句した。
無理もない。彼女の目の前で、森がみるみるうちに消滅し、美しい直線を描く鉄道線路が、地平線の彼方まで伸びていくのだから。
これは土木工事ではない。神による地形改変だ。
「破壊と創造は表裏一体。……邪魔な森が、文明の道に変わっただけだ」
十分後。
そこには王都方面へ続く、一直線の線路が完成していた。
「ば、バケモノ……」
ヴィクトリアの呟きが聞こえた。
彼女の顔色は蒼白だ。帝国の軍事力をもってしても不可能な偉業を、たった一人の人間が成し遂げたのだから。
私は彼女に近づき、耳元で囁く。
「どうだね、ヴィクトリア君。我が校の技術力は? ……本国への『レポート』には、正確に書いてくれたまえよ?」
「ッ……!?」
彼女が弾かれたように私を見た。
正体がバレている? 今の言葉は警告?
彼女の瞳が揺れる。
「さあ、次は車両だ。ルナ、エンジンの準備は?」
「はいっ! リアム様の設計通り、大型魔石炉を搭載した『蒸気機関』ならぬ『魔気機関車』、パーツは揃ってます!」
待機していたルナが、巨大な金属部品の山を指差す。
私は再びスキルを発動し、部品を組み上げた。
ガション、ガション、プシュゥゥゥ……!
黒光りする重厚な装甲。巨大な動輪。
魔力を動力源とし、圧縮された魔素蒸気を吐き出す怪物。
魔導機関車『ブラック・ドラゴン号』の誕生だ。
「美しい……。これぞ産業革命の象徴だ」
私は完成した機関車のボディを撫でた。
シルヴィアや生徒たちが歓声を上げて駆け寄る中、ヴィクトリアだけがその場から動けずにいた。
(……報告しなければ。父上(皇帝)に。この男は、帝国の脅威などというレベルではない。放置すれば、世界そのものを手中に収めかねない『魔王』だと……!)
彼女の戦慄を感じ取りながら、私はニヤリと笑った。
恐怖せよ。そして畏怖せよ。
その感情こそが、無益な戦争を避けるための最大の抑止力になる。
「さあ、試運転だ! 全員乗れ! 王都までひとっ走りして、エレノア殿下を驚かせてやるぞ!」
汽笛一声。
魔導列車は、白い蒸気を上げて走り出した。
物流革命の、そして新たな時代の幕開けだ。




