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8:婚約解消に向けて 


 

「今だっ!」 

 カミールが素早く体を起こす。


「きゃぁ!」 

 放心しているヘルミーナの隙をついて、彼女の腕を振り払い横に押しのけた。

 その勢いでヘルミーナをベッドに転がし、押さえつける。


「暴れる力もめっちゃ強いっ!!」

「ちょっと、何するのよ!?」

 形勢を逆転させたカミールが、慌てふためくヘルミーナを見下ろした。

 そして素早く右肩のレースをグイッとずらし、現れた素肌にキスを落とす。

 彼が唇で触れた場所には黒いアザがあったーー


「やった! なんとか消せた!」


 カミールが無事にアザが消えて安堵していると、ヘルミーナに力一杯、突き飛ばされた。


「何てことしてくれるの!?」

「ぅわあ!?」

 カミールは勢いよく床へと転がり落ちる。


「……よくも……よくもアザを消したわね!!」

 何故か怒り狂ったヘルミーナが、乱れた髪もそのままに、横たわるカミールに襲いかかってきた。

 痛みで動けないカミールは抵抗することも出来ず、仰向けの状態で彼女に(またが)られる。


「戻しなさい! 今すぐ!!」

「ぅぐ……」

 怒りに支配されたヘルミーナの手が、カミールの首に伸びてきた。

 そして力任せに絞められる。

 彼女の爪が食い込むほどに。


〝いいか、ヘルミーナを殴るようなことはするな。カミールは庶民だから、貴族に手を出したら最悪処罰されるぞ〟


 命の危険を回避しようとカミールが必死に考えていると、マティアスの言葉が頭の中で警告を鳴らす。

 

 でもどうすれば!?

 魔法で反撃?

 ……不慮の事故と装って火で焼く?



 もうそれしかないとカミールが決意したその時、部屋の扉が荒々しく開け放たれて、誰かが押し入ってきた。


「やめるんだ! ヘルミーナ!!」

「マティアス!?」

 

 駆けつけてくれたマティアスが、カミールからヘルミーナを引き離す。

 そして暴れるヘルミーナを羽交締めにした。


 カミールは慌てて息を大きく吸った。

「ーーゴホゴホッ…………お、そくない?」

 なんとか腕をついて上半身を起こしながら、カミールは文句を言った。


「すまない。ドアの鍵を壊すのに手間取ったんだ。ギリギリ間に合って良かった」

 口では謝罪をしながらも、カミールに文句が言えるほど元気があると判断したマティアスが、フッと鼻で笑う。


 そんな2人を見たヘルミーナが、背後の婚約者に向かって叫んだ。

「もしかして……2人で()めたわね!?」

「そうだとしても、君がカミールを誘って不貞行為に及ぼうとした証拠は押さえた。離れてからもずっと様子を見ていたし、隣の部屋で君たちの会話を聞いていたんだ。フローレンツとな」

 

 マティアスがそう言うと、すらっとした大柄な男性が部屋に入ってきた。

 ヘルミーナが目を見開いて彼を見る。


「……フローレンツ……」

「姉さん。もう諦めなよ」

 



 呼吸がやっと整ってきたカミールは、入ってきたフローレンツとヘルミーナを見比べた。

 

 姉弟か……

 確かに似てる。

 でかいのが。


 あまり回らない頭でそんなことを考えていると、マティアスの低い声が響いた。


「ヘルミーナ、今をもって君との婚約を解消させてもらう。理由は君の度重なる不貞行為と…………」

 ヘルミーナが必死に後ろを振り向きながら、マティアスの言葉を(さえぎ)る。

「そんな!? でも貴方が小さな頃に私につけたこの傷は…………あっ!」

 何かに気付いたヘルミーナが膝から崩れた。


「…………」

 もう抵抗しないだろうと判断したマティアスが、ヘルミーナの手を放す。

 ヘナヘナと彼女は座りこむと、床に両手をついて涙をこぼした。


 観念した様子のヘルミーナに、マティアスは淡々と告げた。

「……婚約する理由だと小さな君が言い張った、肩のアザはもう消えたんだ。これで僕らを縛るものは無くなった。君の不貞行為とアザの消失。それが婚約解消の理由だ」


「…………」

 ヘルミーナは何も返事をしなかった。

 弟のフローレンツが彼女に近付き、しゃがみ込んで姉の肩に手を置いた。


「僕は姉さんが、少し嘘をついてアザの理由をマティアスのせいにしているのを知っていた。それほど繋ぎ止めておきたいのだと思ったから、今まで何も言わなかったんだけど……」

「…………」


「最近の姉さんの自由奔放さは目に余ってね……お父様もこのことは同意の上だよ」

「!? ……だって!! 小さい時のマティアスはとっても可愛かったのに……あんなイカつい感じに成長しちゃって……」

 ヘルミーナがフローレンツを真剣な眼差しで見つめ、訴え続けた。

「でも、彼との子供ならきっとあの天使のような子が授かれると!! ……うぅ……」

 彼女はそこまで言うと声を上げて泣き始めた。

 

「自分の姉なのに、盛大に歪んでるね……」

 笑顔を引きつらせたフローレンツは立ち上がると、マティアスとカミールをゆっくりと見た。


「迷惑をかけてすまなかったね。今日は僕が責任を持って、姉を連れて帰るよ」

 

 気の良さそうなフローレンツが、泣きそうなほど悲しげに笑った。

 そのなんとも言えない表情が、カミールの記憶に強く残った。




 ーーーーーー

 

 マティアスからの主な依頼は2つだった。

『ヘルミーナを誘惑してでも2人っきりになること』

『その時、肩にあるアザを魔法で消すこと』

 

 難しい内容だったけれどカミールは何とか成し遂げ、見事に婚約解消へと導くことが出来たのだった。


 そんな今回の立役者であるカミールは、放心状態で夜会の会場内を移動させられていた。

 ヘルミーナに殺されかけた衝撃が、抜けていなかったのだ。

 マティアスがカミールの腕を無造作に掴んで、何とか歩かせる。


「よくやってくれた。本当に感謝する。報酬は後日取りに来てくれないか?」

「…………」


「おい、大丈夫か?」

「……怖かった……あのゴリラ、すごく怖かった」

「……落ち着けカミール。さっきのはゴリラじゃない。力がとてつもなく強いだけの女性だ」

「…………怖かった」


 カミールは始終そんな感じで会場を後にした。




〝ララシェルン様の申し子〟が半泣きで帰っていく姿は、貴族の間でのちに盛大に噂になるとも知らずに……




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