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彼女の隣に立つ覚悟

作者: 河谷 奈佳。
掲載日:2026/01/02

ゆるゆる設定のゆるーいお話です。

「ルミネス、今回は本当に助かった」

「私からも感謝をお伝えしますわ。フェリクス殿下を助けてくださり、ありがとうございます」


我が国の第一王子であるフェリクス殿下とその婚約者である公爵令嬢のエラルダ様の言葉に、僕は何とも言えない愛想笑いを返す。


「まさか聖女クララが私の妃の座を狙ってあのようなことを企てていたとは・・・ルミネスがいなければ、私はエラルダとの婚約を破棄して彼女を婚約者としているところだった」

「私も殿下の変化に気が付くことができす、ただ嫉妬していた自分が恥ずかしいですわ・・・」

「聖女の魔法は特殊だ。君が気に病むことはない。それよりも、1年間も君を苦しめてしまった・・・本当に申し訳ない」


その言葉通り、眉間に皺を寄せ苦しそうな顔をするフェリクス殿下に、エラルダ様は瞳に涙を溜めてゆっくりと首を横に振った。

そして、僕はフェリクス殿下の言葉にズキッと痛みが走り胸のあたりをさする。


「殿下が気に病むことではありませんわ。殿下はクララ様の魔法の一番の被害者ですもの・・・当時は確かに苦しかったですが、今は殿下が無事に戻ってきてくださってほっとしています」


泣くのをこらえ笑顔を見せるエラルダ様にフェリクス殿下の眉間にはより一層皺が刻まれる。

そして、エラルダ様の腰に添えていた手を自分の方に引き寄せ、そのままエラルダ様をぎゅっと抱きしめた。


「君にそんな顔をさせるなんて、本当に私は何をしていたんだろうな・・・」

「殿下・・・」


自分の肩に顔をうずめるフェリクス殿下を、エラルダ様は一筋の涙を流しながらそっと抱きしめ返す。


僕には恥ずかしくて到底出来そうにない光景をまざまざと見せつけられる。

そして、目の前の光景に気まずさと居た堪れなさを感じた僕は、右手の薬指に嵌めている指輪をいじりながらそっと二人から視線を外し、空気に徹した。


そこから少し長めの抱擁をした後、二人は満足したのかすっと離れて視線を交わし笑い合った。

そして、二人揃って視線を僕の方に向ける。

気まずさから空気と化していた僕は、その視線にビクッと肩を揺らした。


「改めて、今回は本当に助かった。私個人としても国としてもルミネスがいなかったらどうなっていたことか、王族を代表して感謝を伝える」


2人のどこかすっきりした笑顔に、僕は指輪いじりをやめて胸の前で両手を左右に振った。


「とっとんでもないです!貴族として当然のことをしたまでですし、寧ろ1年間放置していて申し訳ないというかなんというか・・・」


後半の言葉は、だんだんと声量は弱まり尻すぼみしてしまったせいでフェリクス殿下たちの耳には届かなかった。

聞き取れずに首を傾げたフェリクス殿下とエラルダ様に僕は咄嗟に「なんでもありませんっ!」と再び下手くそな愛想笑いを返す。


と、そんな僕の様子はさして気にも留めていなかったようで、フェリクス殿下は変わらぬ様子で話を続けた。


「とにかく、ルミネスには後日正式に国からの礼をさせてもらう。当分王都にいるのか?」

「あっいえ、このままアルマディ公爵領にシルナーティア様と向かうことになっておりまして・・・」


僕は咄嗟に出た自分の言葉にはっとなって口を両手で塞いだ。

しかし、今回の言葉はしっかりと二人の耳に届いていたようで、フェリクス殿下よりも先にエラルダ様が反応した。


「あぁ、そう言えば確かにシルナーティアがそんなことを言っておりましたわ。殿下、早く彼女の元にお返しして差し上げましょう」

「いっいえ、お気になさらず・・・」


今すぐに彼女に会うのは避けたい。

何とか言い訳を考える時間を作りたかった僕はやんわりと否定したが、フェリクス殿下の耳にはエラルダ様の声しか届いていなかった。


「急いだほうがいいのか?」

「えぇ、珍しく楽しそうに話してくれたので覚えています。彼女は本当にルミネス様が好きで仕方がないようですよ?」


そう言ってにっこりと笑って僕を見るエラルダ様。

フェリクス殿下にも珍しいものを見るような目を向けられ、僕は苦笑いを浮かべることしかできず、その気まずさから逃げるように二人から視線を外し、ピアスをいじった。

そんな僕の様子を照れ隠しと受け取ったフェリクス殿下はくすっと口元を綻ばせ、僕に早くシルナーティアの元へ行くように促した。


「なら、早く彼女の元に戻るといい。先ほどの件はまた改めてアルマディ公爵家宛てに知らせを出すように伝えておこう」

「あっ、えっと・・・」


僕は冷や汗をかきながら、目の前に立つ二人の顔を交互に見る。

僕の心情など知りもしない二人から向けられる善意のまなざしに、僕は全てを諦めた。


「では・・・お言葉に甘えて失礼します・・・」


二人にぺこりと頭を下げ、僕は重い足取りで学園の卒業パーティーが行われていた会場を後にした。

馬車が待つ正面玄関までの廊下をいつもより少しゆっくりと歩く。


「あぁ・・・これからどうしよう・・・」


僕は歩きながら頭を抱えていた。

1年前から密かに進めていた計画、それが今夜完全に頓挫してしまった。


正直半年ぐらい前から諦めかけていたが、結局諦めきれずにずるずると続けていた計画それが僕の足取りを一層重くする。


彼女になんと弁明すべきか、頭をぐるぐると回転させながら歩いていると、少し先に人影があることに気が付いた。

すでに人気がなくなり、少し薄暗くなった廊下で目を凝らす。

ゆっくりと近づく中でその人物の輪郭がはっきりとし始めた瞬間、僕はその人物が誰なのか確信した。

そして、一気に噴き出る冷や汗と心拍数が上昇し続ける心臓とは裏腹に、身体はまるでそう動くように染みついているかのように彼女の元へ駆けていった。


「シッシルナーティア様っ、申し訳ありません。てっきり馬車の中でお待ちだとばかり・・・」


廊下の壁際でじっと立っていたシルナーティア様に殿下たちと別れた時よりも深く頭を下げ、謝罪を告げる。

彼女は僕の言葉になんの返事もしなかった。


反応がないのは怖いが、恐る恐る頭を上げてみると彼女は僕の方をじっと見つめていた。

そんな彼女と視線がぶつかり、僕はビクッと肩を震わせる。


思わず姿勢をピンッと正すと、彼女はそんな僕を頭のてっぺんからつま先まで視線を上下に動かしてじっくりと観察し始めた。

先程の僕の謝罪から未だに一言も発しない彼女が一体何を見ているのか分からず、僕はただただその永遠にも感じる時間を動かずに堪えることしかできなかった。


しばらくして、何やら満足した彼女は手に持っていた扇を広げ、僕から視線を外した。


「・・・最初は馬車で待っていたのですが、中々帰ってこられなかったので心配になって戻ってきたのです。ただ、会場の中まで戻るのはお邪魔になるかと思い、こちらでお待ちしておりました」


ようやく言葉を口にしたシルナーティア様に怒っている様子はない。

久しぶりに聞いた彼女の声に思わず胸を撫でおろしていると、彼女が僕の顔を覗き込んできた。


「・・・ご迷惑でしたか?」


首をかしげ、少し申し訳なさそうな顔をしたシルナーティア様にそう言われ、油断していた僕は一瞬ドキッとしつつ、すぐに胸の前で両手を左右に振った。


「とっとんでもないです!心配してくださり、ありがとうございます!」


必死にそう伝える僕の顔をシルナーティア様はじっと見つめ、しばらくすると「良かったですわ」と笑みをこぼした。

僕は心拍数の上がった心臓を落ち着けるために数回深呼吸をした後、左手を彼女に差し出しす。


「立ちっぱなしでお疲れでしょう。早く馬車まで戻りましょう」

「はい」


シルナーティア様は僕の言葉に返事をすると扇を閉じて僕の左手に自分の右手を重ねる。

重ねられた手を優しく握り、僕は彼女をエスコートしながらアルマディ公爵家の馬車が待つ正面玄関へといつもと同じ足取りで向かった。


正面玄関に到着して彼女が馬車に乗り込むのを確認した後、僕は今更、馬車に乗ることを躊躇っていた。

すると、その様子を不思議に思った彼女が馬車の中から僕に声をかける。


「ルミネス様?馬車が出発できませんよ?」


目の前から降ってくる声に、僕は俯きながら何とかこの馬車に乗らずに済む方法を考えていた。

そして一つの期待を胸に声を振り絞る。


「きょっ今日はもう遅くなってしまったので、このままアルマディ公爵領まで行くことはできませんよね?」

「え?あぁ、そうですわね。予定がずれてしまったので、今日は一旦屋敷に戻って明日領地に戻ることになりますわ」


そのシルナーティア様の言葉に、なんとか延命の糸口を見つけた僕はパッと顔を上げた。

そして馬車から一歩後ずさり、ぎこちない笑顔を彼女に向ける。


「でっでしたら、私は今日のところは自分の屋敷に帰ります!今日はお互いに疲れもありますし、ゆっくり休んだ方が良いでしょう?」


僕の言葉を黙って聞くシルナーティア様。

僕は何となく彼女と視線を合わせられず、視線をきょろきょろを動かしながら右手の指輪を後ろ手にさすった。


「公爵家の屋敷に部外者の私がいると皆さん気が休まらないでしょうし・・・明日の朝一でアルマディ公爵家へ向かいますので、今日はここで・・・」

「何を言ってらっしゃるの?」


言葉を遮られ、僕はパッとシルナーティア様へ視線を向ける。

すると、目の前できょとんとした顔をする彼女が目に入り、僕の背中を得体の知れない冷や汗が伝った。

口元が引きつりそうなのをなんとか我慢しながら、今度は彼女と視線を合わせながらもう一度同じ言葉を伝える。


「でっですから、今日のところは自分の屋敷に・・・」

「ルミナス様の帰るべき場所はすでにアルマディ公爵家ですよ?」

「・・・へ?」


シルナーティア様の言っていることが理解できずに情けない声を漏らす僕。

そんな僕を見つめ、彼女はにっこりと笑って馬車から少し身を乗り出して僕の方へ手を伸ばす。

その伸ばされた手が僕の腕を掴むと僕はぐいっと彼女の方へ引き寄せられ、そのまま馬車の中へと引き込まれてしまった。


馬車の中に足を踏み入れた瞬間、彼女の恍惚とした笑顔が僕の視界を埋め尽くした。


「さぁ、ルミナスあなた、私たちの屋敷に帰りましょう?」


ーーー整備された道をアルマディ公爵家の屋敷へと走る馬車の中。

僕とシルナーティア様は対角線上に向かい合う形で席に座っていた。

馬車に乗り込んでから、特に彼女は僕に話しかけてくることなく、窓の外の景色を眺めている。


沈黙が耐えられなくなった僕は、意を決して彼女に声をかけた。


「シルナーティア様・・・」

「愛称」

「っ!」


こちらに視線を向けることなく、シルナーティア様の後頭部から発せられたその一言に僕は言葉を詰まらせる。

さっさと言い直せばいいものを、僕は現在の状況と気恥ずかしさから口元をもごもごさせ言い淀んでいた。

しかし、ちらっと視線を向けた窓ガラス越しに彼女と視線が合い、僕は観念して改めて彼女に声をかけた。


「シーティア・・・」

「ふふっ早く呼び慣れてくださいね?ルース」


嬉しそうに振り返りながら僕の愛称を口にするシルナーティア様。

僕は少し顔の温度が上がるのを感じながら、嬉しそうに笑う彼女を見つめた。


学園の卒業を1年後に控えた時、二人きりの時は敬語はなしで愛称呼びしてほしいと彼女から懇願された。

正直恥ずかしいから拒否したかったが、彼女の有無を言わせぬ圧に屈した僕は二つ返事でその要望を承諾した。


ただ、実際の学園生活最後の1年間、僕は計画の遂行のためにシルナーティア様と距離をあけていた。

その結果、この1年間彼女と二人きりになることが全くなかったので、今でもこの有り様というわけだ。

未だにくすくすと笑っている彼女は、ちらりと僕の手元に視線を移した後、自分の手元に視線を落とし僕と同じ指に嵌めている、僕の指輪と同じデザインの指輪にそっと触れた。


「ですが、未だに呼び慣れていないのは一体何が原因なのでしょうね・・・?」


ドキッ


それは独り言のようで独り言ではなかった。

シルナーティア様がつぶやいた言葉に自分の心臓が強く脈打つのを感じる。


そんな僕の様子を見ることなく、彼女は視線を指輪に落としたまま話を続けた。


「私、不安だったんですよ?この1年間、ルースの様子がずっとおかしくて、もしかしたら卒業パーティーが終わったら私の元から離れて行ってしまうんじゃないかって・・・」


そう言ってわざとらしく顔を曇らせるシルナーティア様に、僕はギクッと冷や汗を流しながら彼女と同じように左手の指輪を触る。

ちらりと僕の様子を窺うように視線を動かした彼女は、僕の様子に再び恍惚とした笑みを浮かべた彼女は畳みかける様に僕に問いかけた。


「思えば・・・クララ様が学園にやってきた頃から、私を避けて始めましたよね?」


シルナーティア様の鋭い言葉と視線に僕は再びギクッと体を震わせた。

僕はぎこちなく視線を窓の方にずらしながら、無意味な抵抗を試みる。


「いや、そんなことは・・・」

「フェリクス殿下からどんなに言われても頑なに使っていなかった生徒会室を急に利用し始めて、いつもフェリクス殿下とクララ様が帰るまで一緒にいらっしゃいましたよね?」

「えっと・・・たまたまでは・・・」

「贈ってからは肌身離さず付けてくださっていたのに、生徒会室に入るときはわざわざその指輪とピアスを外していましたよね?」

「いっ・・あぁー・・・えっとぉー・・・」


僕はシルナーティア様の言葉に指輪を触るのを止め、手を膝の上に戻した。

しかし、どうしても落ち着かず、すぐピアスに手が伸びてしまった。


そんな僕の様子を見ていた彼女は「ふふっ」と笑い声を零し、僕はその声ではっとして再び手を膝の上に戻した。

いつの頃からか僕の癖として定着してしまったそれらの仕草を彼女はいたく気に入っていた。


「生徒会室なんてルースにとってはいるだけでストレスが溜まるでしょうに・・・生徒会の執務中、一体何度指輪とピアスの場所にに手を伸ばしたのですか?」

「うぐ・・・」


触ってなんかいないと否定したいところだが、正直心当たりがありすぎるシルナーティア様の言葉に、僕は黙秘することしかできなかった。


「それに、それらはルースを守るための防御魔法と魔力増幅魔法を施してあるから、必ず身に着けていてくださいってお願いしていましたよね?」


シルナーティア様の追及に僕は口をつぐんで窓に映る情けない自分を見つめ続けることしかできなかった。

そんな中、後ろから彼女のため息が聞こえた。


「・・・久しぶりにお姿をお見かけした時、ルースがそれらを外しているのを見てしまった私の気持ちが分かりますか・・・?」


そう言うシルナーティア様の声が震えていて、僕は思わず彼女の方を振り返る。

振り返った先で僕の瞳に映った彼女に、当初浮かべていた笑顔はなかった。

いつも綺麗な形をしている眉を歪め、不安と傷心が入り混じったような顔をして僕の方をじっと見つめている。

僕はそんな彼女の表情を見て僕の胸はズキズキと痛み出し、僕は咄嗟に口を開いた。


「ちっ違うんだ!クララ様が学園にやってきて初めて生徒会室に書類を届けに行った時、なんだか嫌な空気を感じて、色々調べていたらクララ様が生徒会室で精神干渉系の魔法を使っているって気が付いたんだ!でも、聖女の魔法は特殊なのか僕しか気が付いてなくて、それで、僕もかかれば証拠になるかもしれないと思って・・・っ!」


口から出たのは廊下で必死に考えていた悪あがきの言い訳だった。

そんな言い訳を必死に話す僕をシルナーティア様はじっと見つめている。


魔法の効果は使用者と対象の魔力量の差によって効果が変わってくる。

また、使用者の魔力が多いほどそのコントロールは難しく、多くの場合は使用者が範囲を絞っても周囲に魔法が漏れ出てしまうことが多い。


そして、聖女はその特性から通常の人よりも魔力が多かった。

だから、クララ様としてはフェリクス殿下に対象を絞って発動していたつもりかもしれないが、その漏れ出た魔法によって生徒会室内全体が彼女の魔法効果範囲になっていた。

その結果、生徒会室にいる男性は少なからずクララ様の魔法の影響を受け、気が付くと生徒会室はクララ様の逆ハーレム状態になっていたのだ。


ただ、常にシルナーティア様から貰った指輪とピアスを付けていた僕に聖女の魔法が効くことはなかった。


「けっ結局1年間やってみたけど駄目で・・・でも、卒業パーティーのあの場でクララ様が魔法を使ってフェリクス殿下を操っていたから、チャンスだと思って飛び出しちゃっ・・・た」


後半になるにつれて尻すぼみしていった僕は、用意していた言い訳を全て言い終わる頃にはシルナーティア様から視線を外し、俯いていた。


クララ様としては、在学中にエライザ様から何かしらのアクションがあったり、フェリクス殿下が自発的に自分との婚姻のために動くことを期待していたのかもしれない。

しかし、険悪になっていたとは言え、一国の王子と公爵令嬢である二人は私情で動くような人ではなかった。

そんな二人にしびれを切らしたクララ様は卒業パーティーの日、つまり今日、大胆にもフェリクス殿下をより強力な魔法で操り、無理やり自分との婚約を宣言させようとしたのだ。


そこで、流石に見過ごせなくなった僕はフェリクス殿下に駆け寄りクララ様の精神干渉魔法を解除した。

その後、魔法から解放された殿下と周囲の人々に事の経緯を説明し、冒頭のシーンに至る。


因みに、この時正気を取り戻したフェリクス殿下たちに事の経緯を説明したのは僕ではない。

フェリクス殿下たちに説明を求められてしどろもどろしていた僕の背後からシルナーティア様が現れ、なぜか僕の代わりにことの経緯を丁寧に説明してくれたのだ。

さらに、なぜか僕には用意できなかったクララ様の魔法使用の証拠も彼女が所持しており、それが最終的な決め手となってクララ様は騎士に捕らえられた。


今思えば、彼女はずっと僕のことを監視していたのだろう。

全く、本当に無駄なあがきだった。

俯きため息をこぼす僕の頭上から、彼女の声がゆっくりと降ってくる。


「・・・私、てっきりルースが私との婚約を破棄するために聖女様の魔法にわざとかかりに行っているのかと思っていましたが、違ったということですわね?」


ドキッ!


いつもより冷たく、少しトーンの低い声で発せられるシルナーティア様の言葉に僕の心臓が再び激しく鼓動する。


「私が嫉妬深いのはルースも知っていますから・・・聖女様にうつつを抜かせば、私が愛想を尽かせて自ら婚約破棄を申し出てくれるんじゃないか・・・なんて微塵も思っていなかった、ということですわね?」


ドキドキッ!


シルナーティア様が言葉を重ねるたび、僕の心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。


全部、バレている。

この会話が始まった時から予感はしていたが、僕の全身からは冷や汗が止まらなくなっていた。


彼女の視線が僕のつむじをじっと見つめているのを感じる。

僕は顔を上げることもできず、ただただ黙秘権を行使することしかできなかった。


しばらくの間、僕たちの間に沈黙が流れる。

すると、その沈黙を破るように彼女が再び僕に問いかけてきた。


その声に先ほどまでの冷たさはなく、ひどく弱弱しくか細い声だった。


「ルース、正直に答えてください。あなたは・・・そんなに私と結婚したくないのですか?」


頭上から降ってきたその言葉に僕は思わず顔を上げ、真っ直ぐシルナーティア様を見た。

そこいた彼女は、先程と同じように眉を歪め、不安と傷心が入り混じったような顔を僕に向けていた。


先程と違うのは、僕を真っ直ぐ見つめる彼女の瞳に涙が溜まっていること。

彼女の瞳に溜まった涙を見た瞬間、血の気が引いていった僕は自分で思っていたよりも大きな声で彼女の発言を否定した。


「そんなことない!僕はシーティアのことが大好きだ!」


僕がそう告げても、シルナーティア様から向けられる表情は依然として暗いままだった。

そんな彼女を見つめ、僕はぎゅっと手を握り込む。


自分のしたことを考えれば、当然の反応だと分かっていた。

しかし、このまま彼女に誤解させ続けるのはどうしても耐えられなかった。


僕は、諦めて全てを打ち明ける覚悟を決めた。

一度深く深呼吸した後に椅子から立ち上がり、彼女の隣に改めて腰を下ろす。

そして、手を伸ばして彼女の手を握りながらまっすぐ彼女を見つめ、僕は勇気を出して口を開いた。


「シーティア、僕は初めて君と出会った時からずっと君のことが大好きだ。この気持ちが揺らいだことなんて一度もない」

「・・・」


シルナーティア様は黙って僕を見つめ返している。


「でも、どうしても自分に自信が持てないんだ」

「・・・」

「僕はオルスート伯爵家の次男として生まれた。伯爵家の僕が公爵家の君と結婚なんて、絶対にできないと思ってた」


僕の言葉に反発するようにシルナーティア様が握っていた僕の手をぎゅっと握り返す。


「そんなことありませんわ」

「そんなことあるだろ。僕たちが初めて出会った頃、君にはフェリクス殿下との婚約話が出ていたじゃないか。アルマディ公爵だってその話に前向きで、家はシーティアの妹が婿養子をとるということで話が進んでいたんだろう?」


僕は情けなく自分の心の内をぶつけることしかできない。


「シーティアは、フェリクス殿下の婚約者に選ばれるほど、優秀で素敵な女性だ。それに比べて僕は、人の多いところが苦手で内気な伯爵家の次男坊・・・君の隣にいて釣り合うわけがない。ましてや次期アルマディ公爵なんて、僕には荷が重すぎる・・・」

「・・・それで、婚約破棄をしようと?」


シルナーティア様の問いかけに、僕は弱弱しくうなずいた。

結局僕は、大好きな彼女の隣にいる覚悟もなく、でも自分から婚約破棄を提案することもできなかった。


そして、その結果あんなくだらない計画を企てて彼女を傷つけるような情けない男だ。


「・・・こんな僕が、君の隣にいていいわけがない・・・」


俯いたままそう告げると、僕とシルナーティア様しかいない馬車の中に再び沈黙が流れる。

僕が俯いたまま顔を上げられずにいると、突然彼女のため息交じりの声が降ってきた。


「そんなことだろうと思いましたわ」

「・・・え?」


予想外の反応に僕が顔を上げると、先程までのやり取りが嘘のようにいつもの雰囲気に戻ったシルナーティア様がどこか怒りの混じった表情を浮かべてこちらを見つめていた。


「ずっと思っていましたが、ルースは自分を卑下しすぎです」

「そっそんなことは・・・」

「あります」


食い気味に否定を否定され、僕はぐっと口をつぐんだ。

そしてシルナーティア様は前のめりになって僕にぐっと顔を近づける。


「いいですか?この際なので今一度お伝えしておきますが、今回の件、ルースに聖女の魔法が効かなかったのは、私が贈った装飾品に護られていたこと以前に、ルース自身の力の影響が大きいのです」

「・・・僕の力?」


シルナーティア様の言葉に僕が首を傾げると、彼女は少し呆れた顔をした。


「ルース・・・あなたはもう少し自分が精霊王の加護を授かっている自覚を持った方がいいです」


そう言いながら、シルナーティア様はすっと僕の方に両手を伸ばした。

僕は頬をつねられると思って咄嗟に目を瞑ったが、予想に反し、彼女は徐に僕の頬の肉を優しくつまんでムニムニし始めた。

彼女の行動に疑問を抱きつつ、恐る恐る目を開けると先程よりも近い位置に彼女の顔があり僕の身体は大げさに反応した。


急激に自分の頬と耳の温度が上がっていくのを感じながらも、目の前の彼女から目を離すことはできなかった。

遠目で見ていてもそうだが、至近距離の彼女の威力は凄まじい。


「いいですか?ルースにとっては産まれた頃から持ち合わせているもので、今の状態が普通なのかもしれませんが、加護持ちというのはとても希少なのですよ?」

「・・・殿下もエライザ様も加護持ちだよ・・・?」


僕がそう言うと、シルナーティア様は少し眉間に皺を寄せて僕の頬をつまんでいる指に力を込めた。


「シッシーティア、ちょっと痛い・・・」

「確かにお二人とも加護をお持ちですが、あくまでお二人がお持ちなのは精霊の加護です。ルースの持っている精霊王の加護の下位互換と言ってもいいでしょう」

「そっその言い方は不敬になるんじゃ・・・」

「事実ですので心配いりませんわ」


そうきっぱりと断言すると、シルナーティア様は指の力を緩め掌全体で僕の頬を包み込んだ。


「ルースの加護は特別です。だからこそ、聖女の魔法の影響を受けず、殿下にかかった魔法すら強制的に解除させることができたのでしょう?」


彼女に真っ直ぐ見つめられ、僕は何となく気まずくなって視線を逸らした。


「でも、どんなに凄い加護を持っていても、僕は僕だ・・・気弱で内気な伯爵家の次男坊・・・」

「気弱で内気な伯爵家の次男坊は、一目惚れしたからって出合い頭の公爵令嬢にプロポーズしてこないと思いますけど?」


シルナーティア様の言葉に僕はバッと彼女に視線を戻した。

再び僕と視線が合うと、彼女は少し頬を染めていたずらっぽく笑う。


ーーー僕と彼女が初めて出会ったのは、僕が10歳の頃に開かれたアルマディ公爵家主催のお茶会だった。

当時から人の多いところが苦手だった僕は、知らない貴族との話に夢中になっている父の目を盗んで会場を抜け出した。

そして人気のない中庭の隅にあったベンチに腰掛け、ぼーっと空を眺めて時間が過ぎるのを待っていた。


すると、中庭の入り口から突然声をかけられた。


『お茶会の会場から抜け出して、こんな所で何をなさっているの?』


ぼーっとしていた僕は一瞬で現実世界に引き戻された。

そして、悪事が見つかった僕はベンチから飛び降り、声の主にすぐさま謝罪した。


『もっ申し訳ありませんっ!少し疲れてしまって、こちらで空を眺めて時間を潰しておりましたっ!』


今思うと、もう少し上手い言い逃れがあった気がするが、僕はそんな回転の速い頭を持ち合わせていなかった。

今も昔も。


僕の謝罪の後、しばらく沈黙が流れた。

正直怖くて顔も上げられなかった僕は、声の主の反応をただただ待つことしかできない。


すると、突然声の主の笑い声が聞こえた。


『ふふっ』


可愛らしい笑い声に思わず顔を上げそうになると、すぐに声の主は言葉を続けた。


『別に咎めに来たわけではありませんよ?』


そう言うと、声の主はゆっくりとした足音で僕の方に歩み寄り、頭を下げていた僕の視界の端につま先の丸いピンクの靴が映った。


『とても綺麗だったので、思わず声をかけてしまったのです・・・ですから、そろそろ顔を上げてくださらない?』


彼女の言葉に、恐る恐る顔を上げる。

顔を上げたそこにはお茶会の主催者であるアルマディ公爵家の令嬢、シルナーティア様がいた。


彼女が視界に入った瞬間、僕の心臓は今までにないほど大きく鼓動した。


初めて見た彼女はまさに天使そのものだった。

プラチナブロンドの髪は風が吹くたびにさらさらとなびきながら太陽の光を反射してきらきらと輝き、

白く絹のように整った肌に空気が澄んだ青空のような色をした瞳が僕を映している。

程よくぷっくりとした唇は水分を多く含み艶めいていて、僕は彼女から視線を外すことが出来なくなった。


顔を上げたと思ったらじっと自分を見つめてくる不躾な令息ぼくに、彼女は一切嫌な顔をせずにずっと笑いかけてくれていた。

そして、僕は気が付くと彼女の前に跪き、その手を取っていた。


状況が理解できずにいる彼女を見つめながら、僕は心のままに言葉を贈った。


『・・・あなたを腕の中に閉じ込め続ける権利を僕にいただけないでしょうか?』


今思い返しても気持ち悪い。

しかも、当時言い終えた後の僕は我に返り、その恥ずかしさから情けないことにその場で失神した。


僕は若干恨めしい顔をしてシルナーティア様を少し睨んだ。


「・・・忘れてって言ったのに・・・」


きっと今の僕の顔は耳まで真っ赤になっているのだろう。

全く怖くないとでも言うように、彼女は僕の頬から手を放すことなく嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「毎回言っていますが、嫌です。ルースからの愛のプロポーズを忘れる事なんてできません」


そう言って笑う彼女の顔をがあまりにも可愛くて、僕は湧き上がってくる衝動を堪える様に眉間に皺を寄せた。


「それに、ルースが言ってこなくても、私から婚約を申し出るつもりだったといつも話しているではありませんか。まさか先を越されるとは思ってもいませんでした」


当時、僕が目を覚ました時にはすでにお茶会は終わっており、僕は自分のベッドの上にいた。

失神しても消えることのない記憶は目覚めた直後の僕から体温を奪い、すぐに謝罪しなければと僕はベッドから飛び起きて父の元へ急いだ。


しかし、父の書斎で僕に待っていたのは想定外の知らせだった。


『えっ?シルナーティア様と婚約?僕がですか?』

『あぁ、失神したお前を医務室で看病してくださっていたシルナーティア様から突然提案された』


椅子に座って腕を組んでいる父が僕にも分かるようにことの経緯を教えてくれた。

要するに、中庭で出会った僕に一目惚れしたので婚約したい・・・とのことだった。


『でっですが、彼女は殿下と婚約するはずではっ・・・』


お茶会に行く前に父から教えてもらっていた情報を口に出すと、父は困ったように頭を搔いた。

その後の父の話で、殿下との婚約話はあくまで候補の段階で、僕の父に婚約話を持ち掛けた時にはすでに公爵にも話を通していたことが分かった。

公爵の反対はなかったのかと彼女に問えば、「娘の目を信じる」とすでに殿下との婚約話を辞退する手続きを始めていると言われたそうだ。


こうなってしまうと、伯爵家である僕たちに拒否権はなかった。


「正直、僕はシーティアが僕に一目惚れしたって話を信じ切れてないよ・・・」


自分でも当時から冴えない見た目をしていた自覚はあったし、何より出合い頭に気持ち悪い告白をしてしまった。

しかし、シルナーティア様は一瞬きょとんとした顔を浮かべた後、また「ふふっ」と柔らかな笑みを浮かべた。


「ルースはずっと信じてくれませんけど、初めて会った時、空を見上げるあなたの視線の先にはそれはそれは美しい精霊王がいて、愛おしそうにあなたの頬を撫でているのを私は見ました。あの時の光景は今でも私の目の裏に焼き付いています・・・」


それは何度も聞いたシルナーティア様にしか見えない世界の話。

淡く優しい光を放つ精霊王は彼女の存在に気が付くと、彼女をしばらくじっと見つめ、やがて笑みを浮かべて僕の元から離れていったらしい。

まるで、彼女が僕に近づくことを許したかのように。


「精霊王は本当にたまにしか現れませんが、ルースの周りにはいつも精霊が飛んでいます。もちろん今も。そんなあなたの近くにいると、自然と心が休まるのです」


シルナーティア様はそう言うと、僕の頬に置いていた手を頭の後ろに動かし、僕を優しく抱き寄せた。


「シーティア?」

「・・・当時、殿下の婚約者候補に選ばれ、それまで以上に厳しく教育される中で仲の良かったエライザからも敵視されるようなし、私の心はすり減っていました。そんな中、天に導かれるように私の前に現れたルースはあの時からずっと私の唯一なんです」


僕の頭を抱え込むように抱きしめている彼女の腕に力が入るのを感じ、僕は自然と自分の腕を彼女の背中に回した。


そして、自分がいかに愚かなことをしていたのかを悟った。

そうだ、僕たちはあの時に互いに強く惹き付けられて一緒になった。

今更、離れるなんてできるわけがなかったんだ。


僕はこの1年、彼女と一緒にいる事よりも彼女の優秀さや爵位に勝手に劣等感を抱き、自分の不甲斐なさばかりに目を向けていた。

そんな時、クララ様の企てを知った僕はあんな計画を立ててしまったのだ。


本当に、いくら後悔してもし足りない。


もう二度と、シルナーティア様を悲しまないように僕も成長しよう。

ようやく彼女の隣で生きていく覚悟ができた僕は、その決意を胸に彼女の背中に回した腕に力を込めた。


フェリクス殿下とエラルダ様の抱擁を見ていた時はとても出来ないと思っていたが、自分の腕の中の彼女を抱きしめているとひどく安心して、ずっとこうしていたいと思えるほど心地よかった。


僕が抱きしめている間、シルナーティア様は黙って自分の肩に顔を埋める僕を横目で見つめていた。

そして、少しくすっと笑った後、僕の方に顔を傾けゆっくりと口を開いた。


「まぁ、それと今回のことは話が別なので、後でしっかり罰を受けてもらいますからね?」

「っっ!」


シルナーティア様の言葉に思わず背中に回していた腕を離して顔を上げると、彼女はまた恍惚とした笑顔を僕に向けていた。


「殿下との婚約話を蹴ってルースの隣にいることを選んだ私から離れようとしてこと、しっかり反省してくださいね?」


有無を言わせぬ彼女の圧を感じながら、僕は顔を引き攣らせながら左手の指輪に触れた。


「・・・はい・・・」


結局、僕は一生シルナーティア様には敵わないのだろう。

この馬車の向かう先で一体何が待っているのか、僕は知る由もない。


待ち受ける未来に恐れ戦き、どう頑張っても格好のつかない僕の返事を聞いた後、彼女は僕の首に腕を回して僕を抱き寄せた。

彼女の腕の中で彼女の柔らかな香りが僕の鼻腔を刺激する。

そして、僕も自然と彼女の背中に再び腕を回した。


男性としては華奢な方だと自覚している僕の身体にすっぽりと隠れてしまうほど華奢な彼女を腕の中に閉じ込め、僕はふっと口元を綻ばせた。


どんな罰が待っていようと、今は彼女との時間を大切にしよう。

この1年間ないがしろにしてしまった分、彼女に寂しい思いをさせてしまった分、僕にできうる限りのことをしよう。


僕は改めてそう決意し、彼女と束の間の二人きりの時間を楽しんだーーー。


「そう言えば、馬車に乗る時に言っていた僕の帰るべき場所がアルマディ公爵家だってどういう・・・」

「あぁ、実は婚姻届けが先ほど受理されたと報告を受けましたの。ですから、ルースはもうルミナス・オルスートではなく、ルミナス・アルマディ、ということですわ」


嬉しそうにそう話すシルナーティア様に僕は言葉を失った。


「こっ婚姻届けってアルマディ公爵領に行ってから提出するはずじゃ・・・」

「元々はその予定でしたが、3年前にはお互いにサイン済みでしたし、後は出すだけだったので卒業パーティーが始まる直前にお父様に頼んで提出していただきました」


彼女の肩越しに顔を上げると、彼女の心底嬉しそうな横顔が視界に飛び込んできて、僕の心臓は初めて出会った時と同じように大きく鼓動した。

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