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後編 社会科の勉強はしっかりやっておいた方がよかったと、軽く後悔する

 ゴン三郎が実際に暴力にでるほど愚かではないということは、その場の誰もが分かっていることだったので、誰も止めに入らなかった。が、一触即発とは、まさにこの状況である。


 唯一、状況を真に理解していないタケルだけが、あわあわと口に手をあてて慌てふためいていた。その慌てふためくタケルが、ついに耐え切れず口を挟んだのは、膠着状態が始まってから10分後のことである。


「ちょ、ちょっと待って。……ください」


 タケルの一言に二匹のボス猫が冷たい視線を送ると、タケルは急いで敬語を付け加えた。


「その、よく分からないんですが、同じ市内に住む猫なんだし、仲良くできないんでしょうか?」

「市などというのは、人間が引いた境界。われわれ猫には関係のないことだ」

「ことはそんなに単純ではないのです」


 二匹のボス猫はタケルのことなど対等に思っていない。それでも、タケルは気後れながらも続けた。なぜかここは引いてはいけない気がした。


「けど、さっきも言ってたじゃないですか。両国の被害が大きいって。それなら、戦争なんてさっさとやめましょうよ。俺にできることがあれば手伝いますから」


 タケル自身も驚いてしまった。めんどくさいことに自分から首を突っ込もうとしている。タケルが一番避けようとした言葉をなぜか選んでしまったのだった。


「われわれの戦争に気が付きもしなかった人間がいまさら何を言う」

「ご厚意は感謝しますが、これ以上あなたに求めることはありません」

 二匹は、こんなときほど息が合う。

「でも、俺、嫌ですよ。自分の住んでる町で戦争が起こってるなんて。いくら猫同士の戦争でも。もう知ってしまったし」


 タケルも引き下がらない。まさかこんなに主張をしてくる人間だったとは思っていなかったのか、にゃっちも困惑気味の顔で二匹のボスの顔を交互に見ている。二匹は何も言わない。


 次の言葉を誰が切り出すのか探るような沈黙が続いた。団地の隅の駐輪所は、冷たい空気に包まれていた。


「……あの、人間の世界には同盟みたいなのがあるんです。俺も詳しくないんだけど。EUとかASEANとか、国連とか。くそ、社会もっと勉強しとけばよかったな。それで、その、猫の国もそういう共同体みたいなの作りませんか?」


 二匹のボス猫は少しだけタケルの言葉に関心を寄せたようで、耳がぴくりと動きタケルの方を向いた。空気が少し変わったのを見逃さなかったにゃっちが、タケルに続けるように促した。


「なんかそういう共同体って、国同士の独立はそのままなんですけど、お金とか経済とか移動とかで協力しましょうみたいなやつらしいんです。伝わるかな。もう本当、平和のためのチームみたいな」


 タケルなりに精一杯の説明をした。だいたい大まかに合っていたが、社会が苦手科目のタケルには荷が重すぎており、説明の細部はタケルの想像でまかなわれていた。要はつじつまがあえばいいのであった。


 それでも、同盟ということ自体が発想のなかったボス猫たちはどんどんとタケルの話に引き込まれていった。


「貴殿の言うことが実現できるのなら、それは素晴らしい。われわれだけでなく、しましま国や尾なが国、飼い猫共和国なども参加してもらえれば、強靭な食糧圏を築くことができそうだ」


「それだけではありません。各国の独立が保持されることが何より素晴らしい。それは全ての国の戦争行為に対する相互の抑止力になります。だから人族は数が多くても平和に暮らしているのですね」


 二匹のボス猫は、タケルの半分くらい本当のEUや国連の説明に胸をときめかせた。やはり戦争当事国の首脳同士といえど、何より平和が大事なのである。


 ついには、ボス猫たちはそれぞれにタケルに礼を言い、この停戦期間中に猫の国の共同体の構想を練ることで同意した。


 かくして、団地の駐輪場の会談は、停戦だけでなく猫族の国の共同体構想という大きな成果をもたらしたのだった。


「あれから、どうなの?」


 駐輪場の会談から一か月、タケルは寺の境内のベンチでにゃっちと再会していた。


「タケル様のご提案のおかげで戦争は終結。両国が主導して、共同体構築について話し合っております。現在、この共同体への参加を表明している国が八か国にものぼりました。外交官として、私も忙しくしております」

「それはよかった。みんな平和がいいもんね」

「本当にこれは全てタケル様のおかげです。まだ仮の段階ですが、共同体の名前はタケルになる予定です」

「やめてよ。そんなの恥ずかしいよ」

「いえ、あなた様はもはや猫の世界の英雄でございます。歴史に名を残していただきたい」


 タケルは照れながら断っていたが、内心まんざらでもない様子だった。


「俺さ、最初はめんどくさいことに巻き込まれたと思ったけど。結果的にみんなのためになれてよかったよ。なんか、将来、こういう外国同士をつなぐ仕事に興味も沸いてきたんだ」


 タケルが両手を挙げて、伸びをすると、硬くなった肩と背中からボキリと音が鳴る。タケルはベンチから立ち上がり、深呼吸をした。


「にゃっち、また何かあったら教えてよ。みんなが幸せになることを願ってるから。こんな俺でも何かできるかもね。さあて、俺は帰って受験勉強の続きやるかな」


 タケルが去っていくのを、にゃっちが頭を下げて見送った。


<おわり>



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