第13話 学園都市構想と、落ちこぼれの天才たち
アークライト領に戻った私は、息つく暇もなく次なる事業に着手していた。
場所は、領主館から少し離れた静かな丘陵地帯。
眼下には、急速に発展する温泉街と、湯煙の彼方に広がる広大な農地が見渡せる。
「ここを『知の拠点』とする」
私は更地の前に立ち、イメージを固める。
前世の大学キャンパスと、この世界の魔法学園の融合。
目指すのは、実学と研究に特化した専門機関だ。
「【万能工場】――アカデミック・モード起動」
青白い光が丘全体を覆う。
地面が隆起し、石材が切り出され、複雑な構造物が組み上がっていく。
数分後。そこには、レンガ造りの校舎、巨大なドーム型の図書館、そして最新鋭の設備を備えた研究棟が出現していた。
「……相変わらず、デタラメな光景だ」
同行していたシルヴィアが、完成した校舎を見上げて呆れたように呟く。
「王都の魔法学園でさえ、建設に五十年かかったと聞くぞ。それを五分で建てるとはな」
「器は作った。だが、重要なのは中身だ」
私は振り返り、クラウスに指示を出した。
「募集要項は配布したな?」
「はい。国中のギルド、孤児院、そして『王立学園を退学になった者たち』へ、手紙を送りました」
募集条件はシンプルだ。
『年齢・身分・性別不問』
『学費無料、寮完備、生活費支給』
『卒業後はアークライト商会への幹部待遇での就職を保証』
この好条件、常識的に考えれば怪しすぎる。
だが、私には確信があった。今の世の中に不満を持ち、正当に評価されていない才能たちが、必ず食いつくと。
◇
一週間後。
開校したばかりの『アークライト・アカデミー』の講堂には、約百名の若者たちが集まっていた。
彼らの身なりは様々だ。ボロボロの服を着た平民、獣人の少年、そして身なりの良い服を着ているが、どこか暗い目をした貴族の子弟たち。
彼らに共通しているのは、社会からの『疎外感』だ。
私は演壇に立ち、彼らを見下ろした。
「ようこそ。私が理事長のリアム・フォン・アークライトだ」
ざわめきが起きる。
今や国中で話題の『時の人』が目の前にいるのだから当然だ。
「単刀直入に言おう。君たちは、世間では『落ちこぼれ』や『役立たず』と呼ばれてきた者たちかもしれない」
数名の生徒が、痛いところを突かれたように俯く。
魔力が少ない、家柄が低い、あるいは興味の対象がマニアックすぎて理解されない。理由は様々だろう。
「だが、ここでは関係ない。私が評価するのは『家柄』でも『魔力量』でもない。『発想』と『実用性』だ」
私は指を鳴らした。
演壇の横に、一台の機械が運び込まれる。
私が【万能工場】で作った『魔導計算機』だ。歯車と魔石で動く、原始的なコンピューターである。だが、わざと一部の回路を外してある。
「入学試験を行う。制限時間は一時間。この機械は現在、故障している。……直せ」
「は? 直せって……見たこともない機械だぞ?」
「構造も分からずにどうやって……」
受験生たちが戸惑う中、私は冷酷に告げる。
「正解など教えられない。未知の事象に対し、観察し、仮説を立て、解決する。それが私が求める人材だ。……始め!」
多くの者が機械の前で立ち尽くす中、一人の小柄な少女が真っ先に飛び出した。
ボサボサの黒髪に、分厚い瓶底眼鏡。服は油汚れで黒ずんでいる。
彼女は食い入るように機械を覗き込み、ブツブツと呟き始めた。
「……魔力伝導率の不均衡。歯車の噛み合わせは正常……ってことは、回路の結線ミス? いや、そもそもこの魔石の配置、美しくないわ……」
彼女は鞄からマイ工具を取り出すと、躊躇なく機械を分解し始めた。
「おい、壊す気か!?」
「いいえ、再構築するの!」
彼女の手際は異常なほど早かった。
私の設計図を無視し、独自の理論で回路を繋ぎ変えていく。
そして三十分後。
「で、できた……!」
彼女がスイッチを押すと、計算機は私の設計以上の速度で起動し、複雑な演算結果を弾き出した。
「……ほう」
私は思わず感嘆の声を漏らした。
直しただけではない。最適化までしてのけたのか。
「名前は?」
「ル、ルナです……! ルナ・ヴェルベット!」
ヴェルベット家。聞いたことがある。代々魔道具職人を輩出してきた男爵家だが、彼女は「魔力操作が下手すぎて魔法が使えない」という理由で勘当されたはずだ。
だが、彼女の指先が持つ精密動作性と、魔導回路への理解力は天才のそれだ。魔法が使えなくても、魔法を使う道具は作れる。
「合格だ、ルナ。……今日から君は、私の『開発室』のチーフエンジニア候補だ」
「え……? わ、私が……? 役立たずの私が……?」
「誰が言った? 君はダイヤの原石だ。私が磨き上げてやる」
ルナの大きな瞳から、ポロポロと涙が溢れ出した。
それを見た他の受験生たちの目にも、火がついた。
こうして、個性豊かな『異端児』たちが選抜された。
計算の天才である商人の三男、植物と会話ができる(と思い込んでいる)薬草オタクのエルフ、絶対音感を持つ吟遊詩人の崩れ。
彼らは皆、私の手足となり、アークライト商会を支える柱となる。
◇
入学試験の後。
私は教員室で、新任の教師たちと顔を合わせていた。
「というわけで、今日からよろしく頼む」
私が紹介したのは、白衣を着たセシリアと、ジャージ(私が作った)を着たシルヴィアだ。
「保健室と倫理学を担当します、セシリアです。生徒たちの心と体のケアは、聖女にお任せください♡ ……もちろん、リアム様のケアが最優先ですけれど」
セシリアが妖艶に微笑む。白衣の下の豊満な胸元が強調されすぎていて、男子生徒には毒かもしれない。
「体育と剣術担当のシルヴィアだ。……おいリアム、なんだこの服は。動きやすいが、身体のラインが出すぎて恥ずかしいぞ」
シルヴィアがジャージの裾を引っ張りながら抗議する。
タイトなスポーツウェアは、彼女の鍛え上げられた肢体――引き締まった太ももや尻の曲線を容赦なく晒している。
「機能美だよ、シルヴィア。生徒たちには『強さ』の象徴として、その姿を見せてやってくれ」
「むぅ……お前がそう言うなら着るが……。ジロジロ見るなよ」
顔を赤くする戦乙女。
この学園、色々な意味で人気が出そうだ。
「さて、人材も揃った。……ルナ、入ってくれ」
私は別室に控えていたルナを呼んだ。
彼女は制服に着替え、少し緊張した面持ちで入ってきた。
「ルナ。君には早速、最初の仕事がある」
「は、はいっ! なんでも修理します! トイレの詰まりでも!」
「違う。……君には、この設計図を完成させてほしい」
私が机に広げたのは、銀行業と通信業を劇的に進化させる、次なる発明品の設計図。
『魔導通信機』。
遠く離れた王都と領地を、声で繋ぐ技術。
これが完成すれば、情報の伝達速度は馬車の数百倍になる。
ルナが設計図を見た瞬間、その目が物理的に輝いた。
「す、すごいです……! 音声の波形を魔力振動に変えて、共鳴石で飛ばすなんて……! これ、本当に作っていいんですか!?」
「ああ。予算は青天井だ。……やってくれるか?」
「やります! 今日から徹夜します!」
頼もしい(そして少し心配な)技術トップが誕生した瞬間だった。




