9:幼馴染のイルゼ
殺されかけるという衝撃的な体験をしたカミールは、心の休息のために家に引き篭もることにした。
ちょっと今はお休み。
貴族の女性怖い。
接客するのも怖い……
………………
少しナイーブになった彼は、家にある自身で集めた本を読みながら過ごした。
あの取引の魔女に会うために、調べ尽くした経験から、本を読み漁ることが案外好きなことに気付いた。
それで好みの本を見つけては、自室の本棚に並べていった。
今では増えに増えて、部屋の壁の半分を占領する本たち。
その光景はまさに圧巻だった。
「カミールー」
1階から母親が呼ぶ声が聞こえた。
「なにー?」
カミールは本を読みながら答えた。
「イルゼちゃんが来たわよー」
「おじゃまします」
母親の声の後に聞き慣れた声がした。
そしてトントンと階段を登ってくる足音が1人分。
その音がどんどん自分に近付くと、部屋の扉が開かれた。
「まーた引き篭もってるって聞いて、遊びに来てあげたわよ」
元気なポニーテールをぴょこんと跳ねさせながら、幼馴染のイルゼが現れた。
「んー」
カミールは読んでいた本をいったん閉じて、そばの机に置く。
「あれ? 今日はインテリモード? それともついに本の読み過ぎで目が悪くなったの?」
イルゼが目を丸めた後にクスクス笑った。
彼女はカミールがメガネをかけていることを揶揄ったのだ。
「小難しい昔の言語を訳してくれるメガネさ」
カミールはメガネを外して、それもそばの机に置いた。
「そんなのあるんだ。てかすごい古い本を読んでるんだね……古文書?」
イルゼが机のメガネを手に取り、上に掲げて観察する。
それが済むとメガネを静かに戻して、彼女は部屋の角へと歩いていった。
勝手知ったるイルゼが、そこにあるローソファに座る。
「いつ来ても本だらけだね。なんか圧迫感がすごい……」
「そうだな。俺もいつかこれが崩れて、圧死するんじゃないかって思ってる」
カミールが天井近くまで積まれた本を見上げながら苦笑した。
「いらない本は売るか捨てるかしたら?」
「うーん、いらない本はないから、必要なページだけ破って捨てるか?」
「え? 全部必要なの?」
イルゼが〝訳わかんない〟というように大袈裟にしかめっ面をした。
それからすぐにクスクス笑い出す。
「カミールはすっごい魔法を編み出したいもんね? それに必要なんでしょ?」
よく笑う彼女に釣られて、カミールも笑った。
「そうそう。〝消える魔法〟を。みんなをビックリさせたいからな」
「いつもそれ言うけど、そんな理由で魔法を編み出したいなんてカミールらしいというか……」
「何だと。編み出せたら教えてもらおうとしてるくせに」
「そりゃあ私も魔術師の端くれだからなぁ」
イルゼが楽しそうに笑いながら、近くにあった本に手を伸ばした。
「むっずかしい本読んでるねー。なになに、魔法の始まり? 元始??」
「調べてると細かい所が気になるんだよ」
カミールはそこで立ち上がって部屋を出た。
紅茶の準備が出来たと、階下から母親に呼ばれたからだった。
茶器を載せたトレイを手に持ってカミールが部屋に戻ると、イルゼが目を通していた本から顔を上げた。
彼女の前にあるローテーブルにトレイを置き、カミールも隣に座る。
カップをイルゼの前に置くと、彼女がニッコリと笑った。
「ありがとう」
「いいよ。俺より母さんがイルゼのもてなしに張り切るんだよなー。〝あんな女の子が娘に欲しい〟とか何とか言って」
「…………それって……?」
カップに手を伸ばしかけていたイルゼが、人知れず赤くなる。
けれどそんな彼女に気付いていないカミールは、肩をすくめながらすかさず喋った。
「酷くない? まるでこんな息子は可愛くも何ともないって言っているみたいで……」
カミールが自傷気味に笑った。
「…………」
気付くとイルゼがジト目でカミールを見ていた。
「?? 何?」
「なんでもなーい」
突然不機嫌になったイルゼを不思議に思いながらも、カミールも紅茶のカップを口へと運ぶ。
イルゼとは幼馴染なだけあって、小さなころからこうしてよく家を行き来するほど仲が良かった。
2人とも魔法の適性が高かったから同じ魔法学校に進み、自然と一緒にいることが多かった。
カミールたちをよく知らない学友が、付き合っていると勘違いするほどに。
実際イルゼがそばにいたからか、学生時代のカミールに浮ついた話なんか無かった。
それほど2人は側からみたら、いい雰囲気だった。
確かにイルゼからの好意を感じることもある。
彼女は笑顔が可愛いし、いつもカミールを元気付けてくれるしで、恋人にするには申し分なかった。
けっどなー。
…………
カミールはカップを置きながらイルゼを見た。
「?? 何?」
今度はイルゼが不思議そうに首をかしげる。
「イルゼはいつも元気だよな。悩みとか無さそう」
疑いの目で見ていたことを誤魔化すために、カミールはニヤニヤと笑った。
けれど心の中では本音を呟く。
知ってるんだよなー。
俺の莫大な財産と〝肌の黒い所を消せる魔法〟が狙いであることを……
イルゼはカミールが〝肌の黒い所を消せる魔法〟が使えることを知っていた。
何故かカミールが編み出したものだと、勘違いしているようだけれど。
イルゼ以外にも昔からの友人が近所に多くいるカミールは、彼女の裏の言動もその友人を通して筒抜けだった。
裏ではカミールの恋人気取りのイルゼが、友人に言っているらしい。
『カミールのお陰で、私はいつまでも綺麗なままでいられるし、お金にも困らないのよねー』と。
カミールのさっき言った『悩みとか無さそう』という冗談に、イルゼが頬を膨らませた。
「もう。そんなこと無いよ! ……けどカミールの元気が出てきたようで良かった」
彼女がカミールの顔を覗き込みながら続ける。
「無理はしないでね。だけど私はカミールを応援してるから」
そしてニッコリと柔らかな笑みを浮かべた。
「〝消える魔法〟ができるのも、楽しみにしてるよ」
「…………あぁ」
このセリフも純粋な気持ちなのか、能力目当てなのか……
カミールは快く返事をすることは出来なかった。