第12話 金融改革と、紙幣の誕生
食料先物取引による「アークライトの乱(後に歴史家はそう呼んだ)」から数日が経過した。
王都の勢力図は激変していた。
財務大臣ザイス公爵は、暴落した穀物の在庫と、それを買うために借り入れた莫大な借金を抱えて破産。公職を追放され、その派閥は崩壊した。
対して私は、民衆を飢餓から救った英雄として、その名を国中に轟かせていた。
「……これが、ザイス公爵の屋敷か。悪くない立地だ」
私は王都の一等地にある、元財務大臣の豪邸の前に立っていた。
競売にかけられたこの屋敷を、私は底値で買い叩いたのだ。
「リアム様。この屋敷を王都の別邸になさるのですか?」
「いや。ここは『銀行』にする」
「ギンコウ……ですか?」
隣に控えるクラウスが首を傾げる。
この世界には、金貸しや両替商はあっても、近代的な『銀行』というシステムは存在しない。
「ああ。今回の騒動で痛感したよ。金貨は重すぎる」
私は懐から一枚の金貨を取り出し、指で弾いた。
デパートの売上は、毎日馬車数台分の金貨となる。その輸送には護衛が必要だし、保管にもコストがかかる。何より、決済のスピードが遅い。
「経済の血流を加速させるには、より軽い媒体が必要だ。……紙切れとかな」
◇
数日後。改装を終えた旧公爵邸――『アークライト銀行・王都本店』の応接室に、第一王女エレノアを招いていた。
「……貴方、本気なの? 『紙』を金貨の代わりに流通させるなんて」
エレノアは、私が差し出した一枚の長方形の紙を、信じられないものを見る目で眺めている。
最高級の羊皮紙に、複雑な幾何学模様とアークライト家の紋章、そして『金貨百枚相当』という文字が印刷されたものだ。
「正気とは思えませんわ。誰がこんな紙切れを信用するのです?」
「信用させるのです。王家と、私の『契約』の力で」
私は紙幣の仕組みを解説した。
この紙幣は、アークライト銀行に持ち込めば、いつでも同額の金貨と交換できる『兌換紙幣』であること。
そして、最も重要なのが偽造防止技術だ。
「この紙幣には、私のスキル【絶対契約】による特殊な魔力刻印が施されています。複製しようとすれば、紙自体が燃え尽きる。偽造は物理的に不可能です」
「なるほど……。絶対的な安全性が保証された手形、というわけね」
「ええ。そして殿下にお願いしたいのは、この紙幣での『納税』を許可していただきたいのです」
エレノアが息を呑んだ。
国が税金の支払い手段として認めれば、その紙幣は国定通貨と同等の信用を得る。
「……相変わらず、恐ろしい男ね。わたくしを共犯者にする気?」
「共犯者ではありません。共同経営者です。……この銀行システムが普及すれば、国は金貨の鋳造コストから解放され、経済活動は現在の数倍に加速します。当然、税収も」
「……いいでしょう。許可します。その代わり、わたくしの肖像画を紙幣に入れなさい。一番高額な紙幣にね」
ちゃっかりしている。だが、王女の肖像が入れば信用度はさらに増す。
交渉成立だ。
◇
翌日、『アークライト銀行』が正式に開業した。
最初は半信半疑だった市民たちも、私が仕掛けたあるキャンペーンによって、雪崩を打って口座開設に押し寄せた。
『預金金利・年5%』
家に現金を置いておいても増えないが、アークライト銀行に預ければ、勝手に増える。
この世界初の概念は、金に聡い商人たちを狂喜させた。
「預けるだけで金が増えるだって!?」
「アークライト様の銀行なら安心だ! 家に置いておいて盗賊に入られるよりいい!」
窓口には長蛇の列ができ、私の金庫には、運用しきれないほどの莫大な現金(預金)が集まった。
私はその資金を元手に、さらなる事業拡大――領地への投資を行う。
◇
銀行の執務室。
集まった資金の運用計画を練っていた私の元に、シルヴィアがやってきた。
「リアム、また新しいことを始めたようだな。街中、あのお札の話で持ちきりだぞ」
「ああ。おかげで忙しすぎて、人手が足りないよ」
私は山積みの書類を見ながら嘆息した。
金はある。事業計画もある。
だが、それを実行する『人材』が圧倒的に不足しているのだ。
銀行員、デパートの管理職、工場の技術者。読み書き計算ができ、私の理論を理解できる人間がいない。
「……教育が必要だな」
「教育?」
「ああ。アークライト領に戻って、学校を作る」
私はペンを置き、立ち上がった。
「職業訓練校ではない。高度な専門知識を持った官僚や技術者を育てる、最高学府だ。……『アークライト・アカデミー』。それを設立する」
「お前……商売の次は学校経営か? どこまで手を広げる気だ」
「国の礎は人だ。私が皇帝になる頃には、私の手足となって動く優秀な部下が数千人は必要になる。今から育てておかないとな」
私は窓の外を見つめる。
経済を支配した次は、知(教育)を支配する。
「それに……学校があれば、優秀な『原石』も見つけやすくなる」
私の脳裏には、まだ見ぬ優秀な人材たち――未来の側近や、あるいは新たな妻候補たちの姿が浮かんでいた。
「帰るぞ、シルヴィア。次は『学園都市』計画の始動だ」




