第10話 デパート開店と、王女の御来店
王都の朝霧が晴れる頃、中央広場は異様な熱気に包まれていた。
一夜にして出現した白亜の巨塔。
『アークライト王都本店』。
その巨大なガラス扉の前には、噂を聞きつけた貴族たちの馬車が長蛇の列を作っていた。
「開店一時間前ですが、すでに三百組が並んでいます」
「予想以上だな。入場制限をかける必要があるかもしれん」
最上階のテラスから眼下を見下ろしながら、私はクラウスに指示を出す。
今日の私は、王都の流行最先端を行く仕立ての良いスーツ(前世のデザインを再現したもの)を纏っている。
隣には、護衛役として借り出されたシルヴィアがいるが、彼女は不満げに頬を膨らませていた。
「おいリアム。私は騎士団長だぞ? なんでこんな『店番』をやらされなきゃならんのだ」
「『白銀騎士団』の紋章があるだけで、不逞の輩への抑止力になるんだ。……報酬は、新作の『ミスリル製・軽量戦術鎧』一式でどうだ?」
「……くっ、背に腹は代えられん。不審者は私が叩き斬ってやるから安心しろ」
チョロい。
私は懐中時計を確認し、全館放送のマイク――魔石スピーカーのスイッチを入れた。
「アークライト商会、総員配置につけ。……これより、王都の『常識』を書き換える。オープン!」
◇
午前十時。開店。
重厚なガラス扉が開かれた瞬間、悲鳴のような歓声と共に、着飾った貴婦人たちが雪崩れ込んできた。
「いらっしゃいませ!」
厳選された美男美女の店員たちが、深々と頭を下げる。
客たちが最初に足を踏み入れた一階フロア。そこで彼女たちを待ち受けていたのは、衝撃的な光景だった。
「きゃああっ!? な、なによこれ!?」
「私が……映っている? なんて鮮明な……!」
フロアの壁一面に配置された『巨大な姿見』。
この世界の鏡は、磨いた銀や銅が主流で、像がぼやけるのが当たり前だった。
だが、私が【万能工場】で製造したのは、不純物ゼロのガラスに銀メッキを施した、現代品質の『鏡』だ。毛穴の一つまで見えるその解像度に、貴婦人たちは釘付けになった。
「嫌だわ、私、こんなに小じわが……!」
「見て! ドレスの色がこんなにはっきり!」
パニック寸前の彼女たちに、店員がすかさず商品を差し出す。
「奥様。その鏡に映るご自身を、より美しく輝かせるのが、こちらの『白銀水』でございます」
アークライト領の温泉水をベースに、美肌成分を濃縮した化粧水。サンプルを手の甲に塗った夫人が、目を見開いた。
「す、すごい……! 肌に吸い込まれていくわ! しっとりとして、まるで少女のような……!」
「おいくらなの!? 全部頂戴!」
一階だけで、すでに既存の商会の月商を超えただろう。
だが、私の仕掛けた革命は、美容だけではない。
エスカレーター(風魔法とベルトコンベアを組み合わせた自動階段)に乗って上の階へ進んだ客たちは、さらなる未知の文明に遭遇し、理性を失いつつあった。
二階:婦人服フロア――『束縛からの解放』
「嘘……! コルセットがないのに、こんなにスタイルが良く見えるなんて!」
「それにこの『チャック』という留め具、革命よ! 侍女の手を借りなくても、私一人でドレスが着られるわ!」
貴婦人たちが奪い合っているのは、形状記憶素材(スライム繊維の加工品)を用いたドレスだ。
呼吸困難になるほど締め付けるコルセットを廃止し、体のラインを美しく見せる立体裁断と、伸縮性のある『ブラジャー』などの機能性下着を導入。
さらに、従来の紐編み上げ式に代わり、私が開発した『ファスナー』を採用したことで、着替えの時間は十分の一に短縮された。
「美しさ」と「快適さ」の両立。それは貴族女性たちにとって、麻薬的な魅力を放っていた。
四階:魔道具・生活雑貨フロア――『家事革命』
「あ、温かい風が出るわ!? これなら濡れた髪もすぐに乾くじゃない!」
「こちらの『魔導冷蔵庫』をご覧ください。氷魔法石の冷気を循環させ、食材を数週間新鮮なまま保存できます」
ここでは『ドライヤー』と『冷蔵庫』が飛ぶように売れていた。
従来の魔道具は「火を出す」「水を出す」だけの単純なものだったが、私が設計したのは「風量調整機能付きドライヤー」や「温度管理機能付き冷蔵庫」。
実用性を重視する主婦やメイドたちが、目の色を変えて契約書にサインしている。
地下一階:食品フロア――『未知なる甘味』
そして、最も人口密度が高いのが地下だ。甘い香りが充満するフロアで、人々は黄色くプルプルとした物体に釘付けになっていた。
「なんだこの『プリン』という食べ物は!? 口に入れた瞬間、消えたぞ!?」
「こっちの『マヨネーズ』とかいう調味料、野菜につけるだけでご馳走じゃないか!」
「『ショートケーキ』の在庫を出して! あるだけ全部よ!」
領地の牧場で採れた新鮮な卵と牛乳、そして精製された砂糖。それらを【万能工場】で完璧な温度管理のもと加工したスイーツの数々。
硬い黒パンと、塩辛い干し肉が常食だったこの世界の人々にとって、それは脳髄を直接揺さぶる「暴力的な美味」だった。
「ふふ、予想通りだ」
モニター越しに、客たちがプリンを食べて幸福のあまり涙を流す姿を見ながら、私は満足げに頷く。
衣食住、すべてのジャンルにおいて、アークライト商会は既存の文明レベルを過去のものにしたのだ。
「ふふ、順調ですね。……おや?」
モニターを見ていた私は、ある一台の馬車に目を留めた。
王家の紋章が入った、漆黒の馬車。
裏口のVIP専用ゲートに静かに横付けされたそれに、私は口角を上げる。
「来たか。……シルヴィア、迎えに行くぞ。本日のメインゲストだ」
◇
五階、VIP専用サロン。
最高級のソファに腰掛けているのは、プラチナブロンドの髪を優雅に巻き上げ、扇子で口元を隠した少女だった。
一見すると十代後半の可憐な令嬢だが、その双眸には、老獪な政治家すら射すくめるほどの知性と冷徹さが宿っている。
第一王女、エレノア・フォン・グラン・キングダム。
病弱な国王に代わり、実質的に国政を取り仕切る『鉄の王女』だ。
「お初にお目にかかります、エレノア殿下。本日はお忍びでのご来店、光栄の極みです」
私が恭しく一礼すると、彼女はパチリと扇子を閉じた。
「……挨拶は不要よ、リアム・アークライト。貴方、随分と派手なことをしてくれたわね」
鈴を転がすような、しかし芯のある声。
「王都の一等地を買い占め、一夜にして城のような店舗を建て、あまつさえ国境警備の騎士団長を売り子に使う……。謀反の疑いをかけられてもおかしくなくてよ?」
隣に控えるシルヴィアが「うっ」と呻いて視線を逸らす。
王女の言葉は脅しではない。事実確認だ。私が「力」を持ちすぎたことへの牽制。
私は動じず、ティーカップを差し出した。
「謀反など滅相もない。私はただの『商人』です。……争いはコストがかかるだけで利益を生まない。私が求めているのは、この国の経済的な発展と、その果実だけです」
「経済的な発展、ね。……貴方の店が既存の商会を潰せば、失業者が溢れて混乱が起きるのではなくて?」
「逆です。古い産業が淘汰され、より高度な産業が生まれる。私は雇用も創出しますし、何より……」
私はテーブルの上に、一枚の羊皮紙を滑らせた。
アークライト商会の『納税予定額』が記された試算表だ。
「ッ……!?」
エレノアが目を見開いた。
そこに書かれた数字は、王国の年間予算の数パーセントに匹敵する額だった。
「これだけの税金を、一商会が納めるというの?」
「ええ。私が儲ければ儲けるほど、国庫も潤う。……殿下が頭を悩ませている『軍事予算の不足』も、『貧民街の対策費』も、すべて解決できます」
沈黙。
エレノアは計算している。私を排除するリスクと、私を利用するメリットを。
やがて、彼女は艶然と微笑んだ。
「……面白いわ。気に入った。貴方を『危険因子』ではなく『金蔓』として飼ってあげる」
「光栄です」
「ただし、条件があるわ」
彼女は立ち上がり、私の目前まで歩み寄った。
甘い香水の香り。
彼女は私のネクタイを指先で弄びながら、上目遣いで囁く。
「わたくしを……この店の『共同経営者』にしなさい。王家の名前を貸してあげるわ。その代わり、利益の三割と……貴方の『忠誠』をいただきましょう」
王室御用達の称号。
これがあれば、もはや誰もアークライト商会に手を出せない。最強の免罪符だ。
だが、利益の三割とは大きく出たな。
「二割でいかがでしょう。その代わり……殿下専用の特別商品を、毎月献上いたします」
「特別商品?」
「ええ。例えば……肌の老化を十年遅らせる美容液や、先ほど二階で話題になっていた、ドレスを美しく着こなすための『極上の下着』など」
エレノアの顔が一瞬で紅潮した。
彼女も年頃の女性だ。先ほど来店した際、二階の革命的な下着が気になっていたに違いない。
「じゅ、十年!? それに下着……! ……そ、それなら二割で手を打ってあげるわ! 契約成立よ!」
チョロ……いや、決断が早くて助かる。
私たちは握手を交わした。
【絶対契約】が発動し、私は王家という最強の後ろ盾を手に入れた。
◇
その夜。
閉店後の店内で、私は売上集計を見ていた。
一日で金貨三万枚。
笑いが止まらない数字だ。
「リアム様、大成功ですね! これで王都での地位も盤石です!」
クラウスが涙を流して喜んでいる。
だが、私の視線はすでに次に向いていた。
「ああ。だが、これはまだ第一歩だ。王女を巻き込んだ以上、次は『政治』の波が押し寄せてくる。……それに」
私は窓の外、王都の貴族街を見つめた。
「私の成功を妬み、足を引っ張ろうとする『古狸』たちが動き出す頃だ。……徹底的に叩き潰す準備をしておくぞ」
アークライト商会の快進撃は、王都の闇を照らし出し、そして新たな火種を生もうとしていた。




